「喧嘩売っているの?」なぜ那須川天心は「2日で7大世界戦」の地域王座初挑戦で日本人王者と戦わないのか…本人が説明する“裏事情”と危険な比国ボクサー

 2日で7試合の世界戦という前代未聞のビッグイベントが10月13、14日に有明アリーナで開催されることが22日、東京ドームホテルで発表された。注目カードは目白押しだが、14日のWBOアジアパシフィックバンタム級王座決定戦に挑むのが、ボクシング転向5戦目でWBA世界同級2位にランクされている那須川天心(26、帝拳)だ。勝てば来年に見据えている世界戦へ向‘けてのパスポートとなる。

 

「喧嘩売っているの?」

 記者会見の主役は天心ではなかった。
 2日で7大世界戦を行うという前代未聞のビッグイベント。2003年12月に米国のアトランティックシティで、当時の大物プロモーターのドンキング氏が、WBC&WBA&IBF世界ミドル級王者のバーナード・ホプキンス(米国)の防衛戦をメインにした8大世界戦を1日で開催したことがあるが、世界でも異例の興行だ。
 正式発表はされていないが、1日目のメインは、WBA世界バンタム級王者の井上拓真(大橋)と同級3位の堤聖也(角海老宝石)の日本人対決。2日目のメインがWBC世界バンタム級王者の中谷潤人(M.T)と同級1位のペッチ・ソー・チットパッタナ(タイ)のV2戦。1日目には、前WBC&WBAライトフライ級王者の寺地拳四朗(BMB)のフライ級へ転級、即、2位のクリストファー・ロサレス(ニカラグア)とのWBC世界王座決定戦という注目カードも組まれた。
 1日目、2日目に出場する9人のボクサーが、体を半身にして並んだイメージポスターも、天心の立ち位置は右の端っこ。ここまでの4試合は世界戦を押しのけて天心が主役級の扱いだったが中心にいるのは井上と中谷のバンタム級王者2人だ。
「なんか喧嘩売ってきている?(笑)。そういうわけじゃない?(笑)」
 それでも天心はジョークを交えていつものポジティブ思考。
「僕だけが(世界戦と)違うということをプラスに捉えると、どんな目で見られるか。自分を発揮しやすい。いつも通りの流れで戦いたい」
 自分以外のどのカードに注目かの?質問に「自分に注目している、98年組は楽しみですね」と答えた。受け狙いか、本音か、反骨心か。
 ただ「やってやるぞという感じではない」という。
「普通にやれば必然的に(主役に)なる。自分の動き、スタイルをつかんだ。前回の感触は残っている。この感覚でやれば問題ない」
 記者会見では、1995年生まれの同世代が、井上、堤、田中恒成(畑中)、ユーリ―阿久井(倉敷守安)、岩田翔吉(帝拳)と5人も揃ったことが話題となったが、そこに対抗して、自らを「98年組」と称した。
「僕はアマチュアをやってきていないので同世代がいない。ひとりのほうがいい」
 それも天心らしい。
 2日連続興行への持論も展開した。
「2日連続でやる、というのはなかなかないインパクトのある興行。本当のお祭り。自分のボクシングを見てもらう機会が増える。どうやって思いを届けるかがテーマになってくる。次も見たいと思ってもらえるような試合をしないとダメ。開催に満足するより、内容で見せていきたい。世界戦が並んでお客さんがどう反応するか。並べただけならショー。ちゃんとお祭りにしないと。選手ひとりひとり自負を持って欲しい。自分は一番持っている」
 物議を醸す発言も天心は何も気にかけない。無敗で終えたキック時代から格闘家として積み上げてきた自信の裏返しである。
 ただジムの先輩でWBO世界ライトフライ級王座決定戦に挑む岩田には「今、帝拳に世界のベルトがないので先に取ってもらいたい」とエールを送った。「先に」とは、もちろん、自分が後から世界を追いかけるという意味だ。
 その世界へ向けての重要な地域タイトル戦である。
「世界を獲るためには、日本では東洋か、WBOアジアが必要らしい。過程にすぎない。このベルトを獲りたくてやるタイトルじゃない」

 

