「Z世代って何ですか?」なぜ中日の“切り札”立浪監督は失敗したのか…チーム再建の情熱と世代間ギャップ…フロントの責任

 中日の立浪和義監督(55)が今季限りの辞任を表明した。監督に就任した3年連続でのBクラスがほぼ決定的。「結果がすべての世界。監督が責任を取るのは当然」という指揮官のの決断も仕方がないのだろう。再建の“切り札”だった立浪監督が失敗した理由は何なのか。3年間の光と影を検証した。

 「本当は5年欲しい」

 “ミスタードラゴンズ”が志半ばにチームを去ることになった。
「プロ野球は結果がすべて。勝てなければ監督の責任」が立浪監督の持論。18日の阪神戦に敗れ3年連続の最下位に転落した日に潔く自ら辞任を表明した。
「チームを変えることが必要」
 2年続けてキャンプで立浪監督を独占インタビューした中で、指揮官が繰り返し訴えた言葉だ。2023年の春には、こう語った。
「ここ数年の間の監督は、2年契約、3年契約なので、どうしても『勝ちたい』『結果を出さねばならない』という野球になり、思った通りにできなかったと思うんです。でも誰かが思い切ったことをやらないとチームは変わらない」
 今春には、こう言った。
「ここ11年で10年がBクラスのチームです。だから、この2年で、チームを大きく変えました。負けると、それに対する批判はあります。ここまで順調とは言えないが、チームを強くするためには、変えることが必要なんです。2年が終わり、ようやく今年少し変わってくるのかなという手応えはあります」
 だが、こう本音も漏らした。
「本当は5年欲しいんです」
 若手の成長に伴いチーム内に競争が生まれつつある状況に手応えは感じていたが、まだ勝負のできるチームになっていないことを立浪監督はわかっていた。
 立浪監督は、この3年間でチームの血を大胆に入れ替えた。ドラフトでは2022年には2位で明大の村松開人、6位で亜大の田中幹也、7位で福永裕基と3人の内野手を指名し、2023年のドラフトでも2位で三菱重工Eastの津田啓史、3位で仙台大の辻本倫太郎と即戦力ショートをさらに加えた。一昨年オフには楽天の涌井秀章阿部寿樹、横浜DeNAの砂田毅樹と京田陽太の2つの交換トレードを成立させ、現役ドラフトで横浜DeNAの細川成也を指名した。昨季途中には、日ハムとの間で山本拓実、郡司裕也との交換で宇佐見真吾、齋藤綱記を獲得するトレードを成立させ、今季は巨人からオプトアウトを行使した中田翔、戦力外となったベテランの中島宏之、ソフトバンクから上林誠知、阪神から山本泰寛板山祐太郎を獲得するなどに動いた。
 今年の誤算は中田翔だった。
「若い選手だけでは勝てないのはわかっています。出てきて1年に1人。2年前に岡林、去年が細川。石川昂弥もいるが、若い選手が一気に2人も3人も育つことはないんです。だから柱になる人がいないとね。石川昂弥も細川も柱になるにはまだ時間がかかります。そういう意味でチーム構成のバランスが大事なんです。若い人だけでもダメ。年齢がいったベテランだけでもダメ」
 立浪監督は中田に80打点をノルマとしていた。日ハム時代の4年前にマークした108打点に幻想を抱いた。キャンプではシーズンをフルに戦える体力を付けさせるために数多くノックを受けさせた。だが、中田は62試合に出場に留まり、打率.217、4本塁打、21打点の成績しか残せていない。立浪監督が「代打の切り札」として期待した中島は1本のヒットも打てなかった。この3年の間でドラファンの批判を受けたのが、2022年オフの京田と阿部の放出だった。その年、京田は「戦う顔をしていない」との理由で試合途中に横浜から名古屋へ強制送還させていた。立浪監督の「好き嫌い人事」との憶測が広がった。立浪監督は1年を戦い、最下位に終わりチームに蔓延している「負け癖」を痛感した。だから尊敬する故・星野仙一氏が、成功させてきた大胆に血を入れ替えるという星野イズムを継承したのだ。
「選手が変わらないのならば勝てる選手を使う」
 立浪監督はハッキリとそう言った。
 京田と阿部の守備力を問題視したセンターラインの強化が目的だったが、この2人は、立浪監督の打撃指導に耳を傾けなかった。

 

 

