異例の挑発?!「応戦しなきゃ一方的な冴えない塩試合になるよ」なぜ井上尚弥はクリスマス決戦の決まった“最強挑戦者”グッドマンの発言に文句をつけたのか?
プロボクシングのスーパーバンタム級4団体統一王者の井上尚弥(31、大橋)とWBO&IBF同級1位のサム・グッドマン(26、豪州)の防衛戦が12月24日に有明アリーナで行われることが24日、東京千代田区のザキャピトルホテル東急で発表された。またWBO世界バンタム級王者の武居由樹(28)も同日に2度目の防衛戦を行う。対戦相手はアジア系の海外ボクサーと現在交渉中で近日中に正式発表される。
「一言だけ言いたい」
「いいですか?」
質問が途切れ、記者会見を終えようとした赤平アナウンサーに「待った」をかけたのは、メディアではなく、他ならぬ井上尚弥だった。
「グッドマンと(リモートで)つながってるんでちょっと一言だけ言いたいんですけど」
そしておもむろに豪州からリモートで会見に参加した挑戦者にこう語りかけた。
「ちょっとドヘニー戦が冴えないという言葉をもらいました。それはドヘニーが塩試合に徹したから冴えない試合になってしまったということで、グッドマンには、ぜひ熱い試合をしてもらいたいなと。その意気込みで日本に来てもらいたいなと思うのでよろしくお願いします」
井上の過去の記者会見は海外を除きデビュー戦からほぼすべてをフォローしてきたが、遠回しとはいえ自らが対戦相手に挑発の言葉を投げかけたのは初めてだ。
間接的に“逃げるなよ”とのメッセージを受けたグッドマンは、表情を変えることなく「東京で会いましょう」とだけアンサーした。
なぜ井上は異例の行動に出たのか。
グッドマンは9月3日に行われた井上と元IBF世界同級王者のTJ・ドヘニー(アイルランド)の防衛戦を豪州で他のボクサーと一緒に観戦し、その様子を彼が所属するノーリミット・ボクシング・プロモーションがユーチューブで流した。
ドヘニーは、攻撃の意思を見せず重心を極端に後ろへ置き上体を後ろにそらして井上のパンチが届かない位置をキープしながら戦う超守備的な戦術を取った。昨年12月に井上が仕留めるのに10ラウンドを擁した元WBA&IBF世界同級王者マーロン・タパレス(フィリピン)の戦法を真似たのだ。最後は強烈なボディブローで腰の神経を破壊して足が動かなくなったドヘニーにギブアップさせたが、その試合を見たグッドマンは「井上にしては冴えない試合だな」と感想を漏らし「勝つ方法はある」と豪語していたのだ。
この日、筆者がグッドマンに「なぜ冴えないと思ったのか?」と質問したことが、井上の何かに火をつけてしてしまったのかもしれない。
「自信がなければ、この試合は受けない。あのコメントはすべて本当のことだ。2025年に向けて井上選手が、もうスケジュールも含めて考えているということは、自分に勝つ自信があるということだと思うが、そんな予定も相手のことはどうでもよく、自分がそのベルトを持って豪州に帰るという意気込みでいる」
そう豪語したグッドマンは肝心の「冴えない」発言への説明を忘れていた。
再度聞き直すと「(ドヘニー戦で)井上選手が勝てるだけのことをやったのはわかった。ただ他の試合に比べるとベストパフォーマンスじゃなかったと思い、シャープじゃないとコメントした。(私には)ドヘニー戦は関係なくまったく新しい井上で臨んでくる。過去の試合は考慮に入れていない」と気を使って返答した。
会見後の囲み取材で井上は珍しいメッセージを送った真意をこう説明した。
「別に(塩試合は)嫌じゃないんすけどね。どうせやるなら熱い試合をしたいんで」
井上は何もむかついたわけではない。
こう熱い思いを続けた。
「(ドヘニーは)長引かせたいという思いで試合をした。その試合に対して冴えないという感想を持ったグッドマンが、もし同じような戦い方を選択したのであれば、その試合も冴えない試合になるよということです。自分は性格的に塩試合でも勝てればいいという思いでボクシングをやっていない。倒しに行きますし。山場も作るようにします。それに応戦してくれないのであれば、多分一方的な冴えない試合になるんじゃないですか」
バンタム級時代から、モンスターのパンチ力を恐れる相手が徹底してディフェンスを固めた場合に倒すことに苦労してきた。減量の問題を抱えていたが、ドジャースへ移籍した大谷翔平のように「ヒリヒリした戦い」を求めてスーパーバンタム級に上げて、真っ向勝負に来たWBO&WBC王者のスティーブン・フルトン(米国)、元2階級制覇王者のルイス・ネリ(メキシコ)とは、緊迫感のある名勝負になった。しかし、もしまたグッドマンが、タパレスやドヘニーのように守備的な戦術を採用するであれば、塩試合に終わる可能性が高い。
