スケボー界に現れた12歳の「天才」松本雪聖、反抗期だが正直でトリックが「怖い」その素顔…Xゲームズ千葉大会で注目
「X Games Chiba 2024」(Xゲームズ千葉大会)が千葉市の幕張メッセで9月20~22日に開かれる。この大会に初出場する、中学1年の松本
天才は反抗期
日本はスケートボードの大国で、世界最強の国だ。特に「ストリート」では圧倒的で、正式競技に採用された東京五輪、パリ五輪では、男女とも連続で金メダルを獲得している。その大国にあって、関係者の間で「天才」とささやかれるのが、この12歳だ。
その少女を母・沙織さん(42)は「反抗期です」と記者に紹介した。その一例と言えるだろうか、今月にローマで行われたストリートの世界選手権で、練習していた技を出さなかった彼女に、沙織さんから大会の出来についてLINEでアドバイスが送られたが、松本はこれを「うるさい」と、まるで迷惑かのように言い、「既読無視」した。取材で訪ねた滞在先のホテルにも、ムスっとした表情で現れ、言葉少なに挨拶をした。そっけなく、反抗期のように見える。
松本家は熊本県氷川町に住んでいる。移動はたいてい、車だ。大型のバンに家族で乗って、日本中どこでも移動する。取材に応じてくれた17日は、松本にとっては世界選手権からの帰国当日だった。両親は前日から、熊本県から車を走らせ、羽田空港で彼女を迎え、Xゲームの会場がある千葉市のホテルまで移動してきた。車中泊をした上で、総距離1200キロ超。しんどい長距離移動だが、これこそが松本のキャリアを大きく切り拓くことになる。
九州には目立つスケーターがいない
12歳の松本のスケーターとしての歩みはかなり「行き当たりばったり」だ。
スケートボードを始めたのは、小学1年生の時。スノーボードブームに乗っていた、父・貴光さんと沙織さんの影響だ。熊本の自宅近くにスノボのオフシーズンのトレーニング施設としてスケートボード場があった。松本は、「面白いから」とスケボーの方にのめりこんだが、土地がよかった。
「九州には目立ったスケーターがいなかった」(松本)そうで、技を覚えて小学2年生からローカル大会に出場すると、連戦連勝だった。「大会に出るたびに勝てたし、楽しかった」と自信を深め、さらに練習した。
ただ、それでも特段、彼女の評価が高かったわけではない。中級者への登竜門とされる、板を裏表に一回転させる技「キックフリップ」を覚えたのが小3というから、かなりゆるやかな成長曲線だった。
2021年の東京五輪は自宅のテレビで見ていた。松本は「すごい技がいっぱいできてすごいな」と思ったという。松本家は日本代表がどうやって選ばれているのかさえ知らなかった。九州には五輪争いをするようなトップスケーターがいなかったことで、情報が入らなかったからだ。
「車移動」の道中にあった全国への扉
「近所であったから」と出場したキッズスケーターの登竜門「FLAKE CUP」の熊本大会に2021年に出場して3位に、翌年2月には全国大会で準優勝した。
この全国大会は千葉県で行われ、松本家は、車で大移動したのだが、その帰りの道中、「有名なパークだから」(沙織さん)とフラっと立ち寄った三重県松阪市の「市総合運動公園スケートパーク」で滑っていると、スタッフから「日本オープンの練習ですか?」と尋ねられた。
松本家の頭には「?」が浮かんでいた。「ローカル大会荒らし」ではあったが、全国大会の情報は積極的に集めてはいなかった。聞けば、「2か月後の4月に日本OPが開かれる」ということだった。
松本は、この大会に出られることになり、地元で猛練習を重ねる。東京五輪「銅」の中山
そして今年、世界デビューを果たした。パリ五輪予選第6戦のドバイ大会に参戦すると、小学6年生だった松本は予選をトップで通過し、決勝でも4位に食い込んだ。6月に米・カリフォルニア州で行われたXゲームズ・ベンチュラ大会でも4位。世界のトップ層に「松本雪聖」の名前を知らしめた。すべては、車でフラっと寄った松阪から始まったのだ。
膨大な練習量
松本の強みは「ラン」にある。主戦場のストリートは、45秒間自由にコースを滑る「ラン」と技一発勝負の「ベストトリック」で争うことが多い。スピードのある滑りが持ち味の松本は、ここで他の選手より多くの技を披露、高さのあるジャンプと完成度の高いトリックで、ランを勝ち上がる。
天才とも言われる松本だが、快進撃を支えるのは、膨大な練習量。スケーターの少ない地元熊本の「ほとんど誰もいない」(松本)パークで滑りまくるのだ。平日は、学校が午後4時半頃に終わると、電気治療やトレーニングをした後、パークに入る。午後6時頃から10時まで続けて練習をする。休日になると、午後3時から10時まで7時間のぶっ通しだ。内容はとにかく反復練習。板を跳ね上げる超基本技の「オーリー」から始め、基礎的な技を繰り返す。体力不足を課題に挙げるスケーターが少なくないが、松本は、無尽蔵のスタミナでランを滑りまくる。
反面、課題にしているのは「ベストトリック」だ。本人が「ちょっとずつ落ちていく」と語るように、ベストトリックで順位を落としていくことが多い。
「面白い」と「怖い」の間で
この課題を克服するために取り組んでいる技がある。「キックフリップ・バックサイドリップスライド」。板を裏表に一回転し、背中側にあるレールに乗り、ボードでスライドするというトリック。女子ストリート界のスター、ライッサ・レアウ(ブラジル)の得意技として知られるが、すでにこれを松本は完成させているという。
だが、表舞台で出したことはない。理由は「怖いから」。スピード感のある滑りが特長の松本は「できる技」しかやらない。失敗すると痛いから。それが怖いのだ。
12歳の松本は正直で「直感的」だ。本番で披露する技と、事前練習で取り組む技とは必ずしも一致しない。「行ける」と思えば、本番でチャレンジするし、どれだけ練習をしていても、レールがわずかに高かったり、コースに違和感があったりすると「怖い」と感じ、その技を回避することもある。自分の感覚に正直なのだ。
そんな素直な一面は、ことばの端々から感じられる。スケートボードを始めたのは、単に「面白かった」からで、スケートボードを続けているのも「スケボーに乗っていれば、海外の大会に行けて、友達に会えて楽しいから」だと言う。九州で、周りにスケーターがいない環境から、世界を舞台に戦いだした彼女にとって、スケボー大国のトップランナーたちは代えがたい「友達」だ。
Xゲームズ初参戦となったベンチュラ大会では「会場近くに海があって、そこにリスがいた。(赤間)
Xゲームズ千葉大会は初出場。会場を「のぞき見」した感想は「レールが高くて怖くて、嫌だなって」というものだったが、「みんなと一緒にいられるのが楽しみ」だという。
では、新技は――? 「出せたら、出します」。でも、目指すのは優勝。理由は簡単だ。「だって、勝ったら、面白そうだから」
12歳が幕張で見せる本能のままの演技が、楽しみでならない。
09/19 10:00
読売新聞