なぜ森保監督は伊東純也を7か月ぶりに代表復帰させたのか?

 日本サッカー協会(JFA)は29日、2026年の北中米W杯出場をかけて9月に開幕するアジア最終予選2試合に臨む日本代表メンバー27人を発表。性加害疑惑報道と刑事告訴をきっかけに、2月から代表を離脱していたMF伊東純也(31、スタッド・ランス)が約7カ月ぶりに復帰を果たした。千葉市内で記者会見に臨んだ森保一監督(56)は、今月9日に嫌疑不十分で不起訴処分になっていた伊東に関して「彼が落ち着いてプレーできて、チームとしても落ち着いて活動できる」と復帰させた理由を語った。

 「これまではまだ疑問が残っているところがあった」

 代表のリストにお馴染みの名前が約7カ月ぶりに戻ってきた。
 千葉市内の高円宮記念JFA夢フィールド内で29日に行われた、9月に開幕するアジア最終予選に臨む日本代表メンバー発表会見。開始に先駆けて配布されたリストで、MF陣とFW陣がひと括りにされ、年齢の高い順に記された16人のなかで、キャプテンの遠藤航(31、リバプール)の次に「伊東純也」が記されていた。
 JFAの山本昌邦ナショナルチームダイレクター(ND、66)とともに登壇した森保監督は、伊東を復帰させた理由を問う質問に「細かく説明するとこの1問だけで終わるかもしれないので、できるだけ簡潔に話したい」と前置きしたうえで、まずは3月、6月と2度の代表活動で伊東を選外とした理由をあらためて説明した。
「これまで(伊東)純也を招集する、しないに関しては、協会の方から『招集できる』と言っていただいてきたし、私自身もそう考えていた。そのなかで招集しなかったのは、みなさんに『彼を守るためと』とお話ししてきた。それはなぜかというと、まずは彼が落ち着いて日本代表選手としてサッカーに向き合い、プレーできるのかということ。そして、チーム全体で落ち着いて活動できるのか、試合に向かっていけるのかを考えたとき、これまではまだ疑問が残っているところがあった」
 そのうえで、森保監督のなかで疑問が解消されたきっかけとして、伊東が所属する仏リーグアンのスタッド・ランスが実施した日本ツアーをあげた。スタッド・ランスはJリーグが中断期間に入った7月下旬からジュビロ磐田清水エスパルス、FC町田ゼルビア、そしてヴィッセル神戸と4試合を戦っていた。
「今回招集させていただいたひとつ大きなポイントとして、彼がスタッド・ランスの選手としてジャパンツアーに臨み、日本でプレーしていたときの活動を見たときに、ここにおられるメディアのみなさんを含めて、多くのファン・サポーターのみなさんが温かく彼を見守ってくれる環境があった。私自身、彼が落ち着いてプレーできて、代表チームとしても落ち着いて活動できると判断しました」
 スタッド・ランスが日本ツアーを終えて、フランスへ帰国した後の今月9日に、2人の女性に対する準強制性交致傷容疑で大阪地検へ書類送検されていた伊東の不起訴処分が決まった。理由は嫌疑不十分で、大阪地検は「必要かつ十分な捜査をしたが、起訴するに足りる証拠を収集できなかった」と理由を説明している。
 もっとも、伊東の不起訴は当初から予見されていた。
女性側の告訴状を1月に受理し、捜査を進めていた大阪府警は7月に書類送検した段階で、起訴を求めない「しかるべき処分」を求める意見を付与したと新聞各紙で報じられていた。伊東側が虚偽告訴容疑で逆告訴した女性2人に関しても同じ形で書類送検され、こちらも嫌疑不十分で不起訴になっている。
 伊東の代理人を務める加藤博太郎弁護士は、書類送検された時点で「不起訴の公算が大きい」と、刑事処分には問われない見通しを語っていた。伊東も不起訴になった直後に、加藤弁護士を通じて「一貫して『絶対に罪を犯していない』と言ってきたので、不起訴の判断にホッとしています」とコメントしていた。

 

 

