新国立劇場が放つ、こどもも楽しめるバレエ『人魚姫』。米沢唯、速水渉悟、奥村康祐が世界初演への思いを明かす
新国立劇場が、こどものためのバレエ劇場2024として『人魚姫~ある少女の物語~』を世界初演する。アンデルセンの童話をモチーフに演出・振付を手がけるのは、新国立劇場バレエ団で22年間ダンサーとして活躍した貝川鐵夫。ヒロインの人魚姫を演じる米沢唯※、王子役の速水渉悟、アンデルセンの童話の魔女にあたる深海の女王を演じる奥村康祐ら3人のプリンシパルが、クリエーションの現場での経験、役柄への思いを語った。
※本インタビューは7月3日に取材しましたが、その後、米沢唯さんが体調不良のため降板し、代わって廣川みくりさんが出演することが決定いたしました。
世界初演に向けて、試行錯誤のリハーサル
海に暮らす人魚姫が、人間の王子に恋をする──。新たな全幕バレエの新たなヒロインは、いったいどんな女の子で、どのように物語を紡いでいくのだろう。深い考察を重ねる日々が続く。
米沢 私が演じる人魚姫が、どういう女の子で、どういうふうに変わっていくのか──。作りながら皆で見つけていきたい、といったことを貝川さんはおっしゃっていました。私は最初、元気いっぱいで好奇心にあふれた女の子として捉えていましたが、それがだんだん、もう少し繊細で、周りからどこかひとつ浮いている、人と混じってもどこか違う、線の細い人物像へ──貝川さんの中でも、その両方の間で揺れている感じがします。
リハーサルを進める中で、踊ってどう感じたか、3人の人魚姫役ダンサーたちで話し合い、それを貝川さんに伝えて、ということを重ねています。皆感じることは大体一緒で、他の人が踊るのを見て違和感を覚えるところは、踊った本人もそうだった、ということがよくあるんです。長年一緒に踊ってきた仲間、ということが大きく影響していると思います。
速水 今日は別のキャストたちの通し稽古があったのですが、他のペアと僕たちとでは雰囲気は全然違うと感じました。鐵夫さんは、キャストが変わればステップも多少変わっていいとおっしゃっていましたから、アプローチの仕方は三者三様。キャストによって全く違ったものに感じられるものになるかもしれません。この王子はすごく若い王子だと鐵夫さんはおっしゃっています。周りの貴族たちとも友達のように接してほしいとも言われていたので、明るいキャラクターであることを第一に考えていますが、いろいろと試行錯誤しています。
命を救った王子に思いを寄せ、再び会いたいと望む人魚姫。彼女の願いを聞き入れ、足を与える深海の女王の存在も重要だ。奥村に役柄への取り組みを尋ねると、「本当に素晴らしい! 世界中の人々に観ていただきたい」と、米沢から絶賛の声が。
奥村 ぜひ、楽しみにしていただきたいですね(笑)。実は、2年ほど前の上演した『シンデレラ』(アシュトン振付)の公演の時に、貝川さんに「次、『人魚姫』の“魔女”、お願いね」と言われたんです。それも舞台袖で! 僕はシンデレラの義理の姉を演じていて、貝川さんは父親役。 姉の役を演じている僕を見て、「あ、見つけた!」と思われたのかもしれません(笑)。
深海の女王の存在感と、ふたつのパ・ド・ドゥ
奥村演じる深海の女王は、タコという設定。“魔女”としてのおどろおどろしい雰囲気をたたえる一方で、ちょっとおちゃめでコミカルな面も。
奥村 美しいけれどどこか不気味、というところを出すために、男性に演じさせたかったのかなと思っています。初めは悪役と設定して取り組んでいましたが、次第に人魚姫に寄り添うような役柄に。お母さんみたいなところもあります。貝川さんのイメージの中では多分、女王は人魚姫を海の世界の仲間として見ていて、人間界のことをあまりよく思っていない。だから人魚姫を陸に上げたくない。年齢は明確ではないけれど、美魔女のイメージです(笑)。
米沢 本当に美しいですよ!
奥村 タコ、ですが(笑)。衣裳はとても素敵です。トウシューズを履いて踊ることになっていますが、普段から履いているわけではないので、頑張っているところです。女性的な振りもあり、面白くもあり。とにかくちやほやされたい、どちらかというとかなり可愛いキャラクターですが、こうした女性の役を男性が演じることで、よりオーバーに表現でき、楽しいですね。見せ場としては、第1幕、男性ダンサーが踊る手下の深海魚たちとの踊りがあります。そこに人魚姫が、人間の世界に行きたいと頼みにくるんです。
米沢 人魚姫に足が生えてくる場面はとてもコミカルで、楽しいですよ!