 日本プロボクシング協会の内規で国内での世界戦は、挑戦の乱立を避けるために地域タイトルを取ることが条件とされている。それが世界挑戦への切符となるが、バンタム級の日本タイトルは同門の増田陸が獲得したばかりで、OPBF東洋太平洋か、このWBOアジアパシフィックしか選択肢はなかった。
 実は天心は「日本人の王者がいるんだからそのベルトに挑戦した方がわかりやすい」と、28戦19勝(16KO)8敗1分けのハードパンチャーの東洋王者、栗原慶太(一力)への挑戦を熱望していた。だが、栗原が7月22日のノンタイトル戦でフィリピン人ボクサーを相手に大苦戦。一時、引退をほのめかすほど落ち込み、目に負傷を負うなど肉体的なダメージも大きかったため、栗原陣営は「年内の試合は無理」とストップをかけていた。
「前回がよくなかったと聞いた。ダメージも溜まっていて、辞める(引退)とも言っていたし、ちょっとメンタルに問題があるのでこっちで組まれた。ベストな状態でやりたいし、なんか(批判を)言われる可能性もある」
 天心が裏事情を説明した。
 そして「地域タイトルの統一戦はやりたい」とも口にした。WBCアジアパシフィックのベルトを腰に巻いた後に、体調が万全になった栗原との地域タイトルの統一戦を行おうというのだ。
 だが、WBOアジアパシフィック王座決定戦の相手は、危険な相手だ。23歳の9戦全勝のフィリピン人、ジェルウィン・アシロ。昨年12月に10回判定でWBOアジアパシフィックユースのバンタム級王座を獲得し、今年7月24日には、WBOオリエンタルバンタム級王座を2回KOで奪うなど勢いに乗る。
 とにかく荒っぽい。一発一発を強打してくるラフな超好戦的なファイター。日本非公認の地域王座を獲得した前戦では、杉田ダイスケ(ワタナベ)や田井宜広(RST)に負けているスラト・エアイム・オン(タイ)を2回にコーナーに追い詰め、右アッパー一発で倒した。相手は顎でも折れたのか、かなりの時間その場を動けなかった。
 その2戦前も7勝11敗のジェリー・パピラ(フィリピン)に2回TKO勝利。これはボディの乱打で2度ダウンを奪い、相手の心を折った。サウスポーとも2試合対戦。そのうち1試合は4回TKO勝利している。
 天心は、「間、間でカウンターを狙ってくる。フィリピンと聞いて、パッキャオみたいなタイプと思ったが違う感じ」と、フィリピンが生んだ“レジェンド”マニー・パッキャオの名前を出して冗談交じりに返したが、危険だとの認識はある。

 

 一方で2022年6月デビューでキャリアはまだ2年という若さもあってボクシングは雑だ。ガードは甘く、ディフェンスに隙がある。パンチは大きいのでジャブの差し合いなら天心は負けないだろう。ラフなボクシングに巻き込まれず、いかに丁寧に内側からスピードのパンチを当てるかがポイントになるだろう。
 7月20日に両国で行われた転向4戦目ではWBA4位の世界ランカーを3回に鮮やかなTKOで倒して、SNS上では“アンチの声”を静まり返らせた。ユーチューブが人気の元日本スーパーライト級王者の細川バレンタイン氏らからは「世界ランカーとは思えないほど弱かった」などの批判も出たが、意外とSNSからの攻撃はなく、「さみしい。もっと突いて欲しい」と、ネット民を挑発した。
 それでもこの状況はプレッシャーにはなる。
「なるほど天心強いね、倒せるね。というベースで見ている。でもそれをまぐれと言われるのは嫌。気を引き締める。流れの中で戦いチャンスがあれば仕留めたい」
 その先…おそらく2025年の終盤に待っているのが世界挑戦の舞台だ。
 この興行でメインを張る井上、中谷、そして元K-1王者で9月3日に元世界フライ級王者の比嘉大吾(志成)とV1戦を行う武居由樹(大橋)、IBF王者の西田凌佑(六島)という4人の日本人王者がターゲットとなる。
「世界チャンプになるのが目標ってわけじゃない。強い奴とやって勝つ。チャンピオンが4人いる。ベルトは、もちろん4つ集めたいと思っている」
 その目標に向けての指標となる出来事があった。
 米国でのスパーで拳を交えたアンジェロ・レオ(米国)が、IBF世界フェザー級王者のルイス・アルベルト・ロペス(メキシコ)をフック一発で倒して新王者となった。階級は違えど、天心の世界における立ち位置を知るバロメーターになった。
「自分の実力が再確認できた。もちろん試合とスパーは違うけれど、手合わせをして強いなと思った相手がチャンプになった。自分がやってきたことに間違いはない。技術、強さの指標になったことが嬉しかった。(世界が)現実的になった」
 天心の地域タイトル戦は、7大世界戦の興奮と感動の中で埋もれてしまうのか。それとも世界戦以上に輝くのか。
「しっかりと見せる。もう(世界王者が僕を)無視できないという状況を見せる」
 真価を問われる2Daysの中での世界戦とは違う“番外マッチ”。天心は来週から1週間の端込み合宿に突入する。
(文責・本郷陽一/RONSPO、スポーツタイムズ通信社)

ジャンルで探す