躍進の理由は? アストン・ヴィラを蘇らせたエメリ監督の手腕。壮大なプロジェクトとアーセナルとは正反対の環境【コラム】

【写真:Getty Images】

 ウナイ・エメリはかつて率いたアーセナルで”失敗”のレッテルを貼られてしまった。しかし、現在率いるアストン・ヴィラでは目に見える結果を残しており、改めて「名将」と賞賛を浴びている。なぜ、スペイン人指揮官は二度目のプレミアリーグ挑戦で結果を出すことができているのだろうか。(文:安洋一郎)

●アストン・ヴィラを成長させたウナイ・エメリ

 「ウナイ・エメリは(ジョゼップ・グアルディオラユルゲン・クロップに続いて)プレミアリーグで3番目に優れた監督だ」。

 先月、元イングランド代表DFジェイミー・キャラガーがイギリス『Sky Sports』の番組に出演した際に発した、この発言は正しいのかもしれない。

 今季エメリが率いるアストン・ヴィラはプレミアリーグ第15節終了時点で勝ち点32を稼ぎ3位に位置している。6日に行われたマンチェスター・シティとのホームゲームでは1-0の勝利を収め、内容面でもシュート本数22対2と昨季の王者を圧倒した。

 このスペイン人監督は、昨年11月1日にアストン・ヴィラの監督に就任してからクラブ、そして選手たちのポテンシャルを大きく開花させた。マンチェスター・シティ戦が公式戦50試合目の指揮となったのだが、その間に31勝を挙げている。これは16年夏にマンチェスター・シティの監督に就任したグアルディオラが最初の50試合で記録した29勝を上回る。

 プレミアリーグに限定すると39試合での平均勝ち点は「2.00」を記録。データサイト『Opta』によると、35試合以上同リーグで指揮を執った監督で平均勝ち点が「2.00」を越えたのは、アレックス・ファーガソンらに続いて史上9人目(10度目のケース)。エメリを除く8人全員がプレミアリーグでの優勝経験がある監督であることからも、この記録の偉大さがわかるだろう。

 アストン・ヴィラは本拠地ヴィラ・パークでは2月に行われたアーセナル戦に敗れて以降、プレミアリーグで14連勝を達成しており、1903年と1931年に達成されたクラブ記録に並んだ。

 スティーブン・ジェラード前体制では一度もホームでの連勝がなく、対ビッグ6戦の勝利もゼロ。引き継いだ時点での順位は15位だった。なぜ、ウナイ・エメリはこの状況に陥っていたアストン・ヴィラを蘇らせて、プレミアリーグで上位争いを演じるほどに結果を出すことができているのか。

 その理由は、彼の監督キャリアで“失敗“と位置づけられているアーセナル時代と比較をするとわかりやすい。

●アーセナルでエメリが成功できなかった理由

 18年夏にエメリはアーセン・ヴェンゲルの後任としてアーセナルの監督に就任した。

 約22年間監督を務めたカリスマ的指揮官の後任は誰であっても難しい。マンチェスター・ユナイテッドでも似たようなケースがあり、ファーガソンからデイビッド・モイーズに引き継いだ際に苦労している。

 特にアーセナルのような規模感のクラブでは、ピッチ内での結果はもちろん、ピッチ外での仕事も多く、ビッグクラブならではの “政治力”が求められる場面が多い。“戦術オタク“としても知られるエメリは各試合にだけ集中したかったのだが、そうはいかなかった。本人も「ヴェンゲルの後を引き継ぐという意味で、アーセナルは難しい場所だった」と苦戦を認めている。

 彼の性格がアーセナルに合わなかったことに加えて、当時のアーセナルはフロントが不安定だった。

 エメリを監督に招聘した当時のCEO(最高責任者)イバン・ガジディスはすぐにチームを去り、同じく招聘に関わったスカウト責任者のスヴェン・ミスリンタットも2018/19シーズン途中に退団。カジディスの後任に就いたラウール・サンジェイやスカウト部長を務めたフランシス・キャギガオ、契約交渉担当のフス・ファミーらも1年、もしくは2年で退任をするなど、クラブの内部が激しく入れ替わっていた時期だった。

 クラブの上層部が変われば、方向性が変わるのも必然的。この激動の時代に結果を残すのは誰でも難しかっただろう。

 さらに当時の補強はエメリではなく、クラブが主導権を握っていた。そのため彼が欲しい選手ではない選手が加入することもあった。

●食い違う現場とフロントの意見

 その代表例が2年目となる19年夏に当時のクラブレコードで獲得したニコラ・ペペだろう。

 エメリは解任後に受けたインタビューで「私はリーグを知っていて適応に時間がかからない選手を望んでいた。ザハは一人で試合を決めることができる選手だ。でもクラブは将来を見据えてペペの獲得を決めた」と明かしている。

 エメリはアーセナルのフロントに「今、試合に勝利するためにはザハが必要だ」と訴えたが、この移籍は実現しなかった。

 実際に彼が指揮を執った18年夏から19年11月までの期間を振り返ると、獲得した選手は10代や20代前半の若手(ガブリエウ・マルティネッリ、ウィリアム・サリバ、マテオ・ゲンドィージら)、もしくは30代のベテラン(ソクラティス、ダビド・ルイス、ステファン・リヒトシュタイナーら)が大半で、現アーセナル指揮官ミケル・アルテタと比較をすると、明らかにサポートが不足している。

