「ルールによってはアウト」「朝倉未来が不憫」RIZINが「陰性」と発表した平本蓮のドーピング検査の現状ルールは“抜け穴”だらけだった

 総合格闘技イベントをプロモートしている「RIZIN」は5日、「超RIZIN.3」(7月28日・さいたまスーパーアリナ)で行われた朝倉未来(32、JTT)と平本蓮(26、剛毅)のフェザー級ラストマンスタンディングタイトルマッチのドーピング検査の結果が両選手ともに陰性だったことを発表した。榊原信行CEOがRIZIN医療部の諌山和男部長ら3人と共に都内で会見を開いた。ただ平本にはドーピングの疑惑を抱かせる行為があり、榊原CEOは「ルールによってはアウト」と苦言を呈し、今後、再発防止のため罰則の強化を含めたドーピング規定を抜本的に見直すことを明らかにした。RIZINは、平本に血液検査などを義務つけた上で大晦日大会への出場オファーをかけるという。

「医師以外が注射行為はできない。ちょっと信じられない話」

 結果はシロ。だが、それは現状のRIZINのドーピング規約が“抜け穴”だらけだったからだ。限りなくグレーに近いシロと言っていい。
 榊原CEOは、医療部の幹部3人を伴って行った会見で、試合当日に両選手から尿を採取した経緯とRIZINのドーピング規定を説明し、「両選手陰性。そういう結果が返ってまいりました」と発表した。
 続いてマイクを持った諫山部長によると、RIZINは、試合当日に採取したA、Bの2つの尿検体を厳重に密閉、管理したした上で、ただちにWADA(世界アンチドーピング機構)の基準に準拠した米の検査機関「SMRTL」に送った。検体には選手名は記されず、すべて数字だけが表記されていて、検査を義務化しているタイトルマッチに出場した平本、朝倉2人だけでなく任意で採取された他のカードの選手の検体も含まれていた。RIZINでは全出場選手の3分の1程度の選手に無作為でドーピング検査を実施している。
 今回の結果がメールで届いたのが4日の早朝。
 RIZINの検査発表が遅れたことでSNSでは検査結果の隠ぺいや捏造を懸念する声もあったが、諫山部長は、「我々医療部のドクターは選手の健康、生命を第一に考える主催者側とは独立した部門。もし主催者側が捏造するようなことがあれば、結果を最初に知る私たちが医療倫理、アンチドーピングポリシー、公平性、スポーツマンシップに則って告発することになる。SMRTLが2度と検査を引き受けてくれなくなることやこの機関から告発されることもあるでしょう。SNSでの心無い投稿を見て我々ドクター陣も心を痛めております」と否定した。榊原CEOは、昨日、平本を呼んで「陰性」であったことを通知した。
 2日に平本が開いた会見では、その時点で「深くは話していないが」すでに榊原CEOと協議を行っていたことを明かしていたが、榊原CEOは「会ったのは昨日でそれまでは会っていない」と、その事実を否定。その際の平本の様子をこう明かした。
「平本に伝えて“やったあ”という感じではない。本人もこういう結果(ドーピング疑惑)を自らが起点になって起こしてしまっていることは深く反省している。この結果が、白なのか黒なのかは不安がっていたと思う。一定の安堵はあるのかなという感じではあった。でもいつもの平本のリアクションではなかった」
 また朝倉未来は「落ち着いていた。それに対して文句を言うということはなかった」という。
 榊原CEOは、2015年のRIZIN立ち上げの際に制定された現状のドーピングに関する規定が“抜け穴”だらけであることを認めた上で、二度と、今回のようなドーピング疑惑を起こさないためにより罰則の厳しいドーピング規定を抜本から見直すことを明かした。
 今回のドーピング疑惑は、8月20日にSNSの匿名カウントにより平本のステロイド使用を示唆する音声データが流出したことから始まり、格闘団体DEEPなどに出場している総合格闘家の赤沢幸典氏が、SNSでその電話のやりとりが自分だと名乗り、平本に使用を指南して禁止薬物を提供したことを告発した。その後、SARMs(筋肉増強剤であるステロイドの一種)などの禁止薬物14万1450円分の見積書と平本がその料金を振り込んだ銀行口座の出入金明細画像もアップした。平本は2日に弁護士同伴で会見を開き「一切ドーピングに違反するようなことはやっておりませんし」と疑惑を完全否定したものの、流出した音声データが本物であること、薬物代金を振り込み薬物が手元に届いたが、使用しなかったこと、信頼するフィジカルトレーナーから怪我をした膝の回復に役立つ薬物を薦められ、自ら臀部に注射する“医療行為”を行ったことなどを明かしていた。

