大東駿介×浅野和之 日本初演『What If If Only―もしも もしせめて』は夜、寝る前にふと思い出す芝居
Bunkamuraが推進する海外戯曲上演シリーズ、DISCOVER WORLD THEATREの第14弾が9月10日(火)、世田谷パブリックシアターにて開幕する。イギリス現代演劇を代表する劇作家、キャリル・チャーチルによる戯曲二作品を連続して上演。日本初演となる『What If If Only―もしも もしせめて』と、ローレンス・オリヴィエ賞リバイバル部門にノミネートされた『A Number―数』、どちらも短い中に人間の本質を問う深淵なテーマが潜んだ傑作だ。演出は、過去に同シリーズで『るつぼ』(2016年)、『民衆の敵』(18年)、『ウェンディ&ピーターパン』(21年)を手掛けて高い評価を得ているジョナサン・マンビィ。最初に上演される『What If If Only―もしも もしせめて』に出演する大東駿介と浅野和之が、“難解の森”を一歩ずつ進むような稽古の最中、作品への気づきを熱く語り合った。
「とんでもない戯曲に出会った」
――キャリル・チャーチルの最新作であり、日本初演となる本作。お話を受けた時の思いからお話いただけますか?
浅野 僕はまず最初に、自分が演じる“未来”という役が何人も出て来るように書かれていたので、ちょっと興味を持ちました。面白いな、大変そうだけど挑戦してみたいなと思って。(大東に)どうでした?
大東 最初に台本を読んだ時は、メチャクチャ難解だな!と思いました。でも、要所要所から何かしらの悲しみが伝わって来て。それがいち個人のものだけではなく、今の時代や社会に対する悲しみもものすごく詰まっているんですよね。何度も読んで、解釈していくうちに、とんでもない戯曲に出会えたな!と思いました。自分の人生のこのタイミングで、この作品に関われることは本当に恵まれているなと。
稽古の中で、チャーチルも旦那さんを亡くされた経験をしたと伺いましたが、僕自身もコロナ禍から今に至るまで、社会情勢もそうですけど、苦しくなることがいっぱいあって、大切な人が亡くなる経験もしました。今まさに、自分の中で吐き出さずにいた気持ちを、演劇で表現できる。ありがたいタイミングでお話をいただいたなと思いました。
浅野 いや、この台本は読んでもなかなかわからなかったんですよ。なんとなく遠くにボンヤリとしたものは見えて来るんだけど、それがなかなか言葉にできないという感じですね。演出家のマンビィさんの導き方が非常に丁寧で、一足飛びに頂上に行くのではなく、ひとつずつ足場を固めて、山を登らせてくれる。そうした本読みを経て、少しずついろんなことが見えてきてはいるかな。そういう意味では、自分たちの納得出来る作品が生まれようとしていますね。
いろんな芝居をやって来て思うのは、本当にいいホンというのは掘れば掘るほど宝物のような発見がある。これはたった20分弱くらいの芝居だけど、きっと本番でもいろんな発見が出て来ると思うので、それを楽しみにしていますね。
――ジョナサン・マンビィさんはテーブルワーク(本読みでの解釈)に時間をかけて進める方だと伺っています。今回も2週間ほど本読みをされたとか?
