【テレビカメラは怖いです】知られざるLPGAゴルフ競技委員のお仕事 最も緊張するのは「トーナメント最終日・最終組からの呼び出し」

グリーン上でボールが当たり、テレビカメラのモニターで確認する競技委員(産経新聞社)

 ゴルフ競技に「審判員」は存在しない。ペナルティはプレーヤー自身が自己申告し、スコアはマーカー(同伴競技者)が記入したものを確認・署名して提出する。そのようにプレーヤーの自己責任で行なわれる競技であるが、彼らがルールの適用を迷う場面もある。そんな際に相談する相手が「競技委員」だ。どんな場面にも対応できるよう、試合前から会場入りして入念に準備する競技委員の役割について、JLPGA競技委員の門川恭子氏に『審判はつらいよ』の著者・鵜飼克郎氏が聞いた。(全4回シリーズの第2回。文中敬称略)

【写真2枚】JLPGAの競技委員・門川恭子氏はステップアップツアーでの優勝経験もある元ツアープロ

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 試合が始まると5人の競技委員がアウトとインに分かれ、競技委員のプレートがついたカートで待機する。手には無線機、耳にはイヤホンを装着し、各ホールに散らばっているスタッフからの“出動要請”に備えて待機する。

 1996年のプロテストに合格し、ステップアップツアーでの優勝経験もある元ツアープロで、2012年からJLPGAの競技委員を務める門川恭子が言う。

「競技委員長は基本的にクラブハウスの近くにいますが、いつでもカートで駆け付けられる状態にあります。競技委員長も含めて6人が待機し、トラブル現場に最も近い競技委員が急行する体制になっています」(以下同)

 プレーヤーではルール適用が分からなかったり、イエスかノーかの微妙なケースが生じたりした際に判断するのが競技委員の役割だが、ゴルフのルールは非常に複雑なので、かなりの頻度で呼ばれる。

「1日に10件、20件も呼ばれることもあります。特にコースの状態や天候によってルールの適用が難しくなることが多い。一方、コース状態が良ければ1日に1〜2件で終わることもあります。ペナルティエリアが多い、カート道やテレビ中継のアンテナといった動かせない障害物が多いコースも出動要請が増えます」

 無線で「何番ホールでルーリング(判定)。××選手が呼んでいます」と入る。すると、一番近くで待機している競技委員が応答して現場に急行する。基本的には現場に向かった競技委員が判断するが、さらに他の競技委員も呼んで協議するケースも年に1〜2度あるという。

質問は“どうしましたか?”から始める

「最初にやることは状況の把握です。競技委員が先入観を抱いて向かうとミスジャッジを招きます。プレー進行を滞らせないよう短時間で終わらせたいところですが、それでもあえて当事者の選手や同伴競技者には“どうしましたか?”の質問から入ります。

 急がせてしまうと、プレーヤーは目の前にある状況だけを説明しがちです。そして判定を下した後になってから“(競技委員が来る前に)一度、球を拾い上げていた”なんて話が出てきたりする。状況を把握するためには、その状況に至った経緯を丁寧かつ正確に聞く必要があるのです」

 最近のプレーヤーの特徴は、同伴競技者があまり関与してこないことにあるという。

 かつては救済を受ける場合に〈マーカー立ち会いのもと〉という規則があったが、2019年のルール改訂でマーカーの立ち会いの規定はなくなった。

「したがって選手本人とそのキャディからの説明でジャッジすることになりますが、プレーヤーだけの情報では判断が不正確になってしまうことがあります」

 そのような場合、正確に判断・決定するためにマーカーや同伴競技者、付近にいたギャラリー(観客)に訊ねるケースもある。

 例えば砲台グリーンのホールでは選手たちからグリーン面は見えないので、先にショットした選手のボールに次の選手のボールが当たっても、選手やキャディにはわからない。2人ともグリーンに上がって初めて、ギャラリーから「2人目のボールが当たった」と知らされる。この場合は先に打たれたボールを“元にあった位置”に戻してプレーを再開するが、選手はその場所がわからないため、競技委員を呼ぶことになる。

「複数のギャラリーに聞き取りして確認したうえで、どのあたりに戻すかを判断しますが、結構大変です。“もっと近かったぞ”とか、“いや、それより遠かった”と意見が割れたりすることもあります」

 競技委員が試合会場や中継で注目されることは滅多にないが、トーナメントの最終日・最終組から呼び出しがかかるとテレビカメラに囲まれる。最も緊張する場面だという。

「カメラは怖いです。説明がマイクに拾われるので、間違った用語を使わないように、選手に対して威圧的に聞こえないように……と、ドキドキしながら対応しています。その場にいる選手は説明を理解してくれていても、テレビ中継を観ている人はいろんな受け止め方をしますから、言葉には細心の注意を払います。選手が状況を説明する言葉を私が復唱して、丁寧に再確認します。こういったシチュエーションを常に想定し、落ち着いて言葉を発するように心掛けています」

(第3回に続く)

※『審判はつらいよ』(小学館新書)より一部抜粋・再構成

【プロフィール】
鵜飼克郎(うかい・よしろう)/1957年、兵庫県生まれ。『週刊ポスト』記者として、スポーツ、社会問題を中心に幅広く取材活動を重ね、特に野球界、角界の深奥に斬り込んだ数々のスクープで話題を集めた。主な著書に金田正一長嶋茂雄王貞治ら名選手 人のインタビュー集『巨人V9 50年目の真実』(小学館)、『貴の乱』、『貴乃花「角界追放劇」の全真相』(いずれも宝島社、共著)などがある。ゴルフの競技委員のほか、野球、サッカー、大相撲など8競技のベテラン審判員の証言を集めた新刊『審判はつらいよ』(小学館新書)が好評発売中。

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