夫がトルコ地震の被災者へ募金をした理由。旅先で受けた厚意は、いつまでも忘れない
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旅先の恩を返しに
夫が23年2月に起きたトルコ地震の被災者へ寄付をするという。商店街の募金箱ではなく、名古屋のトルコ領事館へ直接持っていくことに。
自転車で出かけて行った夫は、受付で募金したい旨を告げた。募金箱に入れるものだと思っていたら、別室に通され、「チャイ」をご馳走になって、寄付金の領収書までもらったそうだ。
通訳を交えて館員とお喋りをした、という話を帰ってきて得意げに報告する。「もうちょっとたくさん寄付すればよかった」とも言っていた。
ずいぶん前、夫婦でトルコを旅行した。郊外の町へ列車で行こうとしたが行き方がよくわからず、現地の若者たちに聞くと親切に教えてくれる。
それどころか、一緒に列車に乗り込んで、私たちが間違えないかを斜め前の席から見ていてくれるのだ。
国の印象を決めるもの
ところが次の駅で乗り換えると、彼らも乗ってきてまた斜め前の席に座る。どこまでついてくるのか。さすがにもういいよ。ちょっと気味が悪くなって、十分にわかったからここでけっこうです、というようなことを伝える。
なんとか通じたのか、彼らはバイバイと言いながら、向かいのホームに停まっていた車両に乗って引き返していった。
怪しいお兄さんたちではなかったのだ。ゴメンね、私たち親切にされることに慣れてなくて、すぐに厚意を疑って。
夫は領事館の人に、旅行先で親切にしてもらったことを話したそうだ。トルコには良い印象しかない、と。
その国の印象って、政治の体制とか人種とか関係ないんだな。旅先で受けた親切は何年経っても忘れない。これからもあのお兄さんたちのことはずーっと覚えているだろう。
03/18 12:30
婦人公論.jp