生まれるよりまえに“野茂旋風”中日・小笠原慎之介がメジャーを目指す必然性


◆ 「どうなるかは不確実なことも多いですが、チャレンジします」

 中日・小笠原慎之介投手の夢が動きだした。

 10月22日、球団からポスティングシステムでの米移籍容認の言質を得た。

 甲子園優勝投手による同システムでのメジャー移籍となれば、松坂大輔田中将大藤浪晋太郎に次ぐ4人目となる。

 所属球団のゴーサインがなければ海は渡れない。小笠原は過去2年間、球団へ訴えてきた。主に契約更改交渉で、ほかには聞かれれば……。

 ドラフト戦略を練る上で、球団にとっても左腕のリアルな思いや行動可能性は把握し続けなければならない優先事項。所属9年間で直近4年間で規定投球回に到達した。今季はチームで唯一、ローテーションを回った。いくつもの材料により、夢への第一関門を突破した。


「球団と複数回話し合いをしてきて、ゴーサインをいただきました。井上新監督にも理解していただきました。今後、どうなるかは不確実なことも多いですが、チャレンジします」

 プロ野球を国内リーグと捉えるのは世代のせい。1997年生まれ。すでに野茂英雄は米ドジャースで投げていた。トルネード旋風後に誕生したのだ。物心ついたころはイチローがマリナーズで、松井秀喜ヤンキースで、ともに日本国内を湧かせていた。米球界を最終目的のリーグとして掲げるプレーヤーが日本球界のレベルアップに貢献してきた。

「小さい頃、横浜ベイスターズも身近でしたが、メジャーで日本人が活躍するのをテレビで見て『ここでやりたい』と感じていました」と話す。

 直近2年間は米国で自主トレ。MLBだけでなくNBA、NFLを観戦して熱量を肌で感じながら移籍をイメージしてきた。

 ここからもハードルはある。NPBを通じて米30球団へ交渉可能の連絡を入れる。その後の交渉で条件が折り合えば移籍となる。

 申請から契約までの期間は45日間。大物FA選手から交渉は始まる。12月に入ると、ウインターミーティングが開かれる。移籍市場の動向を見ながら、同月中旬の申請を模索するのが現実的となる。

 所属事務所も決まっている。米大手エンターテインメント会社「WME(ウィリアム・モリス・エンデバー)」と代理人契約を結んでいる。複数メジャー球団でGM補佐などを務め代理人業務を行いブライアン・ミニティが籍を置く。昨オフは松井裕樹の楽天から米パドレスへの移籍に関わった。

 契約がまとまれば球団に譲渡金が入り、交渉がなかったり決裂したりしたら来季も小笠原は竜のユニホームを着る。同システムでの米移籍となれば、球団では2003年の大塚晶則(現投手コーチ)以来、2人目。生え抜きでは初めてとなる。小笠原がメジャーのマウンドに立つ日は来るのか。楽しみになってきた。

文=川本光憲(中日スポーツ.ドラゴンズ担当)

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