小島亨介はワインのように熟成される。守護神の変化とアルビレックス新潟への還元【コラム】

【写真:Getty Images】

●横浜F・マリノスの優勝を阻んだアルビレックス新潟
 明治安田生命J1リーグ第33節、横浜F・マリノス対アルビレックス新潟が24日に行われ、0-0のスコアレスドローに終わった。優勝のために負けられないマリノスの前に立ちはだかったのはGK小島亨介。10月にサッカー日本代表を経験した小島には、ある変化が生まれていたという。(取材・文:藤江直人)
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<a href="https://www.footballchannel.jp/2023/11/28/post522099/7/" target="_blank" rel="noopener">【動画】新潟を救った小島亨介のセーブ! 横浜F・マリノス対アルビレックス新潟</a>

 10年もの歳月を超えて、Jリーグの優勝争いの歴史に再び「アルビレックス新潟」が刻まれた。

 ヴィッセル神戸が悲願の初優勝を果たし、11クラブ目の優勝チームとして歴史に名を刻んだ今シーズン。横浜F・マリノスとの一騎打ちが最終節を残して決着するまでの経緯を振り返ると、神戸が名古屋グランパスを破った前夜に行われた、マリノス対新潟のゴールレスドローに行き着く。

 第33節を前にして、2連覇を目指すマリノスは勝ち点2ポイント差の2位で首位の神戸を追っていた。暫定首位に立って少しでも神戸にプレッシャーをかけたかった状況で、最後まで新潟のゴールマウスをこじ開けられず、神戸が勝てば優勝決定という舞台をアシストしてしまった。

 日産スタジアムを舞台にした新潟との第33節――で思い出されるのが2013シーズンだ。

 首位のマリノスは新潟に勝てば8シーズンぶりの優勝が決まる状況だった。しかし、0-0で迎えた72分に川又堅碁、93分には鈴木武蔵にゴールを決められて一敗地にまみれる。マリノスは最終節も川崎フロンターレに敗れ、森保一監督に率いられるサンフレッチェ広島が大逆転で連覇を達成した。

 マリノスの順位や優勝を逃した節は異なるものの、新潟戦の結果が大きく響いた跡は変わらない。そして、10年前に立ちはだかったのが川又と鈴木ならば、今シーズンは前後半を通じて20本ものシュートを浴びながら、神懸かったセーブを連発してクリーンシートに貢献した守護神・小島亨介だった。

●次々とピンチを防いだ小島亨介

 16歳だった2013シーズンは名古屋グランパスU-18に所属。ベンチ入りや出場機会こそ訪れなかったものの、夏場以降はトップチームに2種登録されていた小島は、新潟とマリノスを巡る歴史を問われると「あの……うっすらとは聞いていました」とマリノス戦後に言葉を紡いだ。

「僕たちはそういった歴史というよりは、本当に目の前の1試合1試合に向けて準備してきました。今日もそういったところは意識せずに試合に入りましたし、同じような結果になれば周りの方が盛り上がるのかなとは思いますけど、僕としては常に目の前の1試合1試合に意識を向けています」

 前半だけで3度も新潟のピンチを救い、マリノスのゴールを防いだ。

 まずは12分。ロングフィードに抜け出した右ウイングのヤン・マテウスが、一気にペナルティーエリア内に侵入してくる。しかし、利き足とは逆の右足で放たれたファーへのシュートコースを見極めて、最後は横っ飛びで反応した小島が懸命に伸ばした右手でコーナーキックに逃れた。

 アディショナルタイムの48分には、マテウスのクロスにアンデルソン・ロペスが頭を合わせるも、ゴール左隅を狙われた一撃をまたも空砲に変えた。マテウスがカットインから左足を振り抜いた49分の一撃も、ダイブした小島の右手の先をわずかにかすめて、またもやコーナーキックに逃れた。

 圧巻はエンドが変わった51分。右サイドからマテウスが放ったクロスを味方がクリアし切れず、ファーへ流れた先に左ウイングのエウベルがフリーでいた。狙い済ましたヘディングシュートに、必死に体勢を立て直した小島が反応。両手で弾き返した守護神は、そのままゴールのなかへ倒れ込んでいる。

 マリノスが誇る強力ブラジル人トリオ、中央のロペスと左右のエウベル、マテウスが放ったシュートは実に12本。それでも小島は「結果としてはポジティブですけど」と冷静に振り返る。

