藤田譲瑠チマは何を訴えたのか。サッカーU-22日本代表に流れを呼び込んだ主将の言葉【コラム】

【写真:NN】

●「なかなかきつい90分間だった」

サッカーU-22日本代表は18日、国際親善試合でU-22アルゼンチン代表と対戦し、5-2で勝利した。一時はリードを許す苦しい展開になったが、後半に畳みかけるように得点を重ねて勝利。ゲームキャプテンの藤田譲瑠チマは、ピッチで何を感じ、何をチームメイトに伝えていたのだろうか。(取材・文:藤江直人)
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 勝利を告げる主審のホイッスルが鳴り響いた直後だった。歓喜の雄叫びをあげる選手たちのなかでただ一人、ゲームキャプテンを務めたボランチの藤田譲瑠チマだけが違ったリアクションを見せた。

 自陣の中ほどでひざまずき、そのまま突っ伏してしまう。近くにいたセンターバックの木村誠二が駆け寄り、心配して声をかけるほど、先発フル出場を果たした背番号8は精魂尽き果てていた。

 どのような思いが脳裏を駆け巡っていたのか。ちょっぴりはにかみながら藤田は言葉を紡いだ。

「なかなかきつい90分間だったので。そうですね……とにかくきつかった。なので、勝ててよかったといった、安心感のようなものが表れたのかなと思っています」

 明治大学体育会サッカー部を7月末で退部し、独ブンデスリーガ1部のヴェルダー・ブレーメン入りしたMF佐藤恵允のゴールで日本が18分に先制すれば、アルゼンチンも日本のミスを突いて22分に追いつく。そのまま前半を終えた一戦は、ハーフタイムを境に一気に様相を変えた。

 試合を支配したのは、選手たちの立ち位置を少し変えてきたアルゼンチン。ボールの奪いどころが定まらなくなった日本の選手たちは戸惑い、バランスを崩し、混乱をきたしたなかでミスも連発した。藤田をして「きつい」と言わしめた時間帯は、後半のキックオフから実に20分近くも続いた。

 その間の50分に、DFバングーナガンデ佳史扶の不用意なファウルで与えた直接フリーキックを決められて勝ち越し点を献上した。56分には至近距離から強烈なシュートを放たれるも、ゴールキーパーの藤田和輝が必死に反応。左手一本で弾き返すビッグセーブでアルゼンチンの追加点を防いだ。

「あの時間帯は自分たちにミスが続いてしまい、本当に苦しかった。そのなかで自分はみんなへの声かけを止めないようにしながら、プレスのはめ方を近くの選手たちと共有していました」

 こう振り返った藤田に、あらためて聞いてみた。特に鬼気迫る表情で大声を発していた場面で、チームメイトたちに何を訴えていたのか。答えはサッカーの原点に立ち帰るための「檄」だった。

●藤田譲瑠チマがチームメイトにかけた言葉

「自分を含めて、ちょっとボールを欲しがらなくなっていたし、ボールを大事に扱えなくなっていたなかで『チームとしてもう一回、自信を持ってボールを持とう』と伝えていました。自分たち中盤の選手のところで単純なミスが出ていたし、センターバックのところからもっと簡単に相手を超えられるのに、キーパーに戻した末に蹴ってしまうようなシーンもけっこうあった。そういったところでもっと自分を中心に助け合いながら、うまく数的優位を作って乗り越えていければと思っていたので」

 相手の重圧にさらされる。たまらずミスを犯し、失点につながりかねないピンチを招く。さらに姿勢が後ろ向きになる。萎縮した結果として、味方からのパスをもらうのを恐れる。これではサッカーにならない。自分自身を含めたチームを鼓舞した藤田は、攻守両面であらゆる場所にさらに顔を出し続けた。

 メンタル面でチームを立て直しながら、藤田はこんな場面が訪れてほしいと考えていた。

「ボール奪取からシュートまでいくとか、あるいは誰かが上手くインターセプトしてカウンターにいくようなシーンがあれば、そういったところから必ず流れはこっちに向いてくる」

 藤田に思いをシンクロさせていた選手がもう一人いた。試合会場のIAIスタジアム日本平を本拠地とする清水エスパルス出身で、今夏からデンマークでプレーするMF鈴木唯人だった。

「何とか自分のワンプレーで流れを取り戻せたらと、あの時間帯はずっと考えていた」

●チャレンジ精神を強く持ったプレー

 こんな思いを巡らせていた鈴木のもとに、ビッグチャンスが訪れたのは66分。右タッチライン際の高い位置にポジションを取っていたサイドバックの半田陸が、バイタルエリアでフリーだった鈴木を見逃さずに横パスを入れる。そして、相手の寄せが遅いなかで鈴木が利き足とは逆の左足を振り抜いた。

 ペナルティーエリアの外側から放たれた、低く速い一撃が狙い通りにゴール右下を射抜く。勢いを取り戻した日本は75分に再び鈴木が、81分にはMF松村優太が立て続けにゴール。ともに大岩剛監督がチームの生命線として掲げてきた、前線での激しい守備からのショートカウンターが起点になった。

 さらに88分には藤田も続いた。自陣の深い位置でボールを受け、振り向きざまに前線へのロングフィードを選択。右手を使った一瞬のゼスチャーでボールを要求し、すでに最終ラインラインの背後へスプリントを開始していたU-22代表初招集の19歳、FW福田師王のゴールをアシストした。

「(福田)師王とはそんなに話していないけど、そのなかで本当にいい動き出しをしてくれた。点差もあったので、自分としてもチャレンジ精神を少し強く持ったプレーをうまく出せたと思います」

