蛯名正義氏が実感する僚馬同士の関係性 慌ただしい6月の厩舎、“新入生”の2歳馬が入ってくると3歳馬が少し“大人”になっていく

6月の厩舎では2歳馬が入ってくるため3歳馬が少し“大人”になっていくという

 1987年の騎手デビューから34年間にわたり国内外で活躍した名手・蛯名正義氏は、2022年3月から調教師として活動中だ。蛯名氏の週刊ポスト連載『エビショー厩舎』から、厩舎に入ってくる“新入生”と“上級生”についてお届けする。

【写真】競走馬の逞しい首の近くの手綱を持つ蛯名正義氏

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 ダービーが終わって一区切り。現在管理している馬の将来をどう見据えていくかを検討するだけでなく、これからデビューする2歳馬をどう調教していくかという新しい時間軸が回りだします。そういう意味で6月は、なかなか慌ただしい日々です。

 僕の厩舎にも2歳馬が入ってくるようになりました。今は北海道の牧場から直接厩舎に入ってくるのではなく、まず美浦トレセン近くの育成牧場まで連れて来て様子を見ます。ここはまだ生まれ育った北海道の牧場に雰囲気が近いかもしれません。

 入厩前の乗り運動では、徐々に負荷をかけていきますが、その目安になると言われているのが「15-15」。これは調教で1ハロン(200m)を15秒ペースで走ること。このペースで5~6ハロンを無理なくこなせて、まだ手ごたえに余裕があったりするようなら、かなり競走馬として走れる状態に近いと言われています。

 逆にこのペースではきつそうで、途中からペースダウンせざるを得ないようなら、まだまだ鍛えなければいけない。ただし仕上がりの見え方は馬によって違うので、あくまで目安。乗っている人の感覚でも違うので、入厩させるかどうかは、総合的に判断します。

 トレセンに来て、まず大事なのは環境に慣れてもらうこと。人間だったら、滞在場所を変える時、それなりのレクチャーがあって、なんとなく心の準備はできますよね。でも、いままで牧場にいた彼らにしてみれば、いきなり馬運車で連れてこられたのは年上の馬が何頭もいる厩舎。しかも同じような建物が何棟も並んでいます。「いったい、どこに連れてこられたの?」って感じですよね。

 だから、けっして驚かせたりせず、冷静になってもらって、いろんなことを覚えさせる。馬房は前にいた馬の痕跡も消して、「君は今日からここで寝泊まりするんだよ」と。

 どんな馬なのかは、入厩前から情報が入ってくるし、時々牧場に出かけて行って見ているので、「ああ、この子はこういうところ、気をつけなきゃな」ということを頭に入れながら進めていきます。それに厩務員さんのタイプを考え合わせて担当を決めたりします。

 2歳馬はちょっと強く追うと熱発したり、環境が変わったストレスから飼い葉食いが落ちたりすることもある。いったん入厩させたけど、もういちど育成牧場で訓練しなおすこともあります。

 厩舎に新しい仲間がやってくることは、年上の馬にも影響を与えます。2歳馬が一緒に調教しようとすると、これまでは一番年下で、なんとなく後ろにくっついていた3歳馬が、ちゃんと先頭に立って誘導したりすることがある。人間でも小学校で1年生が入ってくると、2年生がお兄さんお姉さんらしくなったりするでしょう。

 こういう傾向は話としては聞いていましたが、ジョッキーの時には調教で自分の乗る馬が気になるだけでした。しかもいつも一番後ろからついていったので、調教師になって初めてこういう僚馬同士の関係性を実感しました。みんなこうして「大人」になっていくのですね。

【プロフィール】
蛯名正義(えびな・まさよし)/1987年の騎手デビューから34年間でJRA重賞はGI26勝を含む129勝、通算2541勝。エルコンドルパサーとナカヤマフェスタでフランス凱旋門賞2着など海外でも活躍、2010年にはアパパネで牝馬三冠も達成した。2021年2月で騎手を引退、2022年3月に52歳の新人調教師として再スタートした。この連載をベースにした小学館新書『調教師になったトップ・ジョッキー~2500勝騎手がたどりついた「競馬の真実」』が発売中。

※週刊ポスト2024年6月21日号

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