世界2階級王者に向けてまもなくゴング! 「チーム拳四朗」がスタイルチェンジより大切にする事

2階級制覇に挑む寺地拳四朗


2階級制覇に挑む寺地拳四朗
今月13、14日の2日間、日本ボクシング史上初めて、世界戦7試合の2日間興行(『Prime Video Boxing 10』)が東京・有明アリーナで開催される。初日の13日、元WBC&WBAスーパー統一世界ライトフライ級王者で現WBCフライ級1位の寺地拳四朗は2階級制覇をかけて、同級2位のクリストファー・ロサレス(ニカラグア)と王座決定戦に挑む。

現在国内では世界主要4団体すべて日本人が世界王者というバンタム級に注目が集まっているが、拳四朗の参戦で、ユーリ阿久井政悟(WBA)やアンソニー・オラスクアガ(WBO)が世界王者のフライ級も俄然目が離せなくなった。

ライトフライ級では安定王者と呼ばれた男は、フライ級でも主役になれるのか。転向初戦でいきなり勝負をかける拳四朗に独占取材。トレーナーの加藤と二人三脚で歩む拳四朗が、世界2階級制覇に向けて、スタイルチェンジよりも大切に考えている事を聞いた。(全4話/第2話)

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7月、拳四朗のマネジメントを担当する三迫プロモーションはWBA、WBCのライトフライ級王座を15日付で返上し、フライ級に転向することを発表した。4団体統一王者を目標にしていたが実現は難しい事。そして20代の頃と比較して代謝も落ち始めた32歳という年齢を考えても、チャンスを待ち続けるために過度な減量を続ける事は限界になって来た事も、大きな理由のひとつだった。

「もう全然、すんなり決めました。悩むような事もありませんでした」

と拳四朗。

2017年5月、25歳でWBC王座を獲得してから7年以上という長きに渡りライトフライ級のトップを走り続けた拳四朗は、32歳にして新たな階級に挑戦する事になった。

108ポンド(48.97キロ)リミットのライトフライ級に対して、フライ級リミットは112ポンド(50.80キロ)で、その差は4ポンド(1.83キロ)。4ポンド差がどのように影響するかは未知な部分も多いが、拳四朗本人は「水抜きが楽になるかなと考える程度で、特に体重を意識して何かを変えるような事もしていません」とさほど意に介していないようだった。

一方、加藤は4ポンド(1.83キロ)増やして試合に挑む事がメリットになるように準備を進めていた。

「前回(カニサレス戦)はウォーミングアップの時点で息切れしたり、体にエネルギーのない状態で試合に挑んでしまった。余裕が出来た分を何も考えず体重増やすだけでは、おそらく前回と同じ結果を招いてしまいます。自分としてはより細かく確認してより慎重に体重作りをして、体に力を発揮できるだけの十分なエネルギーを蓄えた状態でリングに向かわせたいと思います」

■スタイルも大切ですが、考え方も変えていかなければならない

階級を上げた事で過酷な減量から多少開放されるようになる反面、リーチや体力差といった利点は少なくなる。フライ級転向の成功の鍵について、ふたりはどう考えているのか。まずは拳四朗。

「最近は『攻め続けられる限り攻め続ける』みたいな気持ちでいましたが、いまはまずいと思えば、バックステップを多用したり、横の動きを増やしたり、ディフェンスに考えを切り替えて対応することを意識しています。被弾しても打ち返して押し切る試合が多かったと思いますが、これからは危ない場面は減る気はします」

現時点でプロボクサー人生で唯一の敗戦となった2021年9月22日、矢吹正道との試合以降、拳四朗はまさに「肉を切らせて骨を断つ」という言葉で表現されるような激しい撃ち合いを繰り広げて来た。ファンも互いの魂がぶつかり合うような試合を期待し、それまで脚力を駆使して動き回り、左ジャブを突きつつ、打って、離れて、を繰り返す戦い方だった拳四朗の評価を一変させた。しかし加藤は「どちらも拳四朗の本来の持ち味とは違う」と話した。

「拳四朗の持ち味は、脚を駆使して動き回るアウトボクシングというイメージが定着していましたが、最初からそうだったわけでもなくて、『そういうスタイルに傾倒していた時期もあった』というのが実際の所です。拳四朗の最大の武器は圧倒的なフィジカル、持久力。圧倒的な体力があるからこそ、並のボクサーがどっしり腰を据えて地に足を付けた状態でするような上半身の動きや攻撃を、あれだけ飛び跳ねて動き回りながらでも出来る。

