【インタビュー】長谷川唯、マンチェスター・シティ3年目の挑戦「最高の環境がある。日本は自分がいる国と思ってもらえるように」

長谷川唯

 マンチェスター・シティ・ウィメンズで3年目のシーズンを迎えるなでしこジャパンMF長谷川唯。2021年1月、ミラン移籍でヨーロッパでの戦いをスタートさせると、同年夏にウェストハムに加入。ウィメンズ・スーパーリーグの中では決して強豪とは言えないチームにおいて主力として奮闘すると、1年間でマンチェスター・シティへのステップアップを果たした。

 加入初年度から主力として定着し、イングランドプロサッカー選手協会(PFA)の選出する年間ベストイレブンに選ばれた。昨シーズンもアンカーとしてチームを支え、優勝は惜しくも逃したが、ウィメンズ・スーパー・リーグ(WSL)で2位の結果を残した。

 2024年1月には2027年までの契約延長も発表。マンチェスター・シティでのさらなる活躍を誓う長谷川に、ここまでの戦いやチーム状況、これからの意欲などを聞いた。

インタビュー=小松春生

■自分の好きなプレースタイルのチームに行けた

長谷川唯

マンチェスター・シティ加入初年度の長谷川 [写真]=Getty Images

―――イングランドでのプレーが3年経過しました。ここまでの成長をどのように感じていますか?

長谷川 イングランドは他のリーグと比べて、クラブ間の力の差が少なく、競争力の高いリーグだと感じています。1年目のウェストハムは勝利が当たり前ではないチームで、自分にはそういった経験が少なかった中、難しさを感じました。一方で個人としてはその年が一番成長したというくらい、自分でどうにかしないといけない試合が多かったので、すごく貴重な時間でした。今はシティで自分らしさが出たり、好きなスタイルでサッカーができていてうれしいですけど、その経験があったからこそ、シティでの2年間のプレーができていると思います。

―――ヨーロッパ挑戦はドイツやフランス、イングランドなどと比較すると競争力のやや劣るセリエAのミランで始まり、そこからイングランド内で守備の時間が長くなるウェストハム、優勝を争えるマンチェスター・シティと、いい流れでキャリア形成ができていますね。

長谷川 チャンピオンズリーグに出るチームでプレーしたい気持ちがあった中、自分が想像していたより早く、いいタイミングで移籍ができ、最短かというくらい早い段階で自分の好きなプレースタイルのチームに行けたことは、自分にとってすごく良かったですし、自信にもなりました。

―――好きなスタイルでできているとのことですが、マンチェスター・シティに加入して2シーズンが経ち、手応えはいかがでしょうか?

長谷川 東京ヴェルディ・日テレ)ベレーザでの、特に最後の3年間、永田(雅人)さんの下でプレーしていたサッカーと目指しているものが似ているチームで、シティのガレス・テイラー監督も志向が似ているので、スムーズにチームに入れました。加入した年はチームが新しくなったタイミングでしたし、苦労した部分もありますけど、昨シーズンは積み上げたものがしっかり出せて、勝てるチームにはなりました。ただ、自分たちの手で優勝を掴めるところまで来ていたのに、最後は自分たちの経験の甘さもあって逃してしまったので、そこはまだまだと感じました。3シーズン目はさらに完成度を上げたチームになり、優勝を狙えるように貢献したいです。

―――リーグ優勝を逃す一因になったアーセナル戦を現地で見ましたが、89分からの2失点で1-2の逆転負けと、最後の試合運びにも少しバラつきがありました。

長谷川 “経験”なのかなと。せめて引き分けでも良かったのにひっくり返されてしまった。試合中の戦い方の変更がまだまだ足りなかったですし、チームメイトにもメンタル的な波の激しさを感じた試合でした。自分自身、同点とされたところで「やばい」という感覚にはなりませんでしたが、試合の流れや一人ひとりのプレーを振り返えると、いつもはGKを使って逆サイドに展開して組み立てをやり直したりするのに、そこを簡略してボールを失うシーンも多かったです。自分含め、個人のメンタル面のアップも必要だと思います。

■前半は退屈な試合になりがちだけど…

長谷川唯

マンチェスター・シティではアンカーが主戦場 [写真]=Getty Images

―――マンチェスター・シティがどういったサッカーを志向しているか、改めて教えてください。

長谷川 綺麗な4-3-3で、ポジションを大事にするサッカーです。流動的になることはあまりありません。同じシステムでもベレーザ時代はもう少し自由がありました。シティでは特にアンカーである自分は上がらずにバランスを取り、ビルドアップでしっかり中央で関わります。唯一、サイドバックが中に入って、3バック2ボランチのような形にするときはありますが、サイドの選手は相手の背中を取るぐらい幅を取ってインサイドハーフの選手のスペースを空けることが基本的です。サッカーを理論的にやっている感が強く、女子でこういうサッカーをしているチームは他に無いと思います。

―――頭の疲労度は違いますか?