 

 

 榊原CEOは、平本にドーピング疑惑につながるそれらの“脇の甘い”行為があったことを厳しく問うた。
「意図(的)か意図(的)じゃないかにかかわらず、ドーピングに引っかかる薬物を入手していた時点でルールによってはアウト。現状のRIZINのルールでは、そこまでの規定がないので、これをドーピングに該当という裁定はできないが、ルールを改定するとアウトになる側面がある。平本選手に猛省をしてほしい」
 さらに「注射を打った行為」を問題視し、隣に座っていた医療部の諌山部長に「注射を打つこと自体いいんですか?」と尋ねる場面もあった。
「注射を打つことは医療行為にあたるかもしれないと思ったりもするが、ただ現状のルールの中では、そこに対して白とか黒とか判断するルールになっていない」
 再度、現状のRIZINの規定が、“抜け穴”だらけだったことを自ら認めた。
 この注射行為については諌山部長は注目発言を行った。
「日本では医師以外が注射行為はできない。ちょっと信じられない話だと思っている」
 平本自身は会見でその薬品名を明かすことができず「アスリートとして」調べることもしなかったことを反省していたが、諫山部長は「考えられる薬品は何か?」の質問に「平本さんからサプリのTUE申請はない。想像することすらはばかられる、というかわかりません」と困惑していた。
 諌山部長の言う「TUE申請」とは、風邪薬などドーピングに引っかかりそうな薬品もしくはサプリを使用した場合、事前に医療部に申請しておく行為を示す。
 榊原CEOは、規定の改定にあたっては、プロ野球やJリーグなど他のJADA(日本アンチドーピング機構)に参加していないプロスポーツのドーピング検査実態を調査するとも語ったが、プロ野球では、TUE申請のない注射行為は、すべて処罰対象となる。ニンニク注射でさえアウトだ。
 榊原CEOは「負けたら引退」の覚悟で平本戦に臨み、1回TKO負けを喫してその言葉通り引退を示唆する発言を行った朝倉未来についてもこう言及した。
「引退をかけて戦った試合が、心ないこと、ドーピング疑惑で泥が塗られてしまったこと、汚してしまったことは本当に悔しい。未来が不憫でなりません。この結果を招いたことは、最終的には僕の責任、主催者の私の責任。本当にお詫びしたいし、未来、海が中心になって彼らと共にRIZINの熱を作り出した。この試合が引退で終わっていくことに本当に申し訳ないと思っています」
 RIZINの責任者として規定の不備でドーピング疑惑を食い止めることができなかったことを謝罪した。
 今回は、50、60ある検査項目のすべてで陰性となったが、SNSでは「検査をすり抜けるマスキング剤を使用したのではないか?」の疑念もある。榊原CEOは、「性善説に立っている。これを飲んでおけば(使用痕跡が)消えるというレベルにはないと認識している」と、その可能性が低いとの見解を伝えた上で、さらに追加での血液検査の実施や、潔白を証明させるため、封の開いていない未使用のステロイド剤を提出させるなどの検証行為を行わないことを明かした。
「今のルールでは当日の検査がすべてです。それ以前についても我々の中で判断する材料がない。行動、事実がどうだったかと僕らは検証する立場にはない」
 あくまでもドーピング疑惑の結論は、現状のRIZINのドーピング規約によって出された「陰性」という結果のみでもたらされ「それ以上でもそれ以下でもない」という。
 9年間改正しなかった今現在のRIZINの“抜け穴”だらけのドーピング規定ではシロ。しかし、今後、見直す新規定ではクロ。では、平本の行動規範、モラルを問うことはしないのか。

