今回の新刊で3冊目。ハライチ岩井勇気が語る「思考を整理するためにエッセイを書く」

お昼の帯番組『ぽかぽか』(フジテレビ系)をはじめ、多くのレギュラー番組やラジオ番組で活躍中の人気お笑いコンビ・ハライチの岩井勇気。そんな彼が、三冊目の著書となるエッセイ『この平坦な道を僕はまっすぐ歩けない』(新潮社)を上梓した。

ニュースクランチ編集部は、岩井にエッセイ執筆の経緯や、執筆で意識していること、一般論に流されない価値観の原点、今後やってみたいことなどを聞いた。

▲岩井勇気(ハライチ)【WANI BOOKS-“NewsCrunch”-INTERVIEW】

言語化できない感情をエッセイにしたためる

――今作で3作目となります。出版が決まったときはどういった心境でしたか。

岩井:三部作と言われていたので「書き切ったな」って思いました。

――新潮社さんから「もっとお願いします」と言われたり…?

岩井:言われてないですよ。(担当に向かって)三部作って言ってましたもんね。

担当者:でも終わってはいないです!

岩井:いつもしれっと始めさせてくるんですよね(笑)。

――岩井さんのことを新潮社さんが離すはずないと思います(笑)。

岩井: でも、エッセイはもういいかなって。

――連載がはじまる前、各所からオファーされませんでしたか?

岩井:いや、なかったですよ。最初にオファーをくださったんで、新潮社さんで書いてるんです。

――え、そうなんですか!?

岩井:正直、本を読まないですし、どの出版社がいいのかとかわからないんですよね。だから一番最初に声をかけるって大事なんじゃないかな。

――胸に留めておきます。日々忙しく活動されてると思いますが、執筆は順調に進みましたか?

岩井:締め切りは守ってましたよね。

担当者:(頷く)

――岩井さんらしい感じがします。

岩井:でも例えば、OO日締め切りですって言われたら、“じゃあ日付が変わる0時ギリギリに送ったところで、もう担当の方は会社にはいないだろうから、次の日の朝とかに送ればいいかな”とか。厳密に守っているわけじゃないんですけどね。

――そこもすごく岩井さんらしいというか、特に書くのが大変だった作品はありますか。

岩井:(きっぱりと)ないですね。書き始めればどれも一緒です。

――TBSラジオ『ハライチのターン!』が好きで毎週聞いてるんですが、ラジオを聞いていると分かる岩井さんらしさがこの本にも詰まっている気がしました。

岩井:ありがとうございます。ラジオを聞いてくださってる方は僕がどういう人間かって分かって取材に来てくださるので助かるんですよね。時折イメージだけで「陰キャの星」みたいな切り口で来られる方がいるんですけど、実際に話をすると全然違うって分かって、がっかりした顔をされるんです。“いや、そっちが勝手にそう思っただけじゃん!”って思うんです(笑)。

――ラジオ聞いてるとそうじゃないのは分かりますもんね。ラジオでトークとして話すものと、エッセイとして書くものはどのように分けているんですか?

岩井:ノリで話しているものや、相方のツッコミありきのものはエッセイでは書けないですね。あとは、共感できないものやボケすぎているものも書かない。だから、あるあるが入っていたり、みんながふわっと思っているけど、言語化できていなかったりするネタを、エッセイには書くようにしています。

――たしかに、読んだ時に「あ~わかる!」と共感するものが多かったです。

岩井:ただのあるあるではなくて、「明確には思っていなかったけど、言われてみればたしかに!」となるものを書くように意識していましたね。それが1つあれば、エッセイは1本成立すると思ってるんです。

「ハライチの岩井」を前提にせず書いた

――発売イベントで島崎和歌子さんにご自身のエッセイを渡した、というお話がありましたが、それ以外に誰か身近な方で渡しましたか?

岩井:爆笑問題さんにはお渡ししましたね。でもそれくらいかな…?

――相方の澤部さんには?