長谷川 元々ベレーザ時代から考えてプレーするタイプでしたし、永田さんから教わったことがシティでも生きているので、ついていけない感覚はなく、むしろ「もっと少しこうしてほしい」という感覚を持つ余裕がある状態でシティに行けたので、ベレーザ時代とポジションは違いますけど、当時アンカーの選手にやってほしかったポジショニングやプレーは頭に入っていたので、すんなりチームに入ることができたと思います。

―――テイラー監督が熱望もしたと思いますが、アンカーのポジションで定着して出続けていることはどう感じていますか?

長谷川 加入初年度はすぐに開幕を迎えたこともありましたし、ウェストハムでの最後の練習試合でけがをしての加入だったので、すごく難しい状況でしたが、たまたま代表期間があったりして、監督と話す時間を持てたんです。監督はどこのポジションができるかを聞いてきたので、インサイドハーフを指さしたんですけど、「それもそうだけど、アンカーもウェストハムでやっていただろ?」みたいに言われて。正直、アンカーはやっていなくて、守備がうまくいかないと勝手に入れ替わって後ろをやったり、ビルドアップで下がってボールを受けることを自主的にやっていて。それはウェストハムの監督も理解してくれていましたけど、テイラー監督からはアンカーをやっているように見えたのかもしれません。

 シティはアンカーの選手がいなくなって、獲得したのが自分だったので、可能性としてゼロではないと思いつつ、誰かがアンカーをやるだろうと思っていたら、「やってくれ」と。でも自分としては、守備は好きですし、特にその部分で自分の良さが出せるようになったと思っています。それまでは前のポジションでのイメージが大きく、攻撃の部分にフォーカスしてもらいがちでしたが、今はシティでのプレーも見てもらえるようになり、そこは良かったですね。

―――攻撃でも長谷川選手を起点にする形が武器でしたが、相手チームも対策をするようになり、マンマークが付くことも多いです。一方で、それを逆手に取って、CBの選手に持ち上がりを促したり、一つ前のポジションの選手にパスをつけさせるように、ボールを触らずとも立ち位置でビルドアップに貢献するようなシーンを多く見ます。

長谷川 特にビルドアップの部分では、マンツーマンで付かれる試合が多くなって、特に前半は正直自分にとって退屈な試合になりがちです。でも、CBが持ち上がるために自分はわざと歩いてステイしたりもしています。監督が求めている部分でもありますし、自分がそういうプレーをして貢献していることもわかってくれるチームです。我慢ではないですけど、そういうプレーもしっかり見てくれているので、苦になりません。あとは後半に相手がバテたり、前に出てきてくれることも多いので、そうすればボールを受けるようになり、ビルドアップの中心になることも多いので、基本的に前半は我慢という試合が多いと思います。

■日本人3選手獲得については…

負傷で合流が遅れるものの、清水梨紗ともチームメイトに [写真]=Getty Images

―――CBで言えば、特に主将のイングランド代表DFアレックス・グリーンウッド選手は判断能力も優れていて、非常にレベルの高い選手だと感じます。

長谷川 もちろん他にもたくさんいい選手はいますが、CBがすごくいい選手で。自分にとって一番近くで一番関わる選手である、ライア(アレシャンドリ。スペイン代表)と、グリーンウッドは足元がうまく、パスを出すところ、運ぶ位置、すぐに変える判断など、いろいろな部分で今までやってきた選手にはない感覚を持っている選手です。自分自身すごくやりやすいですし、やりたいことがお互いにわかっているので、やっていて楽しいので、オフでしばらく2人と一緒にプレーできていない分、早くプレーしたいですね。

―――その2人が持っている能力含めて、チームとしても長谷川選手が消されることを想定してやっていると。

長谷川 ちゃんと2人がわかってくれているからこそ、自分のポジショニングも生きてきますし、CBだけでなく他の選手たちも共通の認識を持ってできているので、「こういうときはCBが運んでくれるからこうしよう」「今、唯がフリーだから、ボールを集めるために唯の前のスペースを空けよう」ということがチーム全体に浸透している感覚があるので、本当にやっていて楽しいです。

―――チームメイトと頻繁に戦術的な部分の共有やディスカッションをしますか?

長谷川 基本的には監督が前の試合の例を出しながらミーティングで話して、それに対して選手がリアクションしたりはありますが、考えがズレている感覚はそこまでないですね。選手同士でも、例えばパスの強さの問題でズレても、お互いやりたいことはわかっているので、一つの言葉で済ませられるようなプレーが多いです。もし考え方が違えば、ディスカッションも大事ですけど、共通の認識が多いので、いい意味でそれがないですね。

―――監督の落とし込みや、獲得してくる選手のタイプの影響もありますか?