大東 そうですね。僕は以前『みんな我が子』(22年上演)という舞台に出演させていただきまして、リンゼイ・ポズナーという演出家の元で、本当に丁寧な作品づくりに参加させていただきました。マンビィさんにとってリンゼイさんは師匠的な方らしく、とても慕っていると言っていました。このおふたりに共通する戯曲に対する向き合い方、一つひとつ丁寧に解釈を進めるやり方が本当にありがたいんです。また、演出家とともに翻訳の広田敦郎さんがずっと稽古場にいてくださるのも心強い。一つひとつの解釈を、僕たちがどう理解して、どう日本語の台詞に作り直すかを緻密にやってくださいます。贅沢な稽古場ですね。
浅野 そうだね、翻訳の広田さんがいてくれるのはとても助かっていますね。
明日を生き抜く一歩を感じる作品
――大東さんが演じるのは“某氏”、浅野さんは“未来”そして“現在”を演じます。役柄の解釈にしても難解ですね。
浅野 大東君のほうは、生きている人ですね(笑)。
大東 生きている人ですけど、おそらく大切な人が亡くなり、悲しみの中にいて先に進めずにいる人です。
浅野 私は別個の人物のように見えるけれど、本当はこの某氏の中に存在している人物なのだろうなと。最初は未来として、後に現在として彼に相対し、導いていく。要するに、大切な人を亡くした喪失感の中で、自問自答したり苦しんだりしているところから抜け出す手立てと言うのかな。結局は、彼自身が自分で抜け出そうとしているから、私が現れたんだと思うんだけどね。
大東 その苦しみの視点が、僕という主観から飛躍して突拍子もない世界情勢の話になるわけではなく、僕らと同じように日々大切な人を思いやったり、ニュースで社会のことを知ったりする、そうした彼の感性の中、情報の中で成立しているところがキャリル・チャーチル素晴らしいな!と。読み解くほどに、明日を生き抜く一歩を感じるんです。辛いこと、悲しいことがあっても、それでも生きていく、そのことを恐ろしくも温かく導いている戯曲だなと思いますね。今、立ち稽古が始まったばかりですけど、浅野さんを見て、自分アカンなと思いました。初日の立ち稽古で、次から次へとアイデアが体から出て来る先輩の姿を見て、自分ももっともっと頭も体も動かさなきゃ!と痛感しました。
浅野 いやいや僕もね、大東君とは初めてご一緒するんですけど、その熱量と、言葉の豊かさと、僕にはないものだなと圧倒されています。若さもあるんだろうけど、僕若い時でもこんなすごいエネルギーが、情熱があったかなと思っちゃうぐらい(笑)。全然タイプが違うので、一緒にやっていてすごく面白いし、勉強になりますよ。今のまま歳をとっちゃいけないなと思った(笑)。
大東 こちらこそですよ! 当たり前ですけど、こちらこそ勉強になります。
『A Number―数』との連続上演で問いかけて来るものとは?
――難解ながらも、この作品のどのような部分がおふたりの胸に響いてくるのか、伺いたいと思います。
浅野 やっぱり彼が苦悶しているところから始まって、最後に自分を発見……じゃないな。何て言ったらいいんだろう。チャーチルは、“彼に突然光が射して、人間が変わった”みたいな作り方はしていないと思うんですよ。難しいね。でも何か彼の中から出てきたものによって、変わっていくところは感じてもらえるだろうなと思う。チャーチル自身も、言葉に置き換えてそれを伝えようとするより、何かもっと感覚的なものに訴えかけているような気がする。僕が演じる未来というのは、五感のような気もするんだよね。視覚とか嗅覚とか触覚とか、そういった五感みたいなもの。そういう感じ方をする作品なのかな……って漠然としていてすみません(笑)。
大東 いや〜難しい、何でしょうね。この某氏には、“あの時ああしていれば”“もしもああならなければ”ということが山ほど、痛みの数だけあって。だけど結局生きていく限り、起きたことを変えることは出来ないし、過ぎ去った“もしも”より、今自分が手にしているもので歩んでいくことが、次の未来を作るんだなと……。でもそうわかってはいるけど進めない、みたいな。単純にいうとそういう話なんですけど(笑)。進むに進めない人間の葛藤を20分の戯曲に起こしてある、それが凄いなと。自分の人生においてもいろんなことを思い起こさせる作品なんですよ。ああ、確かにあんな痛ましいことがあった、それでも僕は生きていく……そんな荒療治を受けているみたいな芝居(笑)。「過去はもう死んでいるし、生きているのはお前やろ? 今、お前が生きている道を歩めよ」と言われているような気がして。一歩一歩、これまでの“もしも”を背負って、涙を拭きながら進んでいく。ものすごい勇敢な戯曲だなと思いました。