 

 

 そう質問すると榊原CEOはこう見解を述べた。
「疑惑ですよね。“(禁止薬物を)買ったけど飲まないって本当?”と思うのが人間だと思います。でも決めたルールの中で裁くしかないというのも現実。今後、自分の中でも疑惑を持ちたくないし、うちの選手は真っ白だと言い切りたい。平本選手はそれを買ったけれど飲んだのか、飲まなかったのか、誰もわからない。でも朝倉信者や朝倉選手側の関係者が“むっちゃ怪しいじゃん、絶対に飲んでるよ”と思っても仕方がないと思っています。でもこれは水掛け論。僕らが決めたルールで現状裁く以外はない。だから、この先、平本蓮は向けられた疑惑とか疑念を彼が戦うこと、クリーンな身体であることを証明していくことで取り戻せばいいと思っている。そういう意味で言えば、7月28日の試合は平本蓮にとっても“朝倉未来に勝った”と大手を振ってこれから彼のキャリアの中で燦然と輝くものではなくなってしまったのは事実」
 平本は1回に勇気を持った踏み込みからの打撃で朝倉を秒殺KOしていたが、その結果に傷がついたことを示した。
 RIZINは平本に大晦日大会への出場オファーをかけるという。
「平本には大晦日の試合をオファーすることになりますが、未来に向けた検査を受けてもらおうと思います。血液検査も必要であれば受けてもらおうと思っています。その検査が陰性であると確認が取れた後で大晦日出場の相談をしていきたい」
 ただ2日の会見では、平本は怪我を負っていることから大晦日大会への出場は難しいことを示唆していた。
 榊原CEOは出場停止期間や罰金などの罰則をも厳しくする方向の新規定は、9月29日にさいたまスーパーアリーナで開催される「RIZIN.48」から着手したい意向を示した。大晦日大会から本格運用していく考えだという。榊原CEOは、日本にはWADAやJADAに参加していない団体が検査機関に恵まれていないことを嘆いたが、同じくWADAに参加していないプロボクシングの世界では、大きな世界タイトル戦では、VADAという米国の任意の検査機関が抜き打ち検査も含めたWADAに準拠するレベルでの厳しく精度の高いドーピング検査を実施している。
 5月6日に東京ドームで行われた井上尚弥(大橋)とルイス・ネリ(メキシコ)のスーパーバンタム級の4団体統一戦では、ネリに“前科”があったこともあり、試合前からVADAの複数回の抜き打ち検査が実施されていた。本気でやるならそのVADAに協力を仰ぐなどやり方はいくらでもある。ただ世界的な統一フェデレーションが確立されておらず、興行の側面が強い総合格闘技界の世界でどこまで厳格化さを追求すべきかの議論もあるだろう。
 また諫山部長がデータを示して明かしたように費用がかさむことや選手への負担を考え、血液検査は、VADAも含めてほとんどの任意団体でのドーピング検査では実施されていない。それでもWADAやJADAでは狙い打ちをしている選手に血液検査を強制する機会が少なくはない。シドニー五輪の際には、日本の金メダルの有力候補が空港で抜き打ちの血液検査を仕掛けられ関係者が激怒したことがある。
 どこまでやるか。そして平本及びRIZINは失墜してしまったイメージをどう回復するのか。今後の動きに注目が集まる。
(文責・本郷陽一/RONSPO、スポーツタイムズ通信社)

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