 40歳までプレーして、通算2480安打、通算487本の二塁打の日本記録などを誇り、野球殿堂入りした立浪監督は、絶対的な打撃理論を持っている。1m73の小さな体で、輝かしい成績を残した成功体験と自信が、就任会見で「打つ方はなんとかします」という言葉の根拠だった。しかし、その自信が失敗の“元凶”だったのかもしれない。
 自らキャンプ、シーズンを通じて積極的に教えた。問題点をみつけると黙ってはいられなかった。驚いたのは2年目に獲得した新外国人のアキーノをキャンプ初日から打撃改造に乗り出したことだった。ルーキーや外国人には、しばらく手をつけないのが球界の鉄則だが、立浪監督は、そんな鉄則もおかまいなしだった。
 アキーノはメジャー通算41本塁打で、2019年の夏場には10戦で7発を打ってメジャーでも話題となるほどの長打力を誇るが、ここ2年の平均三振率は約36%もあり、日本で失敗する外国人の典型的なプルヒッターだった。立浪監督は、和田打撃コーチと二人三脚で、突っ込み癖をなくして、投手との距離を取れるようにする打撃修正に手をつけた。「本人も承知の上」と立浪監督は説明していた。
 元阪神のランディ・バースや元ヤクルト、巨人などで活躍したアレックス・ラミレスなど、日本で成功した外国人選手の多くは、最初から凄かったわけではなく、プレーの中で変貌、進化した。それは本人のクレバーさと適応能力があるからこそ。無理やり修正を加えるのとは違う。結局アキーノは、20試合で1本塁打しか打てずに球団を去った。そもそも修正が必要な“欠陥”外国人の獲得にストップをかけなかったフロントの責任も重たい。
 立浪監督は情熱の人だった。
 今春の沖縄キャンプに筆者が訪れた1日だけでも、新外国人のディカーソン、上林、そして細川に付きっきりでタイミングの取り方などに細かなアドバイスを行っていた。自らの理想の打撃理論がチームに浸透すれば絶対に打てるようになる。そういう信念のもと動いた。実際、1年目に最多安打のタイトルを獲得した岡林、福永、田中ら、そういう熱血指導の中から若手が出てきた。立浪監督の大きな財産だろう。しかし、チームとして打線は機能しなかった。立浪監督はチャンスで打てないこと、四球や進塁打などでつなぎができないことを、こう嘆いていた。
「追い込まれてから1球、2球、粘ることができない。ぎりぎりまでボールを見て難しいボールをファウルにしながら、チャンスボールを待つことができない。意識と技術の問題なんです。また単純に速いストレートで攻められると打てない。ストレートを狙って仕留めにいくと変化球ですかされる。たまたま打てないんじゃない。タイムリーを打てないだけでなく、ランナーを進めることもできない。これも技術が足りないんです」

 

 

 今季はその技術を補うためにベンチからの細かなサインで縛った。狙い球だけでなく追い込まれてからノーステップ打法に切り替えることまでをサインで指示した。だが、立浪監督の声は、選手に響かなかった。そもそもやろうとしてできなかったのか、やろうともしなかったのかもわからない。立浪監督の全盛期を知らない世代とのギャップもあったのだろう。中日に限ったことではないが、監督、コーチの指導よりも、結果を出している選手から学び、ユーチューブや、映像、データに頼る選手が増えている時代に、立浪監督の指導スタイルははまらなかった。そして教え過ぎた。本来、監督がすべき仕事は、もっと俯瞰でチームをとらえるマネジメントである。
「Z世代って何ですか?」
 立浪監督に逆にそう聞かれた。
「その世代は、怒られたり、殴られたりしていないから弱い。弱いんだけど自分のものは持っているんです。扱いは難しいですが、気を使ってはいません。僕は『いいものはいい』『悪いものは悪い』と方針を出した方がいいと考えているんです。だから自分の考えは遠慮などせずにハッキリと言います」
 その考えは間違っていない。モチベータータイプの監督がもてはやされているが何も歯の浮くような言葉を並べる必要もない。だが、中日にはまだ「いい」「悪い」で選手を選択できるほどの戦力はなかった。そして自らの打撃理論を押し付けるのではなく、選手の考えに耳を傾けた上で、納得させ、感心させ、深く理解させた上で、理想の打撃理論を“説く”べきだったのかもしれない。結果的に「名選手、名監督にあらず」ーーのステレオタイプとなってしまった。
 何もせずに辞めていく監督ではなく、チームを再建するために何かをしすぎて辞めていく監督…。それは悲劇だし、その立浪監督の情熱を正しい方向へ導けなかったフロントにも問題はある。そしてトレードやドラフトといった根本的にチームの戦力の整備という重要なデザインを立浪監督に“丸投げ”したことが間違っている。
 立浪監督から聞いた忘れられない言葉がある。
「自分が批判されることはいいんです。何年後かに“あのときああして良かったな”とファンの方々にも納得してもらえると思うし今その準備段階なんです」
 立浪監督の蒔いた種は、いつどこで花開くのだろう。
(文責・本郷陽一/RONSPO、スポーツタイムズ通信社)

ジャンルで探す