なぜ「ミラ☆モン」日本王者の松本圭佑は1年9か月ぶりTKO勝利で消えかけていた世界戦チャンスを復活させたのか…父からの引退勧告…最強挑戦者との次戦が最終テスト

 プロボクシングの日本フェザー級タイトルマッチが17日、後楽園ホールで行われ“ミラ☆モン”ボクサーで知られる王者の松本圭佑(25、大橋)が同級7位の中川公弘(33、ワタナベ)に2回2分25秒TKO勝利し4度目の防衛に成功した。前戦が不甲斐ない判定勝利に終わり、父で元東洋太平洋、日本王者の専属トレーナーの好二氏(55)に「もう辞めろ」と引退を勧告されたが、もう一度原点に立ち返って4試合ぶりにKO決着をつけた。大橋秀行会長(59)は、11月24日に大阪で同王座への挑戦者決定戦を戦う同級1位の殿本恭平(29、勝輝)対同級2位の大久祐哉(28、金子)の勝者とのチャンピオンカーニバルでの防衛戦の結果と内容次第で世界挑戦を決めるという。

 奇襲にも動じず3度ダウンを奪う

 奇襲に対する準備はできていた。
 試合開始のゴングと同時に挑戦者の中川が怒涛のラッシュを仕掛けてきた。
「ビックリはしたが、そういうことは考えてくると思っていた。一緒になって打ち合おうかとも思ったんですが、ここは冷静にさばいてからジャブから組み立てようと」
 松本は、その勢いに巻き込まれることなく、うまくいなすと、左ジャブから組み立て直した。
「やってくるならそれしかない」と父の好二氏からアドバイスをもらっていた。18戦10勝(5KO)6敗2分けのキャリアを持つ中川は閉鎖となった名門ヨネクラジム出身。好二トレーナーも、大橋会長もヨネクラ出身で、ジムの伝統として格上の相手への奇襲を教え込まれていたため、“備え”があったのである。
 とにかく左のジャブが切れた。
「2、3発のジャブで相手の顔色が変わり、勢いが止まった。右が当たれば、もっとビビるだろう」
 1ラウンドが終わり、父はジャブで支配できたことで勝利を確信したという。
 右フックがカウンターとなって一度目のダウンを奪う。中川は立ち上がってきたが、強引には攻めなかった。
「KOはパワーではなくタイミングと力を抜くこと」
 そう自分に言い聞かせた。
 左の上下のコンビネーションで痛めつけてから右ストレートを叩き込み、ラッシュをかけると中川は2度目のダウン。これで決着はつけることができなかったが、続けて左のボディから右ストレートを効かせて3度目のダウンを奪う。中川はそれでも立ち上がってきたが、福地レフェリーが数歩前へ歩かせてダメージが見られたためTKOを宣告した。
「マジで?」
 中川は不満を口にしたが、健康、安全を考えるとこれ以上は危険。賢明な判断だった。
「ホッとした。KOは久しぶりなので。世界へ食らいつきたい」
 フジテレビ系のスポーツドキュメント番組「ミライ☆モンスター」に子どもの頃から度々取り上げられてきてデビュー前から逸材としての注目度は高かった。しかし、ここ3試合は、判定勝利が続き、6月の藤田裕史(井岡)との前戦は、フルマークの判定勝勝利にもダウンも奪えない不甲斐ない“塩試合”で、父の好二氏から、「もう辞めろ」との厳しい引退勧告が出された。
 だが、これは好二氏の本音ではない。
「怒りましたけど、この子のためを思って怒りました。本心は判定であっても怪我せずに負けなきゃいいんですけど、それでは、単なる親子だけで満足している親子劇場。世界とは言ってもらえなくなる。ずるいですけど、ああいうやり方とこの子には1番だと考えたんです」
 子供の頃から手も出したこともない愛する息子にあえて鬼になった。
 数日間、頭を冷やす時間を置いてから長文のLINEを送り、引退勧告の真意を伝えたという。松本も、もう一度、自分を見つめ直した。
「プロとしてどういった戦い方をすべきか考えた」

