アレクサンダー・カルダーと日本との結びつきにも注目 『カルダー:そよぐ、感じる、日本』麻布台ヒルズ ギャラリーで開幕 

宙に吊られた、赤・青・黄色などの金属片が、わずかな空気の流れを受けてゆっくりと動いていく。今では誰もが知る「モビール」を発明したのは、20世紀美術を代表するアーティストのひとり、アレクサンダー・カルダーだ。日本での個展は35年ぶりとなる『カルダー:そよぐ、感じる、日本』が、9月6日(金)まで麻布台ヒルズ ギャラリーで開催されている。

《Haikaller》1957年

アレクサンダー・カルダーは、1898年、米国ペンシルベニア州ローントン生まれ。絵画を学んだ後パリに移住。1930年には画家ピエト・モンドリアンのアトリエを訪ねて刺激を受け、抽象的な芸術の方向性を見出す。翌年にはキネティックな(動く)抽象彫刻をつくり出し、近代彫刻の概念を一変させた。1950年代にはボルトで固定した鉄板を使った壮大なスケールの屋外彫刻を展開。モダンアートを牽引するひとりとして制作を続け、1976年にニューヨーク市で逝去した。

Calder with Red Disc and Gong (1940) and Untitled (c. 1940) in his Roxbury studio, 1944.
Photograph by Eric Schaal © Life Magazine

同展は、カルダーの孫であり、ニューヨークのカルダー財団理事長を務めるアレクサンダー・S.C.ロウワーのキュレーションと、カルダー財団と40年にわたる強い関係を築いてきたニューヨークのペースギャラリー(7月には、日本初出店として麻布台ヒルズ内にギャラリーをオープン)の協力のもとに実現した。開幕前の記者内覧会では、この企画者アレクサンダー・S.C.ロウワーとペースギャラリーのマーク・グリムシャーが作品を解説した。

アレクサンダー・S.C.ロウワー(左)、マーク・グリムシャー(右)

展覧会は、カルダー財団が所蔵する1920〜70年代の作品約100点で構成。彫刻家のハンス・アルプが名付けた静止した彫刻「スタビル」や、マルセル・デュシャンが呼び名を付けた「動き」「動因」を意味する「モビール」、その両方が融合した「スタンディングモビール」を中心に、油彩画やドローイングを展示。ロウワーは、「モビールは構成を組み替えながらちょっとずつ変化していく絵画であり、スタビルは人が周りを回るとある面が消えたり現れたりする彫刻だ」とその違いを説明した。モビールやスタビルを、壁面に展示された絵画とぜひ見比べてほしい。

展示風景より、中央がスタビル《Sabot》1963年、上から吊るされているのがモビール《Guava》1955年

また、日本との結びつきもテーマのひとつ。カルダー自身が日本を訪れることはなかったが、ロウワーは「祖父の作品には、日本の伝統と共鳴する繊細さと優美さがあり、崇高で儚いものに対する深い敬意があります」と語る。例えば、ニューヨークの動物園で写生した初期のドローイングには、日本の禅画のような線による単純化が見出させると話す。また、1956年に日本で開催されたグループ展でカルダーが初めて出品した2点の油彩画がある。特にカルダーのスタジオを描いた《My Shop》に注目。絵の中に描かれたモビールや絵画の現物が、会場内に展示されているのでぜひ探してほしい。

ニューヨークの動物園で動物をスケッチした《Untitled》シリーズ 1925年

《Seven Black, Red and Blue》1947年(左)、《My Shop》1955年(右)

ニューヨークを拠点とする建築家・後藤ステファニーの会場デザインが、カルダーの魅力をより引き立てている。3:4:5の直角三角形の幾何学に基づいた設計で、日本建築の要素や、木や紙、漆喰など日本の伝統的な素材を採用。展覧会は、三角形の斜辺に言及する形で2つのパビリオンを中心に展開し、ギャラリー中央には茶室や能舞台を思わせる正方形の展示室を設けた。ホワイトキューブ(白壁に囲まれた展示室)を主とするギャラリーで、墨色に染めた和紙を用いた瓦屋根を思わせる空間は挑戦的だ。

展示風景より

また、カルダー作品には素材との対話が見てとれる。例えば、ピッチフォークの歯や貝殻などを吊るしたモビール作品は、ニューヨークの農場跡にアトリエを構えた際に、農家が土の中に埋めたゴミを拾い出して活かしたものだ。偶然性を取り入れ、美とは何か、固定観念を変えるような作品である。

《Tines》1943年(上)、《Black Spot on Gimbals》1942年(下)

その翌1950年に撮影された映像では、海の近くのアトリエで自然の息吹にインスピレーションを得ながら制作するカルダーの姿が見られる。若きジョン・ケージが音楽を担当している。この映像作品では、少年がカルダーの不思議な館を訪れるのだが、この展覧会も旅をするように楽しめる。モビールは、見えない空気の流れを目に見えるものにしている。筆者には、それは現実と想像の波間を漕ぐオールのようにも思われた。これまで国立国際美術館や名古屋市美術館など、多くの美術館で目にしてきたカルダーの新たな見方を示す展覧会だ。

《Worls of Calder》 1950年
Produced by New World Film Productions for the Museum of Modern Art, New York.
16mm, color, sound (English); 20 min.
Directed and cinematography by Herbert Matter
Produced and narrated by Burgess Meredith
Music by John Cage

All works by Alexander Calder
All photos courtesy of Calder Foundation, New York / Art Resource, New York
© 2024 Calder Foundation, New York / Artists Rights Society (ARS), New York

取材・文・撮影:白坂由里

<開催概要>
『カルダー:そよぐ、感じる、日本』
2024年5月30日(木)~9月6日(金)、麻布台ヒルズ ギャラリーにて開催

公式サイト:
https://www.azabudai-hills.com/azabudaihillsgallery/sp/calder-ex/

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