片岡安祐美、24歳監督就任で敵チームから心無いヤジ「何も知らない小娘が!」

『しくじり先生 俺みたいになるな!!』より

 過去に大きな失敗をやらかした“しくじり先生”たちが自らのしくじった経験をさらけ出し、人生の教訓を伝授してくれる反面教師バラエティ『しくじり先生 俺みたいになるな!!』。1日の配信回では、MLBでも活躍した元プロ野球選手・マック鈴木による授業の後編を放送した。

 前回はヤンチャでしくじり日本から追放され、アメリカでどん底生活に耐えながらもチャンスを掴み取るまでを赤裸々に語ったマック先生。今回は、選手として歩み出したマック先生を待ち受けていた苦悩や日本でプロ野球を経験していないが故に犯してしまったしくじりについて授業を行った。

 渡米1年目でメジャー傘下の1Aチーム、サンバラディーノ・スピリッツへ入団し、球団職員からマイナーリーグの選手として本格的に野球生活をスタートさせた先生だったが、いざマウンドに立つと「ヤジとブーイングの嵐」だった明かし、「アジア人選手がほとんどいない時代」「日本人の野球選手なんて
アメリカで通用するわけないと思われていた」と振り返った。そんな中、生徒役で出演した茨城ゴールデンゴールズの監督でタレントの片岡安祐美が自身の体験を明かす場面も。24歳の若さで監督に就任した片岡は「『何も知らない小娘が!』とか。対戦相手の監督やスタッフから『お前みたいなヤツが監督やってるから!』とかと言われことはありました」と告白。片岡の体験に、教室では「まだそんなヤツいる?」と驚きの声が上がった。

 マイナーリーグで成績を残した結果、シアトル・マリナーズと契約を結んだマック先生。渡米3年目の1994年、春季キャンプに向かったマック先生のもとには日本からのマスコミ100人が集結したが、周囲の期待とは裏腹にキャンプ初日に肩を痛め、開幕メジャーは叶わずという結果に。さらに肩の痛みを隠して投げ続けた結果球速がどんどん下がり、球団の評価もだだ下がり、1年間活躍できないまま渡米4年目となる1995年には「内視鏡手術を受け、シーズンの前半を棒に振る」というしくじり状態だったと打ち明けた。このとき受けた内視鏡手術について、マック先生は「英語もわからなかったし、説明されたことも意味がわからなかったので、今でも何の手術をしたのかわからない」と明かし、
「手術で『お任せです』みたいなことある?」と生徒たちを驚がくさせた。

 マック鈴木が出演した『しくじり先生 俺みたいになるな!!』は1週間無料配信中。

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