《あえて物議を醸す?》トレンド世界1位連発『海のはじまり』が最終話までバズり続けた本当の理由

フジテレビ月9ドラマ『海のはじまり』(公式HPより)

 目黒蓮主演のフジテレビ月9ドラマ『海のはじまり』が23日に最終回を迎える。感動の声がある一方で、元恋人の死や認知、中絶などを描く内容から「重くて暗い」などの否定的な声もあがった。それでもトレンド世界1位を連発するなど話題性は抜群だった。その背景について、コラムニストでテレビ解説者の木村隆志さんが解説する。 

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『海のはじまり』(フジテレビ系)は、毎週のようにXのトレンド世界1位を獲得したほか、TVerの配信再生数は夏ドラマで断トツ。お気に入り登録数も他作の2~5倍となる約200万を記録するなど、圧倒的な話題性をキープしたまま、23日の最終話を迎えます。 

 同作は放送前から、プロデュース・村瀬健、脚本・生方美久、演出・風間太樹、音楽・得田真裕の“『silent』チーム”が再集結することで注目を集めていました。スタート後も親子と血縁、出産と中絶という繊細なテーマ、近年では異例の全12話と特別編の放送。さらに主演・目黒蓮さんの体調不良による一時活動休止もありました。 

 ただ、話題性が高かった一方で、第1話放送中から「ありえない」「重すぎる」「ホラー」などの否定的な声があがり続けていたのも事実。なぜそのような声もあがりながらも最終話まで話題性をキープできたのでしょうか。 

「あえて物議を醸す」鋭いセリフ 

 ネット上の話題性につながった最大の立役者は脚本を手がけた生方さんで間違いないでしょう。当作に限らず、連ドラデビュー作の『silent』、2作目の『いちばんすきな花』でも、ネット記事やSNSのコメントが量産されるなど、記者や視聴者が書きたくなるような物語を手がけています。 

 特に今作で記事やコメントの量産につながったのは、物議を醸すように放たれる鋭いセリフ。これまでを振り返る意味も含め、下記に主なものをあげてみましょう。 

 主人公・月岡夏(目黒蓮)の元恋人・南雲水季(古川琴音)の「夏くんは堕ろすことも産むこともできないんだよ」「大丈夫だって。責任感じないでよ。夏くんまだ親じゃないんだから」 

 水季の母・朱音(大竹しのぶ)の「妊娠も出産もしないで父親になれちゃうんだから」「彼女さんが一番巻き込み事故って感じよね」「あの子、『私、お母さんやれます』って顔してた」「さわらないで。家族でやるから大丈夫です」 

 水季の同僚・津野晴明(池松壮亮)の「弱いもんですよ。そばにいただけの他人なんて」「南雲さんいたときもいないときもお前いなかったもんな」 

 さらに夏の「『ずっと自分が殺したんだ』って思ってたから」、夏と水季の子・南雲海(泉谷星奈)の「しゃべれないよ、骨だもん。骨になったら痛くない?」などのセリフもあり、そのたびにSNSのコメントが増え、ネット記事がアップされました。 

 これまで生方さんが手がけた『silent』『いちばんすきな花』は、厳しい状況にあっても主要人物のほとんどが“普通のいい人”。感情的になるシーンは少なく、穏やかなムードの作品でした。 

一方、『海のはじまり』も主要人物のほとんどが“普通のいい人”ではあるものの、時に前述した不信、嘆き、怒り、憎みなどの強い負の感情を漏らすセリフがあり、不穏さを漂わせています。 

モノローグを避けたことも話題性に 

 これらの鋭いセリフや強い負の感情は、生方さんが親子と血縁、出産・中絶というテーマを扱うにあたって、人間の優しさや強さだけでなく、冷たさや弱さも描くことで本質に迫ろうとしたからでしょう。 

 もう1つ脚本で特筆すべきは、これまで多用していたモノローグ(独白)を使っていないこと。これは前述した「時折放たれる鋭いセリフを際立たせる」とともに、「登場人物の感情を伝えすぎないことで視聴者に考えてもらう余白と余韻を作る」という効果があります。 

 その余白と余韻がネット上で語りたくなることにつながり、反響の大きさにつながりました。特に2010年代以降のドラマは、視聴の途中離脱による視聴率低下を避けるために、「シーンを次々に変え、カット数を小刻みに増やし、早口のセリフを詰め込み、大きな展開で見せていく」という脚本・演出の作品が主流。「余白と余韻は省かれ、説明ゼリフ、モノローグ、ナレーションが多用される」など、感情の描写を軽視する傾向が続いているため、生方さんの脚本に反響があるのは当然かもしれません。 

 また、そんな生方さんの脚本を演出と音楽がサポートしていたことも話題性につながった理由の1つ。その美しい映像と音楽は鋭いセリフをやわらげ、視聴者に心地よい余白と余韻を感じさせています。 

 さらに俳優たちの熱演も当作の話題性を支えてきたポイントの1つ。なかでも大竹しのぶさん、池松壮亮さん、古川琴音さんの3人は前述したシビアなセリフを引き受け、「いい人なのに人間の冷たさや弱さがにじみ出る人物」を演じ続けています。 

名優の熱演を一手に受ける目黒蓮 

「主演の目黒蓮さんがそんな3人によるシビアさを一手に受ける」という図式の設定も話題性アップにつながりました。 

それぞれ大竹さんが67歳、池松さんが34歳、古川さんが27歳と異なる世代ながら高い評価を受ける俳優と向き合うことで目黒さんが役に入り込み、最終話目前で「夏がかわいそう」という視聴者の感情移入がピークに達した感があります。 

 ただ、第1話の段階から「水季が勝手すぎる」「勝手に産んで夏に押し付けた」という感覚が続いている人は共感しづらい作品なのでしょう。水季の行動を「ありえない」と断罪するのか。それとも「人間だからないとは言い切れない」と事情を汲もうとするのか。そんな自分の心理傾向をはかる作品なのかもしれません。 

 また、「ドラマの余白と余韻を『不要』「無駄」と感じる」「登場人物に思いをはせることが好きではない」など展開重視で見たい人は楽しめないところもありそうです。しかし、それでもけっきょく見てネット上の不満の声を書き込んでしまう……中毒性があるのも確かでしょう。 

 いずれにしても制作サイドは、親子と血縁、出産と中絶というテーマの善悪、可否、優劣などを描こうとはしていません。それぞれの考え方や事情があることを提示した上で、登場人物の選択を描こうとしていますし、最終話では主人公の夏を筆頭に海、朱音、津野、百瀬弥生(有村架純)らの自分らしい生き方が見られるのではないでしょうか。 

【木村隆志】 

コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者。雑誌やウェブに月30本前後のコラムを提供するほか、『週刊フジテレビ批評』『どーも、NHK』などの批評番組に出演し、番組への情報提供も行っている。タレント専門インタビュアーや人間関係コンサルタントとしても活動。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』『話しかけなくていい!会話術』など。 

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