【パリ五輪「メダル候補」たちの素顔】レスリング・須﨑優衣「教わることはひとつも無駄にしません」コーチも驚く“メモ魔”が生んだ成長

須﨑優衣(写真・共同通信)

 

「優衣に初めて会ったのは、中学2年生のとき。JOCエリートアカデミーに入校したときです。そのころは負け知らずの選手として名前は知っていて、第一印象は『元気なコだな』というものでした。レスリングはもちろん、日常生活もたいへん活発なコでした」

 

 こう話すのは、元レスリング44kg級世界王者の吉村祥子さんだ。中学生から須﨑優衣の指導に携わってきたが、「なんでもハキハキと質問をしてきて、教え甲斐があった」と吉村さんは話す。

 

 

「自分の夢をかなえるためにすべてを吸収する、という意欲がすばらしかったですね。ほかの選手もがんばり屋さんでしたが、優衣からは『吉村コーチから教わることは、ひとつも無駄にしません』という強い気持ちを感じました。本人もそう口にしていましたし、実際にそういう行動を取っていました。本当に来たときからすばらしい選手だと思っていました。

 

 たとえば、私は選手たちに練習ノートを毎日書かせているのですが、ほとんどの選手は家で夜に書くんですよね。それが、優衣だけは違いました。夜に書くと練習中の気づきを忘れてしまうからと、練習中にノートを持ってきて、言われたことをその場で走り書きしたり、ホワイトボードにメモをして後々、ノートに書き写したりしていました。当然、書く文量も多かったです」

 

 熱心な“メモ魔”のおかげか、須﨑は確実に成長していった。中学時代は、出場した全大会で優勝し、高校3年生で迎えた2017年の世界選手権では、初優勝を飾った。吉村さんは「もちろん、悔しい思いをしたこともありますが、私も一緒に楽しませてもらったことはたくさんあります」とこれまでの道のりを振り返る。

 

 華々しい経歴のなかでもひときわ光るのが、2021年の東京オリンピック。4試合すべてでテクニカルスペリオリティ勝ちをしてつかみ取った、50kg級の金メダルだ。これは、吉田沙保里も成し得なかった偉業でもある。

 

「あのときは本当に緻密に、2人で作戦を積み上げていて、どういう試合展開をするかの想定はもちろん、試合中に起こりそうなすべてのことについて、擦り合わせができていました。結果論ではありますが、最高の準備ができていたからこそ、金メダルという結果につながったのだと思っています」

 

 2023年の世界選手権大会50kg級で金メダルを獲得、パリへの出場権を獲得した。だが、この大会3週間前に右膝を負傷し、スパーリングもできないまま、試合を迎えていたという。

 

「東京オリンピックの金メダル以降、彼女は茨の道を歩んできました。2023年の世界選手権以外にも、『これは厳しい』と思うことは2度ほどありましたよ。綱渡りのような状況だったことは、本人も理解していると思います。それでも要所、要所での彼女の強い意志と行動で、なんとか一緒に乗り越えてやってきました。優衣は負けず嫌いですが、『負けたくない』よりも『何かを達成したい』という、執念のほうが強い。人と比べるよりは『自分の目標を達成したい』、あるいは純粋に『自分がチャンピオンになりたい』という気持ちが強いと思います」

 

 パリオリンピックには“2連覇”という大きな期待がかかってくる。吉村さんは元選手だからこそわかる、こんな気持ちを話してくれた。

 

「『2連覇』という言葉は素敵ですが、私は東京オリンピックの試合前に、優衣に言ったのは『東京オリンピック金メダル獲得を目指して全力でやってきたけど、優衣の長い人生、それをゴールにするのはやめよう。この東京オリンピックは、優衣の人生の第1章にしよう。そして、この第1章で金メダル獲得をして、第2章にto be continueにしよう』ということでした。東京オリンピックを目指してアカデミーに来ましたが、そこをゴールだと思ってしまうと『勝てなかったらどうしよう』と、その先が見えなくなってしまうんです。でも長い人生を考えたら、まだ20歳そこそこで、これがゴールではないと。これをステップにどう生きるかを考えよう、という話をしてきました。

 

 そして試合後、第1章は金メダルを獲得して最高の形で終わったので、『パリまでが第2章だね。第1章は無観客のオリンピックで金メダル獲得、第2章では有観客でのオリンピック金メダルを獲得する。いまは、いろいろな物語が途中にあって、いよいよクライマックスにきているな、と感じています」

 

 間もなくパリオリンピックが開幕。須﨑は世界女王として、挑戦者を迎え撃つ立場だ。彼女のいちばんの強みを、吉村さんは期待を込めてこう話す。

 

「優衣は本当にオールマイティで、スピードがとてもある選手。いまは、さらに“崩し”の部分には磨きをかけていますし、タックルからの処理や脚を取られてからのカウンター、そして、グラウンド技など、持っている技術がどんどん増えています。それを生かしてしっかり決めて、金メダルを取ってほしいと思っています」

 

 東京オリンピック以降、ケガに泣かされた時期もあった。それでも吉村さんは「優衣は東京オリンピック以降、本当に成長した」と目を細める。その本当の成果を見せる舞台は、すぐそこまできている。

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