 鈴木に代わり、直前の86分に投入されていた福田のゴールを導いたロングフィードをこう振り返った藤田は、さまざまなパターンでアルゼンチンからもぎ取った5ゴールに言葉を弾ませた。

●サッカーU-22日本代表「自分たちの強み」

「いろいろな形で得点が取れたところは、自分たちの自信にもつながると思います。特に唯人(鈴木)とかマツ(松村)もそうですけど、ゴール前において個人でも戦える力を持っている。世界に負けないレベルにある個的優位というのは、これからの戦いで自分たちの強みになってくると思う」

 パリ五輪を目指してチームが立ち上げられた昨年3月以来、大岩剛監督はキャプテンを固定しない形でチーム作りを進めてきた。チームに関わる全員に自覚と責任感を持たせる方針のもと、通算22戦目にして日本国内では初めて実施された対外試合で藤田にキャプテンマークが託された。

 藤田がゲームキャプテンを務めるのは、9月に中東バーレーンで開催された、パリ五輪アジア1次予選を兼ねたAFC・U-23アジアカップ予選のU-22バーレーン戦以来となる。前半は松木玖生と、後半は山本理仁とダブルボランチを組んだアルゼンチン戦を通じて、左腕にまかれた黒白のストライプ柄のキャプテンマークがモチベーションを高めたのか。こう問われた藤田は首を横に振った。

「特にあれ(キャプテンマーク)を左腕に巻いたからといって自分の仕事が変わるのか、と言われればそんなことはない。それでも自分が少しリーダーシップ感を強めるというか、そういった意識で臨んだ部分はありました。自分がこのチームの中心としてプレーする、というのは監督からもずっと言われていること。そういった気持ちでいままでも、この代表チームでは常にプレーしてきたので」

●南米の強豪との対戦を通じて得たもの

 アルゼンチンを率いるのは、現役時代に20歳で出場した2004年のアテネ五輪、オーバーエイジで出場した2008年の北京五輪を連覇した同国のレジェンド、ハビエル・マスチェラーノ監督。来年1月に待つパリ五輪出場をかけた南米予選を見すえ、現状におけるほぼベストのメンバーとともに来日した。

 本気で臨んできた南米の強豪の前に、個人技で後塵を拝する場面が少なくなかった。前述したように後半開始以降は攻守両面でリズムが大きく崩れ、自分たちのサッカーを見失った時間帯もあった。それでも藤田や鈴木を中心に流れを引き戻し、怒涛の4連続ゴールで逆転勝ちした価値は大きい。

 何よりも国内初陣で、U-22日本代表の現在地と可能性をファン・サポーターへアピールできた。そのなかで勝利を届けたいと強く望んだ藤田は、90分間を通じて精力的に動き回った。安心感だけでなく解放感も手伝ったからか、実際に白星を手にした瞬間にはピッチ上に思わずひざまずいてしまった。

 地上波のテレビで生中継されていたアルゼンチン戦を、藤田はあらためてこう位置づける。

「すごくよかったと思っています。自分たちのプレーを見たことない方々も多くいたと思うし、そういった方々に自分たちもこれだけできる、というのを見せられた試合だったと思うので」

 大岩監督が「A代表経由パリ五輪行き」を掲げるなかで、アルゼンチン戦にはすでにA代表戦の出場歴がある藤田やバングーナガンデ、招集歴のある鈴木や半田、DF西尾隆矢が先発に名を連ねた。

 同じ時期にW杯北中米大会の出場をかけたアジア2次予選に臨んでいる森保ジャパンには、パリ五輪世代からGK鈴木彩艶とFW細谷真大が抜擢されている。今回は怪我で選外だったドリブラーのMF斉藤光毅も控え、さらにパリ五輪世代のMF久保建英も本大会出場を熱望したことがある。

 チームはパリ五輪出場をまだ決めていない。アジア最終予選を兼ねたAFC・U-23アジアカップは、来年4月から5月にかけてカタールで開催される。それでもアルゼンチンを粉砕した逆転勝利の余韻と、代表メンバーをめぐる状況がさらに期待を膨らませる。そのなかで藤田はこんな言葉を残した。

●実際のスコアとは異なる藤田譲瑠チマの感触

「今日は最終的なスコアとは違った印象もある。自分たちの得点者がうまくかみ合ったというか、ゴールを決めたタイミングもすごくよかった感じですけど、90分間を通して相手を圧倒できたわけではない。実際に後半の立ち上がりの部分で自分たちのミスが続き、相手に流れをわたしてしまった時間帯もある。決して満足せずに、もっと改善してレベルを上げていける部分があると思っています」

 今夏から挑戦の場を移したベルギーのシントトロイデンでは、リーグ戦での出場試合数が現時点で8試合に、そのうち先発は2度にとどまっている。それぞれが所属クラブで出場機会を増やし、高まった個々のレベルが代表にも好影響を与える図式は、森保ジャパンで三笘薫や久保らが証明している。

 もっともベルギーへ戻り、再び挑戦をスタートさせる前に日本でまだ試合が残っている。日本とアルゼンチンは21日に、完全非公開のトレーニングマッチの形で再び顔を合わせる。

「いまは(世界における)チームの立ち位置とかはそれほど考えていない。目の前の相手と常に全力で戦って勝つか負けるか。そのなかで今日のような勝ちを積み重ねていけば課題も解決されていくし、自分たちの自信にもつながっていく。その意味でも、次もしっかり勝てるように準備したい」

 日々の練習からインテンシティーの高いプレーを積み重ねて、たくましくなったと自負しているからか。ベルギーの地で「体重が1キロほど増えました」と明かした藤田は、身長175cm体重76kgの体に「中盤の将軍」のオーラをまとわせながら、前だけを見つめてひたむきに突き進んでいく。

(取材・文:藤江直人

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