実際、この日の会見でグッドマンは「井上選手はいいボクサー。パウンド・フォー・パウンドを相手にしたこの試合が、どのような試練になるかは承知している。わざわざ東京へいって倒れることなんか考えていない」とKO拒否の姿勢を明らかにしている。
だが、“塩試合”ではファンを楽しませることができないし、なにしろ井上自身がつまらない。だから、19戦無敗でWBOとIBFでランキングは1位のものの、パンチ力がない総合型ファイターのグッドマンの容易に想像のできる“塩試合戦術”に釘をさしたのだ。
「グッドマンは、2団体でランキング1位。そこまでの実力のある選手が守備的なボクシングをしたり倒されないボクシングを徹底したら、それはそれで倒すのも難しい。そんな中で必ずこの勝利を手にするという物は曲げずに戦います」
ただ井上はプロフェッショナルだ。そのことでモチベーションが左右されるような甘い心持ちはない。
「前回の自分を超えることをモチベーションにしています」
グッドマン対策もスタートした。
「グッドマンのスタイルも考慮した上で、今回はパワーではなくスピード。そこで 戦う選択肢が1番適していると思います」
前回のドヘニー戦では挑戦者が当日体重を10キロ以上増やしてくるという体格差に対抗するため、当日体重を過去最重量の7.4キロまで増やした。再来年に転向を見据えているフェザー級へのテストも兼ねたが、結果、本人や周囲は否定するが、動きは重く本来のキレとスピードに欠いた。今回は、当日の体重の戻しを6キロ程度に抑え、八重樫トレーナーの指示を仰ぐフィジカルトレーニングもスピード系にシフトする考えだという。
「1.4キロ低ければ多分相当なスピードが出ると思う。調整面、リカバリー面も含めて、そういった戦い方にしていきたい」
加えて2017年以来、7年ぶりとなる年間3試合のペースのプラス効果もある。
「体が100パーセントオフに戻らない間にトレーニングを再開できるのですごくいい。自分にとってプラス。この12月を終えて、31歳という年齢で3試合をやった結果、どうだったのかというのは、2025年をどう進めていくかということの参考にもなる」
負けられない理由もある。水面下で来年のビッグなプランが進んでいるのだ。
まずは来春の米国再進出。大橋会長は、候補地を聖地のラスベガスだけでなく、ニューヨークも付け加えた。ただ対戦相手がまだ未定。WBAの指名挑戦者で元WBA&IBF王者のムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)が、「オレから逃げるのならベルトを返上しろ」と過激な挑発を続けてきているが、タパレスに敗れていることで、米国のファンからの期待感は薄く、せっかくのモンスター再上陸の興行が成り立たない可能性があるという。現段階でのWBAのベルト返上の可能性を大橋会長は否定したが、スーパーバンタム級のランキングボクサーにこだわらずサプライズ的な相手が検討されているのかもしれない。
そして2025年のハイライトになりそうなのが、WBC世界バンタム級王者、中谷潤人(M.T)との日本人対決だ。当初、来年2月にWBA世界バンタム級王者だった拓真との対戦が内定していたが、13日の防衛戦で堤聖也(角海老宝石)に判定負けで王座から陥落したことで、そのカードは白紙に戻り、中谷が階級を上げてのモンスターvsネクストモンスターの対決が加速化した。
「中谷選手がバンバンKOで勝ちあがっている。日本人対決はモチベーションが上がるし、その相手は中谷選手しかいない。以前は井岡一翔選手がいたが、階級が離れすぎた。対戦相手は必然的に限られてくる」
大橋会長も中谷戦を否定しなかった。
井上が2025年も年間3試合戦うつもりなら12月。2試合のつもりなら秋にも実現するだろう。武居が、WBOアジアパシフィックバンタム級王者となった那須川天心に「何かの記事で天心選手がちょっと待ってくれと言っているのを見たが、早くやろうぜという感じ」と、改めて挑戦者指名をしたが、井上vs中谷、武居vs天心のダブル世界戦なら東京ドームは満員になる。
井上の視線も来年のビッグファイトにある。
「来年の大きな試合に向けてのステップアップの試合になると思う。来年というか来春ですよね。海外でやるのか、また日本になるのか。この試合が終わってから動き出す。ただこの試合に勝たなければ その次のステージは見えてこない。1つ1つ大事に戦っていきたい」
だからこそ“塩試合はやめよ”と“最強挑戦者”を挑発したのである。
(文責・本郷陽一/RONSPO、スポーツタイムズ通信社)
10/25 09:45
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