 現在、指揮を執るアストン・ヴィラでは、これと正反対の環境に置かれている。

●エメリにとって理想の仕事場

 昨季、エメリは就任当時15位だったアストン・ヴィラを最終的に7位まで押し上げ、UEFAカンファレンスリーグ(UECL)の出場権を獲得したことで、オーナーのナセフ・サウィリス氏とウェズ・イーデンスから絶大な信頼を得た。

 その結果、クラブは23年夏に体制を再構築。クラブの最大の意思決定者であったCEOのクリスティアン・パースロー氏は同職の廃止に伴い退任し、スペイン人指揮官が仕事しやすい環境とするために、オーナーに次ぐ権限を持つ形に変更した。オーナーは直接的にクラブの経営に関わらないため、実質的にエメリが現場の意思決定者となっている。

 そのためフロント主導の補強がなく、エメリが必要とする選手しかチームにやってこない。今夏に獲得したパウ・トーレスやムサ・ディアビ、ユーリ・ティーレマンス、ニコロ・ザニオーロ、クレマン・ラングレは全て彼が欲した選手たちだった。セビージャからモンチ、レアル・ベティスからアルベルト・ベニートら優秀なテクニカル・ディレクターやスカウト陣らが今夏に加入したのも、エメリが働きやすくするための一環の人事だった。

 実質的な現場のトップになったエメリには、本来であれば監督業以外にも多数の業務が生じるが、これは彼の個人アシスタントで、体制変更でフットボール部門のディレクターに就任したダミアン・ビダガニーが行っている。そのためエメリは、朝から晩までトレーニング施設に籠り、チームトレーニングやミーティング、次節の分析など、フットボールに100%集中することができている。

 アーセナル時代に苦戦した理由でもある「フットボール以外での業務」と「フロントのサポート不足」がアストン・ヴィラでは全く存在しないのだ。加えて英語も当時と比べて大幅に上達した。現在は通訳を介することはほとんどない。

 まさにエメリにとって理想の仕事場だと言えるだろう。

●アストン・ヴィラとエメリが見る夢

 エメリにとって大きいのが、アストン・ヴィラが過去に成功を収めたセビージャやビジャレアルとは異なる財政規模のクラブであることだ。

 アメリカの経済誌『Forbes』によると、オーナーの総資産はそれぞれ、ナセフ・サウィリス氏が69億ドル(約9936億円)、ウェズ・イーデンス氏が34億ドル(約4896億円)に上るとされている。この総額はプレミアリーグでは、ニューカッスルとマンチェスター・シティに次ぐとも言われており、彼らが惜しみなくクラブに投資をしたことで、当時2部に沈んでいたアストン・ヴィラは大幅に強化された。

 潤沢な資金があるため主力の売却が必要なく、18年夏に現オーナーとなってからスタメンの選手で引き抜かれたのは21年夏のジャック・グリーリッシュの一例のみ。これも「UEFAチャンピオンズリーグ(CL)出場クラブから(当時の英国記録である)1億ポンド(約160億円)のオファーを受けた場合の契約解除条項」があったためであり、お金に目をくらんで主力を放出したことは一度もない。

 そのため常に戦力を上積みすることが可能で、昨季終盤の時点で完成されていたイレブンに今夏だけでもムサ・ディアビやパウ・トーレスらを加えて、より選手層を厚くすることに成功した。

 ただ戦力を補強するだけでなく、主力選手の契約延長も着実に進んでいる。エメリが監督に就任した直近の1年間だけで、タイロン・ミングス(2026年夏まで)、ジョン・マッギン(2027年夏まで)、エズリ・コンサ(2028年夏まで)、オリー・ワトキンス(2028年夏まで)の4名と新契約を結んだ。

 そのほか、ドウグラス・ルイスエミリアーノ・マルティネスら他の主力選手とも軒並み長期契約を結んでおり、その全員が、アストン・ヴィラが掲げる「CL常連クラブ化&CL優勝」というプロジェクトにコミットして契約にサインをしている。

 こうした戦力のアップデートと主力のプロテクトはセビージャやビジャレアルなどではできなかった。その結果が現在の3位という順位である。

 勝利したマンチェスター・シティ戦後にエメリは、いつも通り「自分たちは優勝候補ではない。他に7チームある、次節アーセナル戦に向けて集中しないといけない」と浮足立つことなく言葉を綴った。その中で「もちろん自分たちのやり方でトロフィーをかけて戦う」と、タイトル獲得が目標であることを明言した。

 今季はプレミアリーグ、1月から3回戦が始まるFAカップ、そして既にグループステージ突破が決まっているカンファレンスリーグの3つの大会が残されている。このどれかでも獲得すれば、長らくメジャータイトルから遠ざかるアストン・ヴィラにとって大きな一歩となる。

 エメリに賭けたアストン・ヴィラと、それに応えるように結果を出したエメリ。両者の強い絆がプレミアリーグ、そして今後の欧州サッカーをかき乱すかもしれない。

(文:安洋一郎)

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