望み通り、王子との再会を果たす人魚姫。第1幕、第2幕それぞれに配された彼女と王子とのパ・ド・ドゥは、作中の大きな見どころとして期待される。
米沢 1幕で踊るのは、出会いのパ・ド・ドゥ。恋焦がれた王子との再会ですが、永遠かと思われるほど長い間静止し、そこでふたりの心の動きを表現してほしいと言われています。──その難しいこと!
速水 再会と言っても、人魚姫に助けられた時、王子は気絶していたので誰に助けられたのかわかっていません。「彼女、どこかで会ったことがあったかな」という思いが一瞬よぎるけれど、素敵な女性だなと感じて一緒に踊り、惹かれ合うようになります。
米沢 王子役でとくに難しいのは、既に決められていた婚約者と人魚姫との間で揺れる気持ち、その表現ではないでしょうか。
速水 婚約者との結婚式はもう決められている。王子がノーと言ったらノーにできるようなことではない──。皆さんと相談しながら作っている段階ですね。
米沢 第2幕には、恋にやぶれ海の泡となる人魚姫が、最後に思い出す記憶の中の王子と踊るパ・ド・ドゥがあります。速水くんはそのパ・ド・ドゥが大好きなんですよね。
速水 音楽がとても素敵で──。
米沢 「タイスの瞑想曲」です。私も踊っていて楽しいです。『人魚姫』は、貝川さんが「NBJ Choreographic Group」(新国立劇場バレエ団の中から振付家を育てるプロジェクト)でこのパ・ド・ドゥを発表したことから始まった企画。この部分の振付自体は既に出来上がっていましたが、私たちが踊ることで変わっていった部分はたくさんあります。
速水 走馬灯のような──死ぬ直前に、人生の楽しい思い出だけを思い返すようなパ・ド・ドゥです。彼女が思い描く、理想の王子像を作っていかなければ。
音楽は、ドビュッシーやマスネ、ヴェルディといった作曲家の楽曲を貝川が厳選、このバレエのために新たに録音もしたという。この物語がどんな音楽とともに織り出されていくのか、楽しみにしたい。
嘘のない表現を目指し、葛藤する日々
あまたのヒロインを演じてきた米沢。そんな彼女でも、説得力のある表現、感動をもたらす舞台は、容易に生み出せるものではない。
米沢 ロジカルに物事を組み立てていかないと、気持ちがついていきません。貝川さんがやりたい物語、そこで私が、嘘をつかずに演じられたらいいなと思っています。言葉にはできなくても、お客さまが「何か受け取った」と思っていただけるところまでもっていきたい。いろいろと葛藤しながら作っています。
王子と人魚姫が実際に関わっている時間はあまりないのですが、短い時間でふたりの恋と別れを演じなければいけません。ふたりの間に生き生きとした物語が生まれるように、貝川さん、速水さんとよく話し合っていきたいです。
アンデルセンの童話と同様、物語は悲しい結末で幕を閉じる。その深みある物語を、客席の子どもたちにもしっかりと伝えたい。
米沢 康祐さんが出てくるとコメディに(笑)。
奥村 いや、でもそれは必要でしょう(笑)! ずっと悲劇ばかりではしんどすぎます。
米沢 「こどものための」、ということはあまり気にしていませんが、より厳しさが求められると思います。子どもたちは先入観のない、色眼鏡のない状態で観ると思うので。
速水 料金は低めに設定、公演数も多いので、新しいお客さまもたくさん来てくださると思います。そんな方々にもしっかり伝わるように努めたいですし、次もまた公演に来ていただけるような踊りをしたいですね。
奥村 子どもたちは前情報がないまま観ることが多いですから、伝えるべきことをはっきりさせないと、何がなんだかわからない、ということになってしまう。より明確に伝わるように、と心がけています。客席に子どもたちがたくさんいると幸せな気持ちになるんです。『くるみ割り人形』も子どもたちが多いので、自分の子ども時代を思い出すような気分になる。皆が楽しんでくれたら、モチベーションアップに繋がります。
米沢 全力を尽くして、いい舞台にしたいですね。
奥村 夏ですからぜひ、海の世界の涼しげな雰囲気を楽しんでいただけたらと思います。
速水 3キャストの見せ方、見せ場も違ってくると思うので、いろんなキャストの回を観ていただけたら。もちろん、僕の日も観てください!
取材・文:加藤智子
<公演情報>
新国立劇場バレエ団 こどものためのバレエ劇場 2024
『人魚姫 ~ある少女の物語~』
2024年7月27日(土)~7月30日(火)
※各日、13:00 / 16:30開演
※上演時間:約1時間40分(休憩含む)/4歳以上入場可
会場:東京・新国立劇場 オペラパレス
チケット情報:
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2452169
07/26 12:00
ぴあ