涙のサクセスストーリー 大学で競技引退するはずだった男がマラソン日本歴代3位の記録を打ち立てるまで 

吉田祐也

◆福岡国際マラソン(1日、福岡市平和台陸上競技場発着~福岡市西南部周回~香椎折り返し=42・195キロ)

 来年9月の東京世界陸上の代表選考レースを兼ねて行われ、青学大出身の吉田祐也(27)=GMOインターネットグループ=が、日本歴代3位の2時間5分16秒で優勝した。大学卒業時に一時は引退を考えた男が、世界陸上参加標準記録(2時間6分30秒)を突破し、日本代表の有力候補に浮上した。現在も青学大を練習拠点としており、第101回箱根駅伝(来年1月2、3日)で連覇を目指す後輩たちに元気を与える快走にもなった。西山雄介(30)=トヨタ自動車=が2時間6分54秒で2位だった。

 強い覚悟を持ってマラソンに取り組んでいる吉田が終盤に強さを発揮した。30キロ過ぎ、独走態勢になった後もペースを緩めなかった。日本記録には20秒届かなかったが、東京五輪6位入賞の大迫傑を超える日本歴代3位の好記録でゴールした。

 「20年に福岡で初優勝してから、この4年間は本当につらかった。目標から遠ざかっていく自分が本当に嫌でした」。力強いガッツポーズでゴールした後、表情を一転させて涙を流した。

 青学大出身の吉田は、原晋監督(57)が「青学大史上最も練習した男」と評する努力の選手。2、3年時はチーム11番手で箱根駅伝出場を逃したが、4年目に最初で最後の箱根で4区区間新記録(当時)で区間賞を獲得し、優勝に貢献した。

 大学卒業を機に引退するつもりで、大手食品メーカーのブルボンから内定を得ていたが、自身の気持ちと可能性を確認するために箱根の1か月後に別府大分毎日マラソンに出場し、日本学生歴代2位(当時)の2時間8分30秒と好走した。レース後、日本陸連の瀬古利彦ロードランニングコミッションリーダー(68)に現役続行を進言されると同時に「マラソンをなめてはいけないよ」と言われると「なめていません」と即答した。その後、マラソンで生きる覚悟を固め、内定を辞退し、GMOインターネットグループで競技を続行することを決めた。その時「24年パリ五輪、28年ロス五輪のマラソン日本代表を目指します」と決意表明した。

 パリ五輪出場を逃したが、来年の世界陸上、28年ロス五輪を狙える可能性は十分にある。「今、世界と勝負するには厳しい。ただ、必ず、世界と戦う力をつけたい」ときっぱり話す。今も青学大を練習拠点としており、学生の3~5割増しの練習量をこなしている。原監督は「学生のいい手本になっています」と話す。箱根駅伝の理念「箱根から世界へ」を体現するために、吉田は走り続ける。

 ◆マラソン 東京世界陸上への道 ジャパンマラソンチャンピオンシップ(JMC)シリーズ4(2024年3月31日~25年3月)の優勝者で、参加標準記録(男子は2時間6分30秒)突破か、基準ワールドランキングで出場資格を得た場合に内定。現時点のポイントで優勝の可能性があるのは、小山直城(ホンダ)、赤崎暁(九電工)、西山雄介(トヨタ自動車)、平林清澄(国学院大4年)、大迫傑(ナイキ)ら。有効期間内に日本記録をマークし、終了時に日本記録保持者である選手も内定する。その上で、選考大会(男子は5レース)で参加標準記録を突破した選手の中から記録、順位などを総合的に判断し、本大会で活躍を期待されると評価された選手が内定。

 ◆吉田 祐也(よしだ・ゆうや)1997年4月23日、埼玉・東松山市生まれ。27歳。東松山市立東中1年時から陸上を始める。2016年に東農大三高から青学大に入学。3年時に全日本大学駅伝5区区間賞。4年時に箱根駅伝4区区間新記録(当時)で区間賞。20年に卒業し、GMOインターネットグループ入社。同年の福岡国際マラソンで優勝。自己ベスト記録5000メートル13分30秒91、1万メートル27分45秒85、マラソン2時間5分16秒はいずれも今年にマークして絶好調。164センチ、47キロ。

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