長谷川 監督と話していてもライアのようなタイプの選手がほしかったと感じますし、今夏に日本人選手も3人加わりましたが、たぶん自分と合うタイプの選手を探してきた部分もあると思いますし、今は自分にとって最高の環境がシティにあると感じます。

―――清水梨紗山下杏也加、藤野あおばと日本人が3人加わりました。しかも3選手ともベレーザ出身です。クラブから事前に獲得の相談はありましたか?

長谷川 「どういう選手?」と獲得のギリギリに聞かれたりはしましたが、あまり詳しくは聞かれていません。ほぼ獲得が決まっていて、確認だけしたのかなと。ただ、シティのサッカーに合うのは、ベレーザでやっていたような選手だろうなと感じます。それは自分がベレーザにいたからそう思ってしまっているかはわかりませんが、シティが獲得した選手がベレーザ出身であることはうれしいですし、これからもシティ、ベレーザのお互いが「こういうサッカーがいい」と思えるプレースタイルを続けてほしいという願いもあります。

■「長谷川唯がいる国」と思ってもらるように

長谷川唯

[写真]=Getty Images

―――新シーズンはWSLの12クラブ中、8クラブに日本人が在籍することになります。やはり高く評価されている証でしょうか?

長谷川 自分が海外移籍をしたときは、日本からイングランドへ直接移籍することが難しかったタイミングでした。自分がミランに移籍するタイミングで、日本代表や海外での実績があったブチさん(岩渕真奈)がアストン・ヴィラに入って、そこから日本人の評価がどんどん上がったと思います。自分自身もイングランドのクラブが日本人に興味を持ってもらえるようなプレーを、この3年間で少しでもできていたらと思っています。もちろんワールドカップでの活躍で評価が上がったことは間違いないですけど、イングランド自体が日本人を評価するときに、「長谷川唯がいる国」と思ってもらえるようなプレーをしたいです。

―――評価の点で言えば、選手投票のPFAで優秀選手の6人に選ばれました。

長谷川 選手から評価による投票であることが一番うれしいです。それまで自分もどういった賞かはわかっていなかったんですけど(笑)、まさかここまで評価してもらえているとは思っていなかったです。この6人に残っていることはすごく自信になります。

―――前述の岩渕さんの流れで言えば、岩渕さんと仲の良かった選手であるオランダ代表FWフィフィアネ・ミデマーアーセナルから新しく加入します。

長谷川 昔からブチさん関係で話を聞いたり、プレーを見ていましたし、対戦経験もありますが、頭のいい選手だと感じます。9番のポジションもインサイドハーフもできるので、近くでプレーすることが楽しみです。早く一緒に練習したいですね。

―――新シーズンに向け、まずは惜しくも逃したリーグタイトルへの意気込みが強いと思います。

長谷川 チーム全員で「リーグを取る」目標で昨シーズンはスタートし、ギリギリのところで届かなかったので、さらに強い気持ちを持ってチームとして戦うと思いますし、もちろんチャンピオンズリーグという舞台も自分は楽しみにしていますけど、まずはリーグという気持ちです。シティに加入してからほとんどケガをせず、コンスタントに試合に出て、パフォーマンスも安定していると思うので、新シーズンもまずは自分の安定したパフォーマンスを常に見せられるように準備して、その結果、リーグやチャンピオンズリーグでの優勝が見えてくればと思います。

―――チャンピオンズリーグではバルセロナ、リヨン、ドイツ勢が近年は優勝しています。ヨーロッパの中でのイングランドの立ち位置はどうご覧になっていますか?

長谷川 どこのリーグも優勝するクラブは強いという感覚ですが、リーグ全体として見たときに一番優勝に苦労するのはイングランドかなと。チャンピオンズリーグで優勝できたら、どこからも認めてもらえる一番強いリーグになると思うので、それをイングランド勢としてしっかり目指していきたいです。このチームのサッカーで上に行きたい気持ちが強いですし、チャンピオンズリーグに出ることでシティのサッカーをいろいろな人に見てもらえると思うので、頑張ります。

―――加入初年度はすでに敗退したタイミングでの移籍でしたし、昨シーズンは出場権を得られず。今シーズンもレギュレーション上、本戦にダイレクトで入れるのがバルセロナ、リヨン、バイエルン、チェルシーだけなので、まずは予選を勝ち抜けないといけません。意気込みとしてはいかがですか?

長谷川 チャンピオンズリーグに出たいとは昔から思っていましたし、特別な舞台になることは間違いないですが、気負わずに、まずは自分自身初めての予選から、いつも通りのプレーをしたいです。練習や昨シーズンまでの試合でやってきたことを出せれば、このチームだったら勝てる自信があるので、まずは本戦出場を目指して、一つひとつ目の前の試合に向けて準備していきます。

【動画】長谷川唯独占インタビュー

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