ジダンがレアル・マドリードで覚えた処世術。W杯の頭突きにまつわる神話学【ジダン研究後編】

【写真:Getty Images】

●「チームにはラウル派がほとんどだった」

フランス文化研究者で作家の陣野俊史は10月13日に書籍『ジダン研究』(カンゼン)を上梓した。ジダン論でもない、ジダン伝でもない、あるいはジダンをめぐる小説でもない、研究という最も地味な作業の結果、頁数は816にもおよぶ。本書はジダン自身が饒舌ではないことも手伝って、1990~2000年代の「近代サッカー史」としても読むことができる。著者とともにジダンがプレーしていた時代を振り返る。(聞き手:石沢鉄平)
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――不穏な空気が漂う中、2001年10月6日にフランス代表対アルジェリア代表の歴史的な親善試合が行われます。その詳細と結末は本書に譲るとして、当時のアルジェリアの実力はどの程度だったのでしょう。

「海賊版的なビデオで観た限り、テクニシャンがそこそこいた普通のチーム。90年代は内戦で国自体が機能していなかったので、ようやく国際舞台に復帰した頃でした。中心だったジャメル・ベルマディは現在もアルジェリア代表の監督を務めていて、リヤド・マフレズがいる今のアルジェリアは当時に比べてかなりメリハリが利いている印象があります」

――そして、過去を遡るとアルジェリアが独立を果たす前に、フランスでプレーしていたアルジェリア系の「独立のドリブラーたち」が、フランス協会、FIFAに邪魔されながら、独立のために世界を転戦していた、と。この歴史が日本語で紐解かれたのは本書が初めてではないでしょうか。

「だと思います。モロッコ文学に詳しい方に『よくやった』と言われました。中心人物のラシッド・メクルーフィから感謝状をもらってもおかしくない(笑)。書籍のテクニカルなことを話せば、ジダンを書くにあたって第二章は絶対に必要でした。およそ60年前に、このようなアルジェリア系の先人たちがいた、と」

――時代を巻き戻すと、ジダンはレアル・マドリードに移籍します。ジダンにとって大親友のクロード・マケレレがレアルにいたことが特にプレー面において、かなり大きかったようですね。

「チームにはラウル派がほとんどだった、とマケレレは言っている。マケレレは『ここではイタリア風のプレーをするな』というアドバイスも送っています。マケレレは自伝で思っていることをそのまま文字にしていて、資料的価値としては高いものがある。そこでも書かれているように、マケレレはレアルで明らかに黒人差別を受けていました」

●レアル・マドリードで覚えた処世術

――それに加えて、当時のサッカー界全体が、今で言うアンカー役への評価がすこぶる低かったように感じます。マケレレの退団後に加入した同タイプのトーマス・グラヴェセンもすぐ放出された記憶があります。

「もし、現在、フロレンティーノ・ペレスがこのポジションは評価に値しない的なことを発言したら、SNS界隈が黙っていないでしょうね。今はさまざまなツールに気を遣わないといけない時代ですよね」

――レアルでの処世術を覚えたジダンは、2002年のチャンピオンズリーグ決勝で伝説的なボレーシュートを決めました。これも近代サッカー史からは外せない出来事の一つです。

「もう数百回、DVDを観ています。実は大学での講義の前にも学生にこのDVDを見せて、『これがハートに訴えるものでなければ、履修しないほうがいい』と言っています。このゴールに関心を持てないようだと、例の10・06の試合には辿り着けません、と」

――まるで「逆踏み絵」のよう(笑)。レアル時代で言えば、デシャンが率いていたモナコとのCL準決勝も印象的です。特にジェローム・ロタンのジダン批判は秀逸です。

「ジダンを批判したロタンの自伝はAmazonのレビューが盛り上がっていて、ジダニストに『ジダンがそんなことを言う訳がない。お前の勝手な思い込みだ』などと書き込まれています。ジダンがロタンにマルコ・マテラッツィに言われたようなことを言ったのかどうかは確かめようがないにせよ、世間からジダンが偉く思われすぎている嫌いはありました。ジダンだって好きなことは言うだろう、と」

●W杯で起きた頭突きの結論

――再び代表に話を戻すと、フランスはEURO2000で優勝するも、2002年ワールドカップはグループリーグ敗退。ジダンは1試合しか出場せず、日本の地すら踏むことができませんでした。陣野さんは「地球儀を線で結べたチームの終焉」と表現しています。

「ジダンの関連本でも2002年のことは誰も触れていなくて、2002年はなかったことになっています。98年のチームを引っ張り続けてきたものの、チームとしての役割を終えていたということでしょう」