 

 そのとき8戦目の佐川遼(三迫)との同級王座決定戦に勝つ前と、勝った後でボクシングへの向き合い方が変わっていることに気がついた。
「ベルト取る前は、自分の力を持って見せてやりたいというハングリーさがあった。でもベルト取ってからは世界ランクもちょっとずつ上がってきて、負けれないとか、ベルトを守んなきゃという思いが強くなっていた。今回は原点に帰り、ハングリー精神を持った。判定続きで倒せないと思われているものを払拭したかった」
 ジャブ&ワンツーという武器であり基本のパンチを磨き直した。
 父はスパーリングパートナーに力の拮抗しているレベルの選手を呼び、スパーリングから本気モードを植え付けた。その中でも「倒そうと力まないこと」を徹底した。
 9月3日にWBO世界バンタム級王者、武居由樹比嘉大吾(志成)の世界戦が決まり、比嘉の専属トレーナーである野木丈司氏が主催する長い階段を使った通称「野木トレ」から、この間だけ何十年も参加している大橋勢は徹底した。だが松本だけは1人参加を継続した。比嘉の近況を大橋陣営に知られる危険性もあったが、野木トレーナーが「次の試合で内容を問われる圭佑にとっては勝負なんだから気にせずくればいい」と声をかけてくれたのだ。
 父は、その間一切写真などの撮影はせず、大橋会長も心中を察して何も聞いてこなかった。この日、野木トレーナーは観客席にいたが、その思いにも応えたかった。
 昨年11月に籍を入れた3つ年下の妻の沙弥さんのサポートもあった。減量途中に少し予定体重に余裕が出てジュースを飲もうとしたが「そういうところを我慢しなきゃいけない」とストップをかけられた。
「僕が甘いんで彼女の厳しいところに助けられていますよ」
 閉じかけていた世界への扉が1年9か月ぶりのKO劇で再び見えてきた。
 試合後、大橋会長は、「前回の試合内容がよければ世界戦を組む予定だったが、まだもう1試合みたい。チャンピオンカーニバルでの結果、内容次第で、次に世界」という構想を明かした。11月24日に大阪で同級1位の殿本と2位の大久で挑戦者決定戦が争われるため、その勝者と来年にも5度目の防衛戦を行うことになる。その結果と内容が世界への最終テスト。松本も覚悟はできている。
「チャンピオンカーニバルという伝統ある大会。その階級で1番強い挑戦者がくるので、そこでいい勝ち方をすれば自信にもなるし世界にまた1歩近づくんじゃないか」

 

 

世界が甘い世界でないことは、近くにいるスーパーバンタム級の4団体統一王者の井上尚弥を見ていればわかる。13、14日の有明アリーナで行われた7大世界戦は、試合が近いこともあり、WBA世界バンタム級王者の井上拓真の応援には駆けつけることはできなかったが、ライブ配信で見た。
「生中継を見てて、やぱり世界チャンピオンは相当強いんだろうなと思った。 世界はずっと小さい頃から見ているし大変なものだということはわかっている」
 そしてこう続けた。
「全体的なレベルの底上げもしたい。緊迫感と駆け引き。今日は奇襲を受けたが、もっと完璧に防がないと、世界戦では、見えないパンチで終わってしまう。もっと完成度を高めなければならない」
 妻からは「今日の試合は80点」と満点はもらえなかった。
「足りない20点はディフェンス面。まだまだ課題があるでしょう」
 そうふられて松本は、素直に「うんうん」とうなずいた。
 メインで2回TKOで大橋ジムへの移籍初勝利を飾った力石政法が、賞賛した大橋ジムという最高の環境に加えて、父と嫁という強力タッグが、「ミラモン」の世界への道を後押ししてくれている。陣営のターゲットは、WBO世界フェザー級王者のラフェエル・エスピノサ(メキシコ)。モンスターが階級を上げてくる前にベルトを手にしておかねばならないという切実な問題もある。

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