「伝統の一戦の重みがないがしろにされることはなかった」巨人大物OBは“FAのタブー”を犯さなかった大山の阪神残留を好意的に受け止める…「ジャイアンツの来季に影響はない」
FA権を行使していた阪神の大山悠輔(29)が29日、チーム残留を決断した。同日に会見を開き、残留を決めた理由を説明した。大山を巡っては、巨人が阪神以上の条件を提示して獲得に乗り出していたが、1993年にFA制度が導入されて以来、一度もなかった伝統の阪神―巨人間のFA移籍という“タブー”は破られることはなかった。巨人大物OBの広岡達朗氏は、「FAは権利だが、巨人阪神の伝統や歴史がないがしろにされることはなく、今の時代の選手にもその精神が生きていた」と、今回の大山の決断を好意的に受け取り、獲得に失敗した巨人の来季の戦いに影響がないことを強調した。
巨人の条件よりタイガース愛を優先
「大山鳴動して鼠ねずみ一匹」―。
いや、新生藤川阪神にとっては、ねずみ一匹どころではない。
「他球団の評価を聞いてみたい」と、FA権を行使して残留か、巨人かで揺れていた大山が、阪神残留を決断した。
「この度、FA権を行使させていただいておりましたが、来年からも阪神タイガースでお世話になることに決めました。これまで同様、しっかり覚悟を持って戦っていきたいと思いますし、まずは来シーズン優勝を勝ち取れるように、チームに貢献できればと思います」
球団の公式サイトに載った大山のコメントだ。
今季推定年俸2億8000万円でプレーした大山に対して、巨人は阪神の推定5年17億円の残留条件を上回る大型契約を示したと見られる。それでも阪神残留を決断したのは、藤川監督、コーチ、チームメイト、そして裏方さんからの「ともに日本一を目指そう」という声かけであり、ファン感謝祭の際に甲子園のスタンドで揺れていた自らの応援タオルだったという。“チーム愛”が条件闘争を上回ったわけだ。
巨人OBでヤクルト、西武で日本一監督となっている球界大御所の広岡氏は、この大山の決断を好意的に受け止めた。
「過去に巨人と阪神の間でFAによる移籍は一度もなかった。巨人阪神という伝統の一戦が、ある意味、プロ野球を支えてきた。先輩方が綿々と作り上げてきた歴史やプライドが両球団の移籍を許さなかったのだと思う。FAは選手に与えられた権利だ。どこにいこうが何も批判されることはない。ただ私は巨人と阪神だけには、その伝統や歴史が重んじられてしかるべきだと思っていた。今回の大山の決断は、それがないがしろにされることなく、その精神が生きていたということなのだろう」
広岡氏が指摘するようにFA制度は1993年から始まったが、この間、阪神から巨人、あるいは、巨人から阪神へ移籍した選手は1人もいなかった。
広岡氏は、さらにこう続ける。
「大山が阪神にドラフト1位で指名されたときには無名に近い存在だった。阪神に見初めてもらい、堂々の4番打者に育ててもらった。武士道の精神ではないが、その恩に対して生涯タイガースに身を捧げて答えるのが、本来の形だ。今の選手には響かぬ古い考え方かもししれないと理解しているが、大山には、その武士道の精神が残っていたということだろう。もう今の選手には、伝統の一戦という意識は薄いのかもしれないが、OBとしては巨人阪神のライバル関係を素晴らしい野球を見せることで守ってもらいたい」
大山は、2016年の阪神のドラフト1位。大方の予想を裏切って単独で1位指名した。当時の監督だった金本知憲監督が強く希望したとされる。この年のドラフトは1位で現在日ハムでクローザーを務める田中正義に5球団、中日の柳裕也に2球団が競合し、外れ1位でも、現在横浜DeNAの佐々木千隼に5球団が競合した。一部のファンの間からは、大山は「2位でも指名可能だったのでは?」という批判的な意見も相次いだ。大山はルーキーイヤーは、開幕こそ2軍だったが、6月に1軍昇格すると、徐々に頭角をあらわして。2019年からは「4番・三塁」に定着し、2020年にはキャリアハイの28本塁打をマークし、2023年は、岡田彰布監督が「4番・一塁」に固定すると、フル出場して、打率.288、19本塁打、78打点で優勝、日本一に貢献した。四球数99と出塁率.403はリーグナンバーワン。打線を点から線に変えた。今季は打率.259、14本塁打、68打点と数字は下がり、5月には打率1割台で2軍落ちも経験したが、得点圏打率は.354でリーグ2位だった。
大山は、この日、すぐに藤川監督に直接、電話で決断を伝えたそうだが、4番の残留は、V奪還に向けて大朗報だろう。
一方、2016年以来となる“FA3人獲り”を仕掛けていた巨人にとってはショックなニュースだ。「ウチにきて世紀の大FAの先駆者になってほしい」とラブコールを送っていた阿部監督も、きっと頭を抱えているだろう。
だが、広岡氏は、巨人の大山獲得に疑問を呈していた。
「一塁手の大山を獲って岡本(和真)にどこを守らせるのか。もう力の落ちた三塁の坂本(勇人)を控えに回して岡本を三塁に戻すのか、それとも岡本に外野をやらせるのか。あるいは、岡田が監督をするまでは外野もやったことのある大山に外野をやらせるのか。レギュラーは守備、打順を固定しなければ、安定した力は存分に発揮できないし、コロコロ変わるようなチームは強くない。なぜ一塁手の大山を獲るのかがよくわからん。来年のオフに岡本がメジャーに挑戦して、いなくなることに今から備えているのだろうか」
レギュラーシーズンでは5番打者不在に悩み、クライマックスシリーズでは打線が低迷して横浜DeNAに遅れを取った。だが、広岡氏は「大山の獲得失敗が巨人の来季の戦いに大きな影響を及ぼすことはない」という考えだ。
まだソフトバンクの甲斐拓也と石川柊太の2人を獲得できる可能性は残っているが、広岡氏は、こう警鐘を鳴らす。
「投手は何人いても困らないが、山崎(伊織)や井上(温大)らの若手も育っているし、キャッチャーは、岸田(行徳)、大城(卓三)、小林(誠司)と3人もいる。ここ3年間は、FAで選手を獲らなかった。FAに頼らず、生え抜きを内側から育てて勝てるんだというプロ野球球団の本来あるべき理想的な姿をこれからも世に示すチャンスではないか。それこそ監督、コーチの腕の見せ所だろう」
まだ2024年のFA狂騒曲は終幕を迎えていない。
石川は、オリックス、ヤクルト、ロッテとの争奪戦。甲斐も大山と同様、巨人か残留かの選択に頭を悩ませている。また阪神はFA権を行使した原口文仁の動向を見守っている。
(文責・駒沢悟/スポーツライター)
11/30 07:07
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