観客ひとり一人が自由に想像できる時間を── 咲妃みゆ×松岡広大が音楽劇『空中ブランコのりのキキ』で目指すもの

別役実の傑作童話数作品を原作に、劇団「快快」所属で俳優・振付家・演出家である野上絹代が一本の音楽劇として再構築し、同じく「快快」の脚本家・演出家である北川陽子が脚本を担当した『空中ブランコのりのキキ』がこの夏、世田谷パブリックシアター主催の夏のフェスティバル“せたがやアートファーム2024”のメインプログラムとして上演される。サーカスをテーマとした物語で展開するのは、演劇、歌、音楽、サーカス、ダンス、アクロバットといった見どころ満載のパフォーマンスの数々だ。魅力のキャスト&サーカス・パフォーマーが集結した稽古場で、立ちあがろうとしている世界とは!? 空中ブランコのりの少女キキとピピの二役を演じる咲妃みゆ、ピエロの少年ロロと象の二役を担う松岡広大が、心躍る劇空間への挑戦を熱く語り合った。

稽古場に行くと元気になる! 物語の中を“泳いでいる感覚”とは?

――“サーカスをテーマとした音楽劇”と聞くだけでワクワクする企画です。お話を受けた時の思い、そして今お稽古に入ってどんな感触を得ているのでしょうか。

咲妃 私がこのお話を受けて即答したのは、もう遠い記憶で……。

松岡 いやいや、連絡くれたでしょう!?(一同笑)

咲妃 そう、「また共演させてもらえるね!」と連絡をしました(笑)。まず私の中で、松岡さんが出演することはとても大きかったですね。以前にも一度共演経験がありまして、その時はあまりセリフを交わすことがなかったので。今回はたくさん言葉を交わせるのでは?と期待していたのですが、期待以上で毎日楽しいです。

あとは、お子様から大人の方まで幅広く、その方それぞれの感性でお楽しみいただける作品になる、そんな確信もありました。「こういう話でこういう結末なのね」と簡単に理解できない作品や、最後はお客様に何かを問いかけて終わるような作品が私は好きなので、もう直感で「好き! やりたい!」と思いました。

松岡 僕もご依頼をいただいて、二つ返事でお引き受けしました。世田谷パブリックシアターは学生の頃から足繁く通っていた劇場でもあり、芸術監督の白井晃さんには以前一度お世話になっていたので、またご縁が巡ってきた、恩に報いたいなという思いもありました。その後にキキ役が咲妃さんだと知って、あ〜受けてよかった!と(笑)。僕も、信頼以上のものを咲妃さんに感じていますし、尊敬しています。今、稽古場にはサーカスのパフォーマーの皆さんや劇団に所属している俳優さんなど、いろんな出自の方が集まっているところにも魅力を感じています。皆さんがベースとして持っているもの、そこに演出の野上さんのアイデアを混ぜ込んで、唯一無二の作品を作っている感覚があって非常に楽しいです。

――別役実さんの童話数編をもとに、北川さんがひとつの音楽劇にまとめ上げた台本をお読みになった感想を教えてください。

咲妃 滑らかにお話が繋ぎあわされているなと。原作童話それぞれの登場人物、その全員が最初から関わり合って存在しているように描かれていて、北川さんがいかに心血を注いで、台本を仕上げてくださったのかがよくわかります。別役さんの童話の融合によって、より個々の作品に込められたメッセージが際立っているように感じます。稽古をしていても、ずっと本を読んでいる感じというか、この物語の中を泳いでいる感じがして……。なぜかファ〜ッとした視野で全体を見られているのが、今までにない感覚だなと。それはきっと野上さんのお導きの賜物だと思うんです。和やかで活気のあるお稽古場の雰囲気がとても心地よくて、毎日元気になる!って感じです。

松岡 すごくわかります。別役さんの作品はそれぞれに繋がっていて、この世界とこの世界は実は地続きなんじゃないかな、と思わせる余地があると思うんです。別役さんの他の作品にもキキやロロという名前のキャラクターが出て来たりするので、もしかして同じ人物?といった想像の余白がたくさんあって、今回の台本はそれを十分に使っているなと思いました。咲妃さんがおっしゃったように、シームレスによどみなく話が流れていくのが非常に心地良くて、“泳いでいる感覚”もなんとなく分かる。身を委ねるような、“たゆたう感覚”があります。

“分かる”という感覚が邪魔になる

――この作品では、咲妃さんは空中ブランコのりのキキ、松岡さんはピエロのロロをメインに演じられます。同じサーカス団で活躍するこのふたりのキャラクターについて教えてください。

咲妃 (頭を抱えて)うわあ〜難しい! うう〜、お先にどうぞ!