この作品と『A Number―数』の二作が連続して上演されることも、よく出来ているなと。いち個人の明日を生き抜く感情、成長を描いた『What If If Only―もしも もしせめて』と、自分を形作るものとは何ぞや!?というテーマの『A Number―数』が同時に上演されることで、お客さんは「今、劇場にいるアナタは何者ですか?」と問われるように感じるのではないでしょうか。世界はこれからどうなっていくのか、本当に不安なことはいっぱいあるし、今はしっかりと自分というものを握りしめて、前に進まなければいけない時代なのかなと。そのきっかけをくれる二作品じゃないでしょうか。
浅野 素晴らしい締めだね!(一同笑)やっぱりこの作品の“もしも もしせめて”というタイトルは、誰しもが感じることじゃない? あ〜あの時あんなことしてなきゃな〜とかさ。大なり小なり、誰もが通ることだし、きっと死ぬまでね。死ぬ間際だって、“ああ、あの時ちゃんと医者にかかっていれば、こんなことにはならなかったのに”と思って死ぬのかもしれない。そういう思いをひとつ、お客さんに投げかける。今、大東君の話を聞いていて、それは気づかされるだろうなと思いましたね。
集中を切らしてはいけない濃密な20分間
――おふたりのほかにもうひとり、“幼い未来”(ポピエルマレック健太朗と涌澤昊生のWキャスト)が登場しますが、その意味についてはどう考えますか?
大東 秀逸やと思いますよ。過去は見えるけど未来は当然見えなくて、見えない未来は不安やけど、でもそこにしか希望もきっかけもなくて。それを“幼い未来”という子供で表現するところが秀逸やなと。やっぱり子供って可能性の象徴やし、僕の育て方によって善にも悪にもなる。ああ、ホンマや、僕の未来って子供や。僕が大切に育てないといけない。僕が今日どういうふうに未来と向き合うかで、未来はソッポ向くかもしれないし、と。責任が生まれますよね。
浅野 そこで生きる希望が生まれる、ちょっと光が射す、ってことだね。
――決して集中を切らしてはいけない、パワフルな20分の演劇体験になりそうです。
大東 20分やから、だと思います。濃密で、観る側もかなり頭を働かせる作品じゃないかな。観劇した日の夜、寝る前に思い出してほしいですね。
浅野 ハハハ。でもそうなるだろうね。あとでハッと、あれ?と気づくことがありそう。
大東 布団の中で目を閉じて、ウン? あの芝居ってもしかしてこういうことやったのかなと。絶対自分の人生の中で、重なる瞬間があるんじゃないかと思います。
取材・文:上野紀子
<公演情報>
Bunkamura Production 2024 DISCOVER WORLD THEATRE vol.14
『A Number―数』『What If If Only―もしも もしせめて』
作:キャリル・チャーチル
翻訳:広田敦郎
演出:ジョナサン・マンビィ
美術・衣裳:ポール・ウィルス
【出演】
『A Number―数』
堤真一、瀬戸康史
『What If If Only―もしも もしせめて』
大東駿介、浅野和之、
ポピエルマレック健太朗・涌澤昊生(Wキャスト)
【東京公演】
2024年9月10日(火)〜9月29日(日)
会場:世田谷パブリックシアター
【大阪公演】
2024年10月4日(金)〜10月7日(月)
会場:森ノ宮ピロティホール
【福岡公演】
2024年10月12日(土)〜10月14日(月・祝)
会場:キャナルシティ劇場
チケット情報:
https://w.pia.jp/t/churchill2024/
公式サイト:
https://www.bunkamura.co.jp/cocoon/lineup/24_churchill/
09/09 12:00
ぴあ