――少し早送りをすると、ジダンはEURO2004で代表を引退します。その後テュラム、マケレレとともに復帰し、2006年ワールドカップ決勝におけるヘッドバットでピッチを去ります。この間に登場するのが、監督のレイモン・ドメネクで、ドメネクに関して陣野さんは一貫して悪意のある書き方をしています。

「そのように読めるということは、彼のことが嫌いなんでしょう(笑)。話は逸れますが、東大の先生には『はじめにでジダニスト宣言をしている時点でタイトルとの矛盾がある』と指摘されています。その矛盾が特にドメネクの部分に出ているのかも(笑)。ドメネクは行政的な手腕に長けていて、人事異動の機微を掴める会社に一人はいるいやらしいタイプ。だからこそ育成年代を含めて長く協会にいられたのでしょう。ジダンとの関係性もいいはずがなく、戦術、トレーニング方法などでぶつかっています」

――ベテラン3人にドメネクが復帰要請するくらいですから、当時のフランス代表には何かが欠けていた、と。

「ドメネクがチームを作れなかったことに尽きます。特にDFラインが固められず、フィリップ・メクセス、ミカエル・シルヴェストル……う~ん、どうなの? という感じ。ニコラ・アネルカジブリル・シセなどの才能をまとめきれなかった」

――と言いつつ、2006年ワールドカップでは決勝まで上り詰めます。本書は三章に入っていくわけですが、本章はほぼヘッドバッドの話。特に神話学のくだりは、「正直、眠くなりました」とお伝えしたことを思いだします。

「神話学は数えてみたら34ページ。圧倒的に長い。学会誌のアーカイブに『ヘッドバット』と検索すると無数に関連記事が出てくるのですが、引用した文献はもう異常なまでの執念を感じます。ヘッドバットの結論ですか? 何もありません。ただ、生物学の観点から分析した文献があればより面白かったな、と。自分の本でありながら、三章は書き手のコントロールが利いていない(笑)。小説を書いているとき、書いているのは本人なのに、登場人物が何をするのかわからなくなっていく現象に似ています」

●「監督ジダン」の評価

――三章は、より矛盾した章だ、と(笑)。その後、ジダンはライセンス問題に直面しながら、レアル・マドリード・カスティージャの監督を経て、トップチームの監督に抜擢されます。監督時代のトピックとして最も印象に残っているのは、同胞カリム・ベンゼマの寵愛ぶりです。依怙贔屓にも写りますが。

「むしろ、同胞を大事にしない人間なんているのか、と。ベンゼマは地元(リヨン)のメンタリティを封じ込めることができなかった。そちらを捨てて、持って生まれたアスリート能力だけを選んでいれば、それこそジダン級になれたのに、とは思います。そう考えると、慎みと節度をジダンに求めたスマイルの存在は大きかった。ベンゼマのInstagramは高級車のコレクション自慢ばかり。今後もサウジアラビアで稼ぐんじゃないですか(笑)」

――特に戦術好き界隈では、CLを3連覇した割に「監督ジダン」の評価はいまいちです。ペップ・グアルディオラ、ユルゲン・クロップに比べて革新的なことはやっていない、と。

「確かに斬新さはありません。ただし、木村浩嗣さんも言っていたように、戦術は『マネジメントを含めて戦術』という考えからすると、クリスチアーノ・ロナウドにストライカー、ベンゼマにトップ下の役割をまっとうさせている。ジダンはそういう監督なんだ、と納得がいきます」

――第二次レアル政権後、ジダンはフリーの状態が続いています。ジダンの今後をどのように予想されますか。

「ボルドーはサラリーを払えない、ユベントスには恩がない、となると、三度目のレアルかフランス代表の監督でしょう。アルジェリア代表の監督となれば、まさに驚天動地ですが。数年前に、原稿用紙で100枚くらい、ジダンがアルジェリアの監督に就任する小説を書いていましたが、旧知の編集者に『売れないからやめておけ』と言われてストップしたままです」

――『ジダン研究』がバカ売れすれば小社で……(笑)。ただ、現実にジダンがアルジェリアの監督に就任する可能性はどうなんでしょう。

「ジダンがカビリー、ひいてはアルジェリアのことをどう思っているのか、816頁をもってしても結局のところわからない。2014年ワールドカップのアルジェリア戦の会場にジダンが現れたとき、国際映像がズームしてその動向を流したように、その行為だけで何らかの意味を持たせてしまう。もしなったら、それは面白くなりますよ」

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