松岡 (笑)。まず僕はキキとロロを、対照的に考えています。キキは社会的な死を考える人で、ロロは肉体的な死を考える人。社会的な死というのは私たちの日常にもあって、たとえば会社から避けられるとか排除されるとか、立場、肩書きがなくなることで、生きる力をなくしてしまうことです。そこで考えるのは、アイデンティティについてで、自分の根っこはどこにある!?といったことを、キキやロロのような多感な10代の時に考えるのは非常に辛いと思うんです。また、他人と自分の比較をするようになって、誰かは優れている、劣っている、みたいなことも感覚的に分かってくる。キキはそういった意味で、現代の人に近いものを持っているんじゃないかなと。

ロロは単純明快で、肉体的な死、つまり死ぬことを一番遠ざけたい。「生きていれば何だっていい、アンタがいるだけでもう十分だよ」とキキに言うんですけど、やはりそこまで単純ではいられなくて、葛藤の只中にいる人間だと思います。キキに寄り添いながら、その心が分かるけど、分からない。そんな曖昧な関係性が僕はとても好きです。

咲妃 考察が深い……!(一同笑)キキは早くに両親に先立たれて、家族がいない状況で幼少期を過ごしているんです。これは今を生きる私たちにも言えることだと思うんですけど、最初に自分の存在を肯定してくれるもの、無償の愛で包んでくれる誰かがいるのといないのとでは、あらゆる感覚が違ってくると思うんですね。ロロが励ましてくれたり、手を差し伸べてくれたりして、キキは徐々に自分を構築してはいくけれど、自分のことを自分が一番認めていない。彼女が自分自身とどう向き合うか、がこのお話の重要なポイントのひとつでもあります。

俳優という仕事も、やはり周りの方々から評価をいただいて、何とか続けていられるものでもあります。だから、誰かに認めて欲しい、誰かが喜んでくれる姿を見たい!というキキの気持ちが、私はよく分かるんです。でも、まだ10代のキキが陥っている状況と、30代の私の感覚を一緒にしてはいけないなと。今は咲妃みゆの共感がちょっと足枷になっている状態です(笑)。お話の中でもたくさんの登場人物がキキに温かい言葉をかけてくれますが、それをどこまでキキが自分の中に吸収しているかは、私の体を通してじゃなく、もう少し客観的に見ないといけないなと。

松岡 自分の体を使わないで客観的に、っていうのは素敵な言葉ですよね。

瀬奈さんの優しさが作品に不可欠

――おふたりのほかにも気になる登場人物がいろいろ出て来ますが、中でも観客への“語り”をはじめとする多役を担う瀬奈じゅんさんの存在は、作品の大きな要のように感じます。

咲妃 本当に、瀬奈さんがいてくださるだけで安心します。私にとっては同じ劇団出身の先輩という安心感がありますし、それを抜きにしても、瀬奈さんご本人のお人柄が、この作品をとても温かく、丸く包んでくださっている感じがして。最初に舞台上に登場なさって、お客様をお話にグッと引き込む役割を担っていらっしゃるんですが、私、あのシーンがすごく好きなんです。

松岡 一番最初に出て来て、しかも客席に向かって喋るなんて緊張するじゃないですか。そんな緊張を感じないくらい、楽しそうにやられているんです。

咲妃 そうなの! すでにアドリブも入れてやっていらっしゃって(笑)。稽古場でも(野上)絹代さんに「ここはどういうことですか」「こうするのはどうでしょう」と積極的に作品について質問される姿勢を見て、私はすごく学ぶことがあります。私がピピを演じる時に、優しく頭を撫でてくださるのですが、もう信じられないくらい体の力が抜けるんですよ! 瀬奈さんの優しさがこの作品には不可欠で、おかげでキキとしてもピピとしても思う存分呼吸が出来るし、考えを巡らすことが出来るので、本当に感謝ですね。

