【箱根駅伝2018】「幻の区間賞」関東学生連合・照井明人が得たもの

12/30 10:50 au Webポータル

第94回東京箱根間往復大学駅伝が2018年1月2日、3日に行われる。前回大会で、東京国際大の照井明人(現NDソフト)は10区を区間1位のタイムで走った。だが、予選会で本戦出場(10位以内)を逃した各校の選手で構成される関東学生連合の一員として出走したためオープン参加扱い。誰よりも速く10区の23.0kmを駆け抜けたが、規定により参考記録となった。「幻の区間賞」について照井に思いを聞いた。

東京国際大・照井明人

第93回箱根駅伝の10区で区間1位のタイムで走った照井

「夢の中を走っている気分でした」

優勝争いやシード権争いとは無縁。それでも、照井は力の限り腕を振った。ゴールの大手町へ向かう最終10区。正午過ぎ。新春の日差しがアスファルトに照りつける。残り9kmの品川駅付近。遥か前を行く青山学院が3連覇のゴールテープを切った。箱根の覇権は決した。沿道のざわめきは照井にも伝わってくる。だが、構わず前の選手の背中を追った。

「他のチームのことは考えないようにしていました。10区は都心を走るので沿道の歓声がすごかったです。夢の中を走っている気分でした」

10000mの持ちタイムは10区の中で4番目。コンディションは万全で、走りに手応えがあった。区間順位の途中経過が耳に入る。10kmの通過で1位。終盤、監督車から東京国際大・大志田秀次監督の声が飛んだ。「ペースが落ちている。このままだとギリギリだぞ。腕振って区間1位取ってこい!」苦しいところから粘れるのが照井の持ち味。残り7kmでは家族の声援に力を得た。一段階ギアを上げて立て直した。

残り3kmの馬場先門を右に折れると丸の内。沿道を埋め尽くす無数の人影が視界に飛び込んでくる。京橋、日本橋を通って大手町へ。ラストスパート。鍛え抜かれた太ももを揺らす。大観衆の中心にある白いゴールテープに吸い込まれるようにフィニッシュ。1時間10分58秒。区間2位の選手とわずか2秒差のトップタイムだった。仲間が叫ぶのが聞こえた。

「区間トップだぞ!って。同期2人がゴールで待っていてくれて教えてくれました。規定で区間賞はもらえないのは分かっていましたが、仲間が喜んでくれて嬉しかったです」

10区出走にこだわった理由

12月の区間エントリー。この年の関東学生連合は、選考会のタイム順に希望区間を走る方針が決まっていた。スタートの1区や、「花の2区」の前半区間、復路のエース区間9区が人気の区間。照井は10区一本に絞ってミーティングに臨んだ。10区は、2区、9区に次いで長い23.0km。都心を走るため沿道の視線も多い。将来のマラソン挑戦を見据えて導き出した選択だった。自身のタイムは3番目。静かに順番を待った。埋まっていったのは、予想どおり1区、2区。希望の10区にエントリーが叶った 。

「大志田監督と話し合って決めていました。距離が長い10区を迷わず希望しました。枠が残っていてホッとしました」

岩手出身。厳しい冬場の寒さの中、力を蓄えた。男3人兄弟。中学の駅伝で活躍する2歳上の兄・翔太さんの姿に憧れた。兄は専大北上高へ進学。2年後、後を追うように同校陸上部の門を叩いた。兄弟で全国出場を目指したが、夢は叶わなかった。兄が卒業すると、チーム内にライバルは不在。都大路の目標も遠のいて見えた。もう一度本気で取り組む決意で、駅伝強化を始めた東京国際大を選んだ。

「いい走りをしているな、と大学の監督に声をかけてもらったのが嬉しくて。本気で箱根を目指す環境でチャレンジしてみようと思いました」
東京国際大・照井明人

箱根駅伝10区で力走。「幻の区間賞」となった照井

創部5年目で初の箱根出場に貢献

創部3年目の新しいチーム。高校時代に実績がない荒削りな選手が多かった。その分、自身も周囲も面白いように実力が伸びた。3年次に主力として創部5年目での箱根駅伝初出場に貢献。夢だった箱根で3区を走った。テレビで見るだけの舞台で他校の主力と競り合った。主将として迎えた4年時。残酷な結末が待っていた。10月の予選会でチームはまさかの敗退。稼ぎ頭のケニア人留学生が途中棄権したのが大きく響いた。仲間たちと涙を流した。その夜の選手寮。ミーティングの際に、大志田監督が切り出した。

「4年生として引退までの残りの期間、チームに残せることがあるだろう。学生連合で走れるかもしれない。箱根で後輩たちにすべてを見せてやってほしい」

その夜、岩手の両親から電話があった。いつも温かく応援してくれる2人から叱咤された。「悔しいと言っている場合じゃない。チームを立て直しなさい」そして、同期の言葉。「箱根で走っている姿を見せてほしい」迷いは晴れた。翌日から調整を開始。同期の4年生は予選会を最後に引退したが、練習を献身的にサポートしてくれた。寮の食事が出ない大晦日・元旦には、大志田監督が自宅に招いて食事を取らせてくれた。迎えた箱根。区間トップの快走で支えてくれた人たちの思いに応えた。

「総監督、監督、チームメートに支えられて感謝の気持ちでいっぱいです。自分の力だけでは走れなかった。箱根の後、いろいろな人に、いい走りだったと声をかけていただきました。それ自体が自分にとっての区間賞だと感じています。最後に報われました」

「幻の区間賞」がもたらしたもの

記憶に残る走りを刻んだ照井。卒業後、山形のNDソフトで競技を続けている。頭にあったのは地元・東北のチームでの恩返し。今季は5000m、10000m、ハーフマラソンと全て自己記録を更新した。ルーキーながら主力として活躍している。10月の合宿中。予選会を通過し、2度目の箱根出場を決めた後輩たちから連絡が入った。宿舎で、照井は思わず落涙した。

「チームを代表して前回箱根を走ってくれた姿に勇気をもらいました。照井さんのお陰で今度は自分たちが箱根を走れます」

後輩たちへシード権を置き土産にできなかった不甲斐なさ。主将として、卒業後も引っ掛かるものを感じていた。だが、照井が蒔いた「幻の区間賞」という種は、1年後、後輩たちによって花開いた。見る者の心を動かした力走は、決して幻ではなかった。
(江村 聡信)

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