 不起訴処分が決まった直後の代表復帰へ向けて、JFAとしてどのような調整があったのか。この日の会見に同席した山本NDは次のように答えている。
「メンバーを決めるのは監督の専権事項だが、ただ起訴、不起訴が理由ではない。当然ながら、協会全体としてさまざまな準備を進めてきた。われわれにとって選ぶところでのプレッシャーはなく、今回はしっかりと環境が整ったということです」
 さらに不起訴処分の理由が嫌疑不十分とされたのも大きかったのか――と問われた山本NDは、伊東側が女性2人と最初に記事を報じた『週刊新潮』の編集者らに対して、虚偽の記事で名誉を傷つけられたとして名誉毀損罪で告訴状を東京地検に提出し、民事で係争している状況を踏まえながらこう語っている。
「非常に重要な質問だと思うが、民事闘争中と聞いているので、詳細に関してはお答えを控えさせていただきたい。ただ一般論として日本代表選手に限らず、プロのサッカー選手としてのふさわしい行動や模範となるような態度は、今後もさらに強くすべての選手に求めていきたいと考えています」
 伊東を巡っては中東カタールで開催されていたアジアカップ期間中の1月31日に、同意なく性行為をされたとして、女性2人から大阪府警へ刑事告訴されたと『週刊新潮』で報じられ、JFAは翌2月1日に伊東の代表離脱を発表した。
しかし、伊東と一緒に戦いたいと望む選手の要望を受けて処分が保留され、さらに残留の方向で再検討すると一時は発表された。しかし、JFAは日本国内で開いた弁護士ら有識者をまじえた話し合いで、同2日に伊東の離脱をあらためて決めた。
 都内で緊急会見に臨んだ当時の田嶋幸三会長(66)は、決定が二転三転したドタバタ劇を謝罪。そのうえで、ステイクホルダーや代表スポンサーの意向も影響したのか、という問いに「ゼロではない」と次のように認めていた。
「こういう事態が起きて、お互いにいろいろな情報を出すなかでそのあたりのことも考慮して、パートナーのみなさんへの配慮もしたのも事実です」
 田嶋前会長はさらに、森保ジャパンの常連である伊東が、チームにいる状況が生じさせるマイナス要素の方が大きいのか、という問いに「そうなります」と明言。そのうえで、伊東のその後の代表活動についてこう言及していた。
「今後どのように展開するのか、にもよるので、しっかりと見極めていきたい」
 森保監督は、いつでも伊東を招集できたとこの日の会見で語っている。しかし、任期満了に伴って田嶋前会長が3月に退任し、現役時代は日本代表のキャプテンを務めた宮本恒靖氏(47)が新会長に就任した後も、北朝鮮代表と対戦した3月下旬、シリアおよびミャンマー両代表と対戦した6月のW杯アジア2次予選において、伊東の招集に関しては2月に示されたトップの判断が踏襲されてきたとみていい。

 

 対照的にスタッド・ランスでは、ジャン=ピエール・カイヨ会長が「私には彼を信じない理由はない」と明言。ヨーロッパで広く浸透している近代法の基本原則「推定無罪」のもとで、伊東はカタールから戻った2月中旬以降も公式戦に出場してきた。すでに開幕している新シーズンでも、伊東は全2試合で先発出場している。
 ヨーロッパと日本、そしてクラブチームと代表チームの狭間で異なる立場に立たされてきた伊東にとって、嫌疑不十分による不起訴処分をへて、ようやくスタッド・ランスと同じようにプレーできる環境が整った。森保監督が言う。
「これからまた彼は日本のためにプレーしてくれると思うので、引き続き温かく見守っていただければ幸いです」
 9月に開幕するアジア最終予選は来年6月まで計10試合を戦い、日本とオーストラリア、サウジアラビア、バーレーン、中国、インドネシア各代表の6カ国中で上位2位に入れば、2026年に開催される北中米W杯の出場権を自動的に獲得できる。
5日に埼玉スタジアムで行われる中国代表との初戦と、10日に敵地で行われるバーレーン代表との第2戦へ。伊東は9月1日(日本時間2日)のスタッド・レンヌとのリーグアン第3節を戦い終えた後に、熱い思いを抱き続ける代表へ満を持して合流する。
(文責・藤江直人/スポーツライター)

ジャンルで探す