“ヒール”から“主役”へ。仙台育英・須江航監督が実践する時代に合ったチームづくり
現代の褒めて伸ばす教育方法は、指導者にとって非常に難易度が高いものでもある。それは、高校野球の世界でも同じだ。そんな難しい状況でも、自分なりの指導法を確立している監督たちはおり、その監督が率いるチームは結果を残している。野球著作家のゴジキ(@godziki_55)氏が、「青春って密」のコメントで注目を集めた仙台育英の監督・須江航氏の指導法について紹介します。
※本記事は、ゴジキ:著『甲子園強豪校の監督術』(小学館クリエイティブ:刊)より一部を抜粋編集したものです。
スター監督・須江航のチームづくりとは?
令和に入り、高校野球で一番勢いに乗っている監督といえば仙台育英の須江航氏だ。今回アポイントを入れた際に、丁寧に須江氏ご本人から連絡がきたが、改めて人間力の高さに感服した。2022年全国高等学校野球選手権大会の優勝時のコメントにもあった「青春って密」「人生は敗者復活戦」などの名言でも知られる有名監督である。
須江氏が仙台育英の監督に就任してからは、東北勢初となる悲願の甲子園優勝を果たし、2019年から2023年は常にベスト8以上まで勝ち上がるなど全国トップクラスの強さを見せている。
また、明徳義塾の名将・馬淵史郎氏からは、2021年の選抜高等学校野球大会で対戦した際に、「東北でリーダーシップ取れる監督かもしれませんね。投手の精神力も強い。脚力もある。よくあれだけ足の速いのを揃えましたなあ」とコメントされるほどだ。
前任の佐々木順一朗氏も甲子園春夏準優勝を記録するなど、東北勢としてはトップクラスの強さを見せていたが、須江氏はそれを上回る勢いで勝ち星を積み重ねている。下記が前任者と須江氏が率いたチームの甲子園成績である。
- 佐々木順一朗氏就任時:29勝19敗、春の甲子園に6回、夏の甲子園には13回出場。春準優勝1回、夏準優勝1回、国体優勝1回、明治神宮野球大会優勝2回。
- 須江航氏就任時:17勝5敗、春の甲子園に3回(交流試合含む)、夏の甲子園には4回出場。夏優勝1回、夏準優勝1回、国体優勝1回。
仙台育英が推し進めたイメージ戦略
強豪校とはいえ監督が交代すると一時的に停滞期が訪れる高校もあるなか、上記の成績を見ても、須江氏率いる仙台育英の強さはアップデートされている。また、2022年夏の優勝以降は、露出が増えたこともあり、高校野球ファンからは絶大なる人気を誇っている。
そのため、仙台育英の試合内容や結果はもちろん、選手の成績なども注目を集める。2022年の優勝前のイメージはどちらかというと、不祥事などの影響で仙台育英はヒールのようなイメージを持たれていた。
しかし、現在は大阪桐蔭などと並び、全国トップクラスの強豪校として、人気の高さもうかがえる。その要因は、須江氏のコメント力の高さや仙台育英野球部全体が気品のある振る舞いをしているからだろう。
つまり、普段から実力はもちろんのこと、応援されるチームづくりも徹底されているのだ。それを裏付けるのは、2017年に起きた不祥事に対する姿勢だ。
このときの須江氏は、ただ野球が強いだけではなく、「仙台育英野球部は地域の皆様から応援される存在であるべき」と考え、そのためには、どのように人間としてあるべきか、振る舞うべきか、という「心の在り方」の部分を意識した。
リーダーこそアップデートし続ける必要がある
野球に限らず生きていくうえで変化は常に伴う。そんななか、時代やルール、トレンドに合わせながら、チームの色をつけることにより、どの時代でも勝てるチームができる。これが理想的なアプローチだろう。須江氏の選手のマネジメントや育成、采配などを分析すると、時代に最適化されたものと感じる。
従来の高校野球の指導者のイメージ像がアップデートされているのだ。選手に対して高圧的な態度をしないなどはもちろんのこと、「勝利至上主義」ではなく「勝利主義」を大事にしている。
「勝利だけを目指すのではなく、勝利という成果に真剣に向き合うことが、“勝ちの価値”を高めることになり、人間的な成長にもつながっていく」この指導法は、勝負ごとにおいて選手達が高校野球をしている期間だけではなく、長い人生において成長していってほしいという意図が感じられた。
また、「なぜ、勝てたのか」「なぜ、上手くいったのか」を自分の中で振り返り、成功体験を積み重ねていくことが学校教育で育むべき能力だ、と著書に記載されている。
意外にも須江氏は、試合の勝敗に関係なくX(旧Twitter)に投稿された一般の高校野球ファンの意見を参考にしているのだという。このように、SNSを活用することや、第三者の俯瞰的な視点を取り入れる柔軟さがあることがわかる。
SNSを活用するといっても、一般的には元プロ野球選手が配信しているYouTubeを参考にしている学生野球の指導者が多いなかで、Xなどで一般人が仙台育英の試合内容を総評している投稿を参考にすることは、非常に珍しいパターンといっていいだろう。これも、須江氏の謙虚な人柄からくるものと推測している。
現代は、SNSを含めて口コミや第三者の意見が気軽に見られる時代である。その時代に適応し、第三者の立場からものごとを俯瞰的に見ることにより、チームの弱点を改善しているに違いない。
さらに、このことを自身の著書に記載することにより、高校野球ファンが「自分の投稿を、あの須江監督に見てもらっている可能性がある」と思うことで、応援されるチームとしてのブランディングにもつながっているだろう。
低反発バット導入後のチームづくり
近年、仙台育英は順風満帆といえる躍動ぶりだが、そのなかで2023年は課題も見られた。それは、追いかけられるプレッシャーへの対応とディフェンス力である。
仙台育英は2022年夏の優勝から大きな注目を浴びているが、2023年の世代も、明治神宮野球大会ベスト4、センバツベスト8、夏の甲子園準優勝、国体優勝と、4つの主要大会で上位まで勝ち進み、国体では慶応にリベンジをして優勝しているが、やはり一番注目度が高い夏の甲子園で連覇したかったところである。
追いかけられるプレッシャーもあり、夏の甲子園では守備のミスが多く見受けられた。実際のところ、2000年以降の春夏の甲子園優勝校を見ても、失策数は2000年の智弁和歌山を除いた全ての高校が1桁を記録している。そのため、夏の甲子園の覇権をとるには、打力に優れているだけでなく、安定したディフェンス力も兼ね備えなければならない。
優勝した2022年夏のチーム失策数はわずか3つに対し、2023年夏は11個の失策を記録した。ただ、このデータもすでに須江氏の頭の中に入っており、研究されていた投手陣はもちろんのこと、ディフェンス力を大会中に上手にカバーし、準優勝まで押し上げたリカバリー力はさすがの一言だ。
また、2024年の春から低反発バットが導入されたが、戦術に大きな影響を与えると予想される。長打が出づらくなることに伴い、現在よりもスモールベースボールを掲げるチームが増えると見ている。それは、今まで以上にミスをしない野球が勝利に結びつくということである。
2022年夏、準決勝までホームランなしだったが、長短打をつなぎ、ミスを最小限にすることで勝ち進んだ時の仙台育英は、低反発バット導入後のいま、参考にすべきチームだろう。
07/02 18:00
WANI BOOKS NewsCrunch