●「いい準備ができていた」「試合を通して意識していました」

「ただ、シュートまで打たれる、という決定的なチャンスを作られている点を考えると、その前でどのようにそのピンチを防ぐのか、というところが重要になってくる。味方の対応も含めて、僕自身が後ろからしっかり動かすことができていれば、もっと守りやすかったのかなと感じています。

 シュートストップに関しては、実際にいい準備ができていたので、冷静に対応できたのかなと。今日は体がすごく動いていましたし、リラックスしていい対応ができました。前半早々に(マテウスに)抜け出されて、1対1気味になった場面でうまく守れたことによって、自分としても、何て言うんですかね、少し乗った感覚はありました。その後もしっかり冷静にプレーできたのかなと思っています」

 守るだけではない。88分には巧みなポストプレーでボールを収めたロペスが、左サイドで反応した宮市亮へ完璧なスルーパスを通す。途中出場でスタミナ十分の宮市が、武器とする加速力で一気に前へ抜け出す。しかし、その先に立ちはだかったのが、マリノスの狙いを読んでいた小島だった。

 ペナルティーエリアを飛び出してパスをカットすると、ボールを奪いに来た宮市のプレスをかわし、さらにタッチライン際にいたパリ五輪世代のドリブラー、三戸舜介へしっかりと縦パスをつけた。

「オープンな時間帯でしたし、相手が常に背後を狙ってきているのはわかっていた。なので、僕自身も背後に来るボールに対して常に準備はしていましたし、あのシーンだけを振り返れば本当にいいスプリントから、ボールに触る相手を見ながら冷静にかわせた。とにかく1点を取りたい、という気持ちは僕自身も持っていましたし、そのためにはできるだけ味方にパスをつなげられれば、より攻撃の回数というのも増えると思うので、そういったプレーは試合を通して意識していました」

 この場面はチャンスにならなかった。それでも試合終了間際の土壇場で、積極果敢なパスカットから相手の動きを冷静沈着に見極める。自らに言い聞かせている、ビルドアップの起点にもなるプレーが少なかった点を含めて、小島は「個人としてはまったく満足していない」とマリノス戦を自己採点している。

●さらに上のレベルに到達するための課題

「攻撃の部分で前半は相手の守備に対してまったく前進できなかったし、うまくはめられていた感覚もあった。僕自身の判断もそうですし、技術の精度というところも欠けていた部分があったので、そこはもっと、もっと向上させたい。修正するところがいっぱいありますよね」

 新潟の本拠地デンカビッグスワンスタジアムで行われた、10月のカナダ代表との国際親善試合を直前に控えた状況で、負傷離脱した前川黛也に代わって森保ジャパンに追加招集された。

 うがった見方をすれば、試合が行われる新潟に所属する選手だからすぐにチームに合流できる、という点もあったかもしれない。しかし、森保監督は今シーズンの小島のパフォーマンスを注視してきたなかで、A代表リストに加わるのにふさわしい選手だと、カナダ戦を前にして明かしている。

「われわれの評価のなかで、コジ(小島)がシーズンを通してJ1の舞台でゴールマウスを守る、チームの勝利に貢献している点を見て招集した。このチームに加わりながらギラギラしたものを持って、より評価を高められるようにアピールしてほしい。攻撃面のよさも彼の特徴だと思うので、練習から攻撃の部分でも起点となって味方につなげられるようにしてほしい」

 東京五輪世代の小島は、インドネシア・ジャカルタで開催された2018年のアジア競技大会など、森保監督に率いられた年代別代表を経験している。さらにA代表でも、東京五輪世代を中心に臨んだ2019年のコパ・アメリカや、国内組で臨んだ同年のEAFF E-1サッカー選手権に招集されている。

 リザーブで終えた10月シリーズを含めて、国際Aマッチ出場歴はない。それでも、ヨーロッパで活躍する選手たちが主軸を担う今回の森保ジャパンでの日々は、初めて経験する刺激に満ちあふれていた。

 新潟を率いる松橋力蔵監督は、10月シリーズの前後で小島に大きな変化があったと振り返る。

●サッカー日本代表を経験した小島亨介の変化

「代表の後に彼と話したところでは、世界のトップで活躍する選手たちの、何て言うんですかね、スタンダードの高さというものを感じられたと。われわれも口では言っていますが、スタンダードを実際に見た彼を中心に自分たちがこの先、どこへ向かって前進していくのか。行動などを通じて、最後尾から見た景色をどのようにチームへ還元してくれるか、といったところは非常に楽しみにしています」