もうひとつの特徴は、再現性の高さです。体の使い方が抜群に上手い。こちらが『こうやって動くんだよ』と指示すればすぐ出来るようになるので、脚も使えるし、短期間でファイターにもモデルチェンジ出来たように思います」

拳四朗は体力と再現性に優れた万能型ボクサー。一方で器用であるがために迷いが生じたり、まわりに影響されやすい一面もあるという。加藤は「今後の課題は、1ラウンド3分間という時間の使い方を、自分自身で考えること」と話した。

「スタイルも大切ですが、考え方も変えていかなければならない。フライ級に転向しても、練習ですること自体はそこまで大きくは変わりません。取材でもよく、フライ級に転向したのちのスタイルについて質問されますが、細かな変更点がたくさんあって、それが大きな成果につながるので『スタイルをこう変えます』とはなかなか説明しにくい。

もちろん、いまの良い所はさらに伸ばして、悪い所を改善するような練習をしています。いま自分が一番気になっているのは、相手の耐久力が上がる事。『被弾してもこのまま押し切ってしまえ』みたいなスタイルを続ければ、いずれ耐えきれないような反撃も食らう試合も出て来ます。

自分の力を過信せず、このまま押し切れると考えて力を出しきる。攻めきるだけではなく、反撃も想定してペース配分を考える事。体力や技術をコントロールするのは心。やはりボクシングに対しての考え方がどうであるか、という事のほうが重要です」

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現在国内ボクシング業界では、世界主要4団体のベルトをすべて日本人が独占するバンタム級に熱い視線が注がれている。将来的に階級を上げ、「モンスター・井上尚弥」と世紀の一戦も期待されるWBC王者の中谷潤人筆頭に、井上拓真(WBA)、西田凌佑(IBF)、そして先月、元WBCフライ級王者の比嘉大吾に勝利した武居由樹(WBO)という、実力と個性を兼ね備えた魅力あるボクサーがベルトを巻いている。

対戦カードやボクサー個々に注目が集まる事はあっても、主要4団体の世界タイトルすべて日本人が独占し、ひとつの階級にこれだけ熱い視線が注がれる事は史上初。しかしフライ級もまた、拳四朗の参戦で俄然目が離せなくなった。

WBAは地方ジムのハンデを乗り越え、22戦無敗の絶対王者だったアルテム・ダラキアン(ウクライナ)を破り王座に就いたユーリ阿久井政悟。WBOは中谷潤人の親友で日本でもお馴染み、「トニー」ことアンソニー・オラスクアガがわずか8戦で王座に就くなど底知れぬ可能性を秘めている。

ライトフライ級では圧倒的な結果を残し続けた拳四朗も、フライ級転向初戦を控えた現時点では、ふたりに必ず勝利出来るとは言い切れない。難敵待ち構えるフライ級で、ふたりはどのように戦い、何を目指すのか。

答えは意外なものだった。


■寺地拳四朗(てらじ・けんしろう) 
1992年生まれ、京都府出身。B.M.Bボクシングジム所属。2014年プロデビューし6戦目で日本王座、8戦目で東洋太平洋王座獲得し、2017年10戦目でWBC世界ライトフライ級王座獲得。8度防衛成功し9戦目で矢吹正道に敗れ王座陥落するも翌2022年の再戦で王座奪還。同年11月には京口紘人に勝利しWBA王座も獲得し2団体王者に。今年7月、フライ級転向発表し王座返上。今月13日、クリストファー・ロサーレス相手にWBC世界同級王座決定戦に挑む。通算成績24戦23勝(14KO)1敗


加藤健太(かとう・けんた) 
1985年生まれ、千葉県出身。2005年三谷大和スポーツジムから20歳でプロデビュー。2006年東日本新人王トーナメントはスーパーライト級で決勝進出。右拳の怪我で1年間ブランクの後出場した2008年同トーナメントはライト級で準々決勝進出し、のち日本王座に就く細川バレンタインと引き分けた。網膜剥離を煩い24歳で現役引退。通算成績9勝(7KO)1敗1分。26歳で三迫ジムトレーナー就任。現在はチーフトレーナーとして名門ジムを支える。2019、2022年度最優秀トレーナー賞受賞

取材・文・撮影/会津泰成

【写真】トレーニングに励む寺地拳四朗

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