岩井:渡してないです。あいつは読まないんで(笑)。

――(笑)。たしかに『ハライチのターン!』でも、エッセイ出版は素晴らしいことなのに、澤部さんは岩井さんをいじっている感じが出てましたね、タイトルも『平坦道僕(へいたんみちぼく)』って勝手に略してましたし(笑)。

岩井:(笑)。でも実は読んでくれたら嬉しいけど、「絶対みんなに読んでほしい!」とは思ってないんです。それよりも、書き溜めたものを1冊の本にして世に出せたことに対して、スッキリした! という感情のほうが強い。もともと思考を整理するのが好きなんですよ。なので、本にするにあたって、自分が読み返しても気に入るように、細かく全部書き直しました。

――具体的にはどういったところを?

岩井:「はじめに」と「おわりに」は最後まで書き直しました。あとは、すらすら読めないところは直しましたし、語尾にもこだわりました。

――編集担当の方が「ここを直したほうがいい」ってアドバイスすることもあるんですか?

岩井:いやー、ないっすね。以前、読み切りのエッセイを書いた時に「あからさまにボケなくていいですよ」って言われたくらいで、それ以降はほとんど言われないです。文章を書いてきた人間ではないので、ずっと不安なんですけどね(笑)。「これで合ってんのかな?」と思いながら書いてます。

――直されてないのはびっくりですね。岩井さんは岩井さんなりのルールやこだわりみたいなものをお持ちな気がしたんですが、エッセイを書くときに意識していることってありますか?

岩井: 「ハライチの岩井勇気」を前提にせず、俺のことを知らなくても読めるようには意識しました。芸能人の方が書くエッセイはよくありますけど、その方々にならって「ご存じ」って書き方をしてしまうと、「誰なんだよ」「お前のこと、文学界では誰も知らないよ」って声が聞こえてきそうで(笑)。

――たしかに、固有名詞があまり使われていませんでしたね。

岩井:そうなんです。仲の良い芸人ですら、名前を出して書いていないですから。

キレるよりも人のことを見下すほうがストレス

――特に「『許す』をテーマに生活してみたら」の話、とても面白かったんです。世渡り上手な人に憧れるけど、細かいことでも気になってしまいモヤモヤする方も多いと思います。とはいえ、最後にあったようにちゃんと怒るようにする、まではいけない……

岩井:そういう性分なんですよね。見下している人から何を言われても怒らないじゃないですか。嫌なことやモヤモヤが残ることを言われても許せるのは、相手をかなりナメてるパターンです。俺は子ども相手にもおかしいと思うことは「おかしいだろ?」ってちゃんと叱ります。子ども扱いしないし、大目に見ない。でも、そのほうが絶対に良いと思うんです。俺自身、子ども扱いをされないほうが嬉しかったので。

――どんな人とも常に対等であろうと間違ったことをちゃんと指摘することは、結構ストレスがかかる行為だと思うんですけど……。

岩井:自分のなかでストレスを天秤にかけていますね。キレるよりも、大目に見ることで「この人のことを見下してるな」って思うほうがストレスなんです。対等に向き合って、それで腹立つほうがストレスはないです。

――すごい思考術ですね、昔からずっとそうなんですか?

岩井:集団に流されない傾向は小さい頃からあったと思います。自分は覚えてなかったんですけど、小学校の授業参観でAかBを選ぶ問題が出て、みんながAを選ぶなか、俺は「これはBだろう」と思って、Bに手を挙げたんです。Bを選んだのは俺一人だったんですが、結局Bが正解だったんですよ。見に来ていた母親はその時に「この子は一人でも怖くないんだ」と思ったと、あとあと聞かされました。

――マイノリティであることが怖くないんですね。

岩井:怖くないです。一人でいるより、自分が思ったことを選択しないストレスのほうが大きいです。まあ、親もヤンキーだったし(笑)、その血筋を引いてて、度胸があるんだと思います。