松岡 僕も同じ気持ちです。瀬奈さんがすごく稽古場を豊かにしてくださいます。皆の前で「私はこう思うけど、どう思いますか」って問いかけるのは勇気のいることだけど、瀬奈さんは聞くタイミングが鋭いんです。台本をすごく読み込んでいらっしゃるからこそ、その視点からその言葉が出てくるんだな、というのが伝わってくるので本当に素晴らしいなと思います。

――先ほど、別役作品の融合によってメッセージがより際立つというお話を伺いましたが、おふたりが本作から感じ取っていることとは?

咲妃 「価値観は人それぞれ」ということですかね。キキもロロも、ほかのキャラクターたちにもそれぞれの意思、信念があって、それぞれの人生の過程で交わるけれど、思考のすべてまで交わることはないと。それぞれの思いを尊重してこその世界、というところに今はたどり着いています。「自分の物差しで人を判断することは、はたしていいことかな?」と考えさせられますし、大きなメッセージに私は感じますね。

松岡 難しいですね。僕が現時点で言えるのは「しょうがない」ということです。もう、ままならないことはままならない、絶対的なものは何もないということ。それはあらゆる二項対立に言えると思うんです。どっちも正解だし、どっちも間違いだよねと。別役さんの童話や戯曲を読んでいると、そこを断定しないグレーな部分、あるいは中庸という言葉とはまた違った選択肢の広さを感じるんです。「絶対的なものは何もない」って言われた時に、僕は安心します。どちらかに揺れていてもいいよ、というぐらつきが、とても人間的に描かれているなと感じます。

――おふたりのお話を伺っていると、サーカスの入口からとても深淵な、哲学的な世界が覗けそうです。“せたがやアートファーム”という素敵な名前のフェスティバルで、どんな体験が待っているのか、楽しみです!

咲妃 絹代さんが「ご覧になった大人の方が終演後、“そっと頭を撫でられたみたいに、フッと心が軽くなった”と感じてくださるのが理想です」とおっしゃっていて。その柔らかい目標が、しっかりとした芯になってこのカンパニーに根付いていると感じます。この作品に触れる時間が重なるほど、私の心のファームも徐々に豊かさを増しているように思いますね。私はこの作品が、ご覧くださる方の、そして届ける我々のカウンセラーになってくれるといいなと思っています。舞台をご覧になるというより、ちょっと心を休めにいらしてください。

松岡 皆さんそれぞれの農園に、種を蒔き、水をやったらどんな作物が育つのか。今回のお話をいただいた時に“アートファーム”と聞いて、その比喩はとても素敵だなと思いました。僕たちも今、稽古場で開墾中です(笑)。どんな種を蒔いたらいいのか、どれが芽を出すかは今はまだ分かりませんが、最終的には、ご覧になった方それぞれの花が咲くといいなと思います。皆さまが自由に想像できた時、その方々の中に豊かさが増すと思うので、そんな時間を体験してもらえることを、心から願っています。

取材・文:上野紀子 撮影:You Ishii
ヘアメイク:[咲妃]千葉万理子/[松岡]堤紗也香 スタイリスト:[咲妃]國本幸江/[松岡]九(Yolken)

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<公演情報>
せたがやアートファーム2024
音楽劇『空中ブランコのりのキキ』

原作: 別役実(童話「空中ブランコのりのキキ」「山猫理髪店」「丘の上の人殺しの家」より)
構成・演出:野上絹代
音楽:オオルタイチ
脚本:北川陽子
サーカス演出監修:目黒陽介

出演:咲妃みゆ 松岡広大/玉置孝匡 永島敬三 田中美希恵/谷本充弘 馬場亮成 山下麗奈/瀬奈じゅん
サーカスアーティスト:吉田亜希 サカトモコ 長谷川愛実 吉川健斗 目黒宏次郎

【東京公演】
2024年8月6日(火)~8月18日(日)
会場:東京・世田谷パブリックシアター

【姫路公演】
2024年8月31日(土)
会場:兵庫・アクリエひめじ 中ホール

チケット情報:
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2451613

公式サイト:
https://setagaya-pt.jp/stage/15937/

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