 森保ジャパンを介して見えた、世界のスタンダードとは何なのか。小島にも聞いてみた。

「A代表のみんなは、連続した動きの強度が本当に高い。その意味ではマリノス戦も、両チームとも本当に強度の高いプレーができたので、この強度を基準にこれからもやっていきたいと思いました」

 東京五輪世代の小島は、旧知の選手も多い。特に守備面で強度の高さを実感したとこう続ける。

「守備面での強度の高さもそうですし、ラインアップもこまめで、常に前線から追って後ろもそれについてくる。かなりコンパクトだと感じたし、90分を通せばなかなか難しいところではありますけど、基準を高く持ってそれらをやり続けられれば、ピンチも減ると実際に感じられた。そういった取り組みへの意識もみんな高いし、それらを僕はチームにしっかりと還元していきたい」

 球際の攻防における単発的な強度の高さだけではない。それらを継続して実践できる体力とメンタル力、組織力も強度の対象になる。10月シリーズをはさんで3勝5分けと8試合負けなしを継続している新潟は、直近の3試合ではすべてクリーンシートを達成。小島の代表土産が早くも脈打っている。

 小島のJ1通算出場試合数と、今シーズンの出場試合数は「29」で一致している。つまり、26歳で迎えた今シーズンにJ1デビューを果たし、昇格組の新潟のゴールマウスに君臨してきた。

「J1の戦いも強度が高い、というのがまずひとつあるし、あとは間違いなくシュートが枠内に飛んでくる回数が多い。自分としては準備の質というところを常に意識してきましたし、そこがよければ自分としてもいい対応ができているシーンも多かった。そこは大きな収穫だったと思っています」

●「まるでワインのよう」紆余曲折を経て小島亨介が目指すのは…

 今シーズンをこう振り返る小島は、名古屋U-18からトップチームへの昇格を見送られ、早稲田大学から2019シーズンに当時J1の大分トリニータへ加入した。しかし、YBCルヴァンカップのグループリーグ2試合に出場したけで、リーグ戦のゴールマウスに立てないままルーキーイヤーを終えた。

 翌2020シーズンからはJ2を戦っていた新潟へ期限付き移籍。昨シーズンからは完全移籍に切り替えてリーグ戦で全42試合にフルタイム出場し、新潟の優勝と5年ぶりのJ1昇格への原動力になった。

 J2を戦っている間に、東京五輪へつながる年代別の日本代表は縁遠い存在となった。自国開催の晴れ舞台に臨んだのは、いずれも年下の谷晃生大迫敬介、鈴木彩艶だった。それでも遠回りしたとは思っていない。悔しさや無念さを含めて、味わってきたすべてがいま現在の小島の糧になっている。

 1982年のワールドカップ・スペイン大会を制したイタリア代表の守護神、当時40歳のディノ・ゾフは「経験が熟成される、まるでワインのようなポジションだ」とゴールキーパーの特性を語る。森保ジャパンを含めて、まさに現在進行形でさまざまな経験を積み重ねている小島はこう言う。

「チャンスがあれば、そういった(代表戦の)舞台にももちろん飛びついていきたい。ただ、自分が所属しているチームでしっかり結果を出し続けることが、そういうところにつながると思っているので、あまりそこだけを意識せず、本当にいま、目の前というところへ意識を向けてやっていきたい」

 来月3日の最終節は、本拠地デンカビッグスワンスタジアムにセレッソ大阪を迎える。

「振り返ればよかったシーンもあれば、まだまだだなと思わされたシーンも多かった。まだ終わっていないですけど、ひと言で表せば本当に充実した1年になっているとは感じています。ただ、もっともっと高いレベルを表現しないと上には行けない。最後は勝って、笑って終わりたいですね」

 セレッソとは敵地ヨドコウ桜スタジアムでの開幕節で対戦し、先制しながら逆転される展開から、残り10分で追いついて引き分けた。J1初陣で勝ち点1を手にしてから288日。連続負けなしとクリーンシートでシーズンを締め、J1の舞台で成長してきた跡を小島が証明するにはもってこいの相手となる。

(取材・文:藤江直人

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