山本由伸らドジャース投手陣戦力分析 手術から復帰組のカムバックプロセスは大谷翔平の参考になる


ドジャースの補強戦略の代名詞的存在となった山本由伸 photo by Getty Images

大谷翔平のFA移籍によりリーグ屈指の打線を形成することになったロサンゼルス・ドジャースだが、先発投手陣においてもこのオフ、大型補強を敢行した。その内容はメジャーリーグで実績十分のベテランFA獲得を見送り、山本由伸、タイラー・グラスノーらと巨額の契約を締結。ドジャースの先発陣補強の背景には、どのような指向があったのか?

【数年後を見越した先発陣補強】

『ロサンゼルス・タイムズ』紙のコラムニスト、ディラン・ヘルナンデス記者は、オフのドジャースの先発投手の補強について「高額な宝くじを買ったようなもの。チームは大きく勝つか、大きく負けるかのどちらかだ」と指摘している。

 新戦力として獲得した山本由伸に12年総額3億2500万ドル(約487億5000万円、1ドル=150円換算)+ポスティングフィー5000万ドル(約75億円、オリックスに支払われる金額)、タンパベイ・レイズから移籍のタイラー・グラスノーに5年総額1億3650万ドル(約204億7500万円)と、このふたりだけで5億1150万ドル(約767億2500万円)。これだけあれば、いまだに契約していないFA市場の大物左腕、ブレイク・スネルジョーダン・モンゴメリーを両獲りしてもお釣りがくる。スネルは昨季サンディエゴ・パドレスで自身2度目のサイヤング賞投手、モンゴメリーは2年連続180イニングを投げ、昨季はテキサス・レンジャーズでチーム史上初のワールドシリーズ制覇の立役者である。

 だが、ドジャースのアンドリュー・フリードマン編成本部長は確実なメジャーのベテランではなく、リスクはあっても今後何年も打者を圧倒できる潜在力の高い投手とサインした。

 山本の場合はメジャーの公式戦でまだ1球も投げていないし、身体も小さい。メジャー使用球が合わない可能性もあり、162試合の長いシーズンで中4日のローテーションがきついかもしれない。松坂大輔ダルビッシュ有前田健太ら、日本から来たほかの一流投手たちもひじ側副靱帯再建術(通称・トミージョン手術)を受け、長く休まねばならない時期があった。

 グラスノーについても203cm、102kgの巨漢で投げる球は威力抜群だが、ケガが多く、メジャーリーグ在籍8シーズンで100イニング以上投げたのは2度だけで、2023年の120イニングが最長だ。ゆえにオールスターに選ばれたことは一度もない。

 それでもフリードマン編成本部長は複数の"宝くじ"を購入した。彼のドジャースは9年連続でポストシーズンに勝ち進んでいるが、ワールドシリーズ制覇は一度だけ。目標は大谷翔平と同じで世界一を積み重ねることだ。10月に勝ち上がるには、打者を圧倒できる高いレベルの投手がたくさん必要となる。とはいえ、フリードマンは無鉄砲なギャンブラーではない。勝算があってのことだ。

 2月24日、グラスノーはオープン戦初登板で1回3分の2で4安打、1四球、1失点だった。「ピッチング内容がすごく良かったわけではないけど、身体の状態は悪くない」と話している。例年ならグラスノーはキャンプ中もまずリハビリメニューをこなさねばならなかった。それが今年はマーク・プライアー投手コーチと投げるたびにリリースポイント、フットワーク、体重移動などチェック、精力的に球種の改善に取り組んでいる。


潜在能力をまだまだ秘めているグラスノー photo by Getty Images


【ドジャースは投手の再生工場】

 実はドジャースは再生工場として名高いチームでもある。

 例えば現在、クローザーを務めるエバン・フィリップスは、ボルティモア・オリオールズ時代は防御率7.36だったが、ドジャースに移籍後、コーチから「スライダーの握りを変えスピン量を増やし、もっと横滑りするように」と指導を受け、これが最大の武器・スイーパーとなった。2023年は全投球の45%がスイーパーで被打率.111、空振り率42.1%の魔球となった。

 元広島のライアン・ブレイジアも2023年はボストン・レッドソックスで防御率7.29と奮わず、5月に解雇された。しかし6月、ドジャースに移籍すると、フォーシームとスライダーの投手だったブレイジアは、コーチから対左打者用にカッターも投げるべきと提案を受け、それがハマってドジャースでは39試合で防御率0.70をマーク、シーズン終盤はセットアッパーを任された。

 フリードマンの持論は「選手は正しい環境に身を置けば、一番良い結果を出せる」というもの。コーチ、アナリスト、スカウト、医療&トレーニング担当、多くの関係者が協力し知恵を出し合い、その選手が成功できるよう最適な環境を用意する。「大事なのはスタッフみんなが同じ方向を向いていること」と言う。

 このサポートシステムを生かし、グラスノーもさらに上のレベルの投手に進化させる。フリードマンは「調査にたくさんの時間を費やした。過去のケガは肘に基づくもので、それは(2021年の)手術で治っている。練習熱心だし、今後の数年間は我々のために大きな役割を担う」と期待する。

 先発4番手に予定される左腕ジェームス・パクストンの復調も再生プロジェクトの一環だ。ヤンキース時代の2019年に29試合に先発して15勝6敗の好成績をあげた。しかしながら通算11年のメジャーキャリアで12度も負傷者リストに入っている。2020年から2022年はわずか6試合の先発で1勝1敗だった。2023年は復活し、レッドソックスで19試合に先発し7勝5敗。それでも春のオープン戦で太もも裏を痛め4月は投げられなかったし、9月10日に右ひざの炎症で負傷者リストに入りシーズンを終えた。それでもこのオフ、バクストンを獲得したのは5月から7月の7試合で42イニングを投げ、45三振を奪い、防御率1.93と相手を圧倒した時期があったからだ。直球とカーブとカッターのコンビネーションが優れていた。ドジャースのシステムなら昨季の圧倒できた時期をシーズン通して続けさせられるかもしれない。