――今のお話を聞いて思い出したのですが、自分の中で一番しびれたのが2009年にハライチが初めてM-1決勝に出場した際の「来る途中で子犬が車にひかれてて……」っていうツカミです。緊張感が溢れる会場でみんなが面白いことを期待しているなか自分の好きなツカミをしたのがかっこいいと思って。

岩井:あ~、あれは、もともとライブでやってたツカミなんですよね。作ったのは俺ですけど、「決勝はあれじゃないほうがいいよな……」と思って澤部に相談したら「やったほうがいい!」と言ってきて。そこまで言うなら、と実際やったら、「かわいそう……」とか「あそこだけ引きました」とかいろいろ言われました(笑)。

俺がいきなり勝手に話しだした感じで見せてますけど、実はやったほうがいいって言ったの、澤部だからね!って未だに思います。というか正直、こういう時に澤部に意見を聞いて良かった試しがないんですよ。だからここぞという時には自分を信じたほうが絶対にいいなと気付いた出来事として心に残ってます。

▲「澤部に意見を聞いて良かった試しがない」

感情を保存するために言語化してセーブする

――趣味の話で出てきたインラインスケートは現在も続いていますか?

岩井:やってます。倉庫みたいなところで練習するんですけど、室内の温度が危険なくらい上がってしまうので夏はやってないですけどね。普段は人と一緒に練習することが多いです。

――一人で黙々とやってらっしゃるのかと思いました。

岩井:基本的に誰かに見てもらいながら練習してます。スケーターのノリが心地いいんですよね。俺は意外とインドアじゃないですし、友達も多い。

――でも、そう見られないことが多い…?

岩井:そうですね(笑)。さっきも言ったんですけど、ラジオを聞いている方だとわかってくれるんですけど、たまに俺のことを知らない陰気な人がシンパシーを感じて、寄ってきてくれるんです。でも、話すとなんか違ったって思われるみたいで(笑)、勝手に去っていく。

こういったインタビューでも「こういうことあるんですけど、岩井さんもそうじゃないですか?」と聞かれたことと真逆なこともよくあるんです。自分でいうのもあれですけど、学生時代もめちゃくちゃ一軍でしたからね(笑)。

――普段はボケの岩井さんがエッセイではツッコミを入れているのが面白かったです。普段から脳内ではツッコんでいるんでしょうか?

岩井:ボケるなって言われたので、ツッコミを入れてます。普段ツッコミではないので、瞬発力はないんですけど、文章だったら熟考できるので。日常生活を送っているなかで残った違和感を、そのままにしておくとストレスなので整理したいんです。

―― そういった意味では、エッセイというアウトプットの方法があってよかったと思ったり…?

岩井:エッセイがなくても、思考を整理したり、なんでだろうって考え直したりすることが多いですね。感情は保存できないから、言語化してセーブする。言語化しておけば、その時の感情を呼び起こせます。

たとえば、先輩に嫌なことされて腹立った時には、どんなところが嫌だったかを考えておくと、風化しないんです。時間が経てば怒りを忘れてしまいますが、俺は忘れないために言語化する。ちゃんと言語化しておけば、思い出したときに同じ温度でまた腹立つことができるんです。感情を保存するためにも、言語化してセーブするのが大事かもしれませんね。

▲感情は保存できないから、言語化してセーブしています。

――では最後に、プライベートでやってみたいことはありますか?

岩井:なんだろう……。もう結構いろんなことをやってきたんですが、……包丁を研げるようになりたいんです。

――包丁!?

岩井:料理をすることが多いので牛刀を持ってたんですけど、パキッて割っちゃったんですよね。なので新しく購入したんです。以前のものはステンレス製だったんですけど、今回のは鋼にしたら錆びるんですよね。錆を取らなきゃいけないし、綺麗に研げるようになりたい。でも、いまも研いでますが、まだ買ったばかりの切れ味抜群の牛刀なので、ちゃんと研げているのかはわからないんです(笑)。

(取材:吉田 真琴​)


ジャンルで探す