【2度の手術経験者の復帰にも注力】

 その上で今、球団が総力を挙げて取り組んでいるのは2度の肘の手術を受けた投手たちをいかに再生させるかだ。トミージョン手術から復帰できた投手は近年たくさんいるが、2度の手術となると、復帰率は著しく落ちる。だが大谷翔平と10年契約を結んだことでも分かるように、フリードマン編成本部長はこの難題に向き合い、解決する自信がある。

 ダニエル・ハドソンは2度の手術を乗り越え、リリーバーとしてメジャーで8シーズン活躍し、2019年はワシントン・ナショナルズの世界一の立役者のひとりとなった。2022年にドジャースに復帰し、2023年は膝のケガで3試合しか投げられなかったが、それでも36歳のベテランにチャンスを与え続ける。2月28日(日本時間29日)のレンジャーズ戦で山本に次いで2番手として登板し、無失点に抑えた。

 ウォーカー・ビューラーは2018年と2021年に2度オールスターに選出されたエース格の投手。クレイトン・カーショーの後継者とも期待されていた。しかし2022年8月23日に2度目のトミージョン手術を受け、戦列から離れている。復帰時期については慎重だ。今季の開幕戦なら手術から約19カ月だが、そこは目指していない。

「手術後、12カ月から14カ月で一応は投げられるけど、本来のピッチングができる状態に戻るには18カ月から24カ月はかかる。1回目の手術の経験でそれは分かっている」とビューラー。188cmの細い身体をしならせダイナミックに剛速球を投げ込む。ゆえに痛めやすいのかもしれない。そこで今回はウェイトトレーニングに励み、体重を増やした。

「トレーニングのやり方を変えるのに抵抗はあったけど、2度もケガをしたから、ほかの方法を考えないといけないと判断した」と説明するビューラー体重は83kgから92kgに。「周りに大きい選手が多いから目立たないけど、ヤマモト(山本由伸、体重は約80kg)の隣に立てば太ったのが分かる」と笑う。

 首脳陣も急がせない。復帰は5月くらいか。そして公式戦の登板数は抑え、ポストシーズンの10月に万全な状態で臨ませたい。

 もうひとりはダスティン・メイ。2019年にメジャーデビューを果たしたが2021年に5試合を投げたところでじん帯を痛め、5月にトミージョン手術を受けた。15カ月間のリハビリに耐え、2022年8月に復帰。しかし「感じは良くなかった。投げる度に痛かった。みんながトミージョン手術の後は痛むけど、ある日カチッとハマってうまくいくと言っていた。その時を待ったけど、良くなるどころか、むしろ悪くなった」と振り返る。2023年は開幕から先発で4勝1敗、防御率2.63の好成績だったが、痛みは続いた。5月17日の試合で突如球速が落ち、1イニング降板。診断の結果ひじの屈筋腱に損傷があるとわかり、7月に修復手術を受けた。2度目はトミージョン手術ではなかったが、それでも12カ月間のリハビリが必要だった。

 現在は平地でキャッチボールをする程度まで回復。マウンドに上がって投げるのは早くても4月下旬。本人は8月か9月にメジャーで投げたいと言うが、球団は慎重に事を進める。まだ26歳と若いだけに、先発投手を続けるかどうかなども検討していく。

【カギを握る手術からの復帰組と若手の台頭】

 こういったほかの投手のカムバックへのプロセスは、2025年に投手としての復帰を目指す大谷にとっても非常に参考になる。2024年、大谷は指名打者で毎日プレーしながら、リハビリも同時進行。知見を積み重ねたチームメートやスタッフたちがアドバイスを送ってくれる。これ以上の環境はほかにないかもしれない。MLBにはハドソン以外にも、2018年、2023年のワールドシリーズで大活躍したネーサン・イオバルディ、カブスで今永昇太のチームメートとなったジェームソン・タイヨンなど、数は少ないものの、2度の肘の手術から復帰できた投手が存在する。手術の技術もリハビリの内容も、年々向上しているのは確かだ。

 果たしてハドソン、ビューラー、メイの3人は今季どれだけドジャースのために投げられるのか? ちなみに長年ドジャースのエースとして君臨してきたクレイトン・カーショーも今夏に肩の手術から戻る予定だ。

 とはいえこういったリハビリ中の投手たちが、きちんと復帰できるかどうかは定かではない。そこでドジャースが期待するのは生え抜きの若手たちの成長だ。

 2020年のドラフト1巡ボビー・ミラーは昨季デビューを果たし、22試合に先発して11勝4敗、防御率3.76。196cm、99kgの恵まれた体で、直球の速度は平均99.1マイルだ。今季は山本、グラスノーに次ぐ3番手の予定である。ほかにもギャビン・ストーンとエメ・シーハンがいて、彼らがミラーのようにメジャーでも結果を残してくれればいいのだが、昨季はうまくいかなかった。ちなみに昨季はベテラン先発陣にケガ人が相次ぎ、若手もミラー以外は苦戦したため、先発投手陣の防御率は4.57で30球団中20位。ポストシーズンの敗因にもなった。そこでこのオフ、大金を投資したのだが、お金はスネルやモンゴメリーのような確実なベテランではなく、「高額な宝くじ」に使われた。

 果たしてフリードマン編成本部長の賭けは、成功するのだろうか。

ジャンルで探す