『ホームレス中学生』麒麟・田村が語る「最高の人生を自分でつくる生き方」

2007年に発売されると瞬く間に225万部を売り上げ、一大旋風を巻き起こした麒麟・田村裕の自伝『ホームレス中学生』。今回、川崎市立上丸子小学校において、“社会の中でなりたい自分になるために大切なこと”をテーマに、田村本人による「特別授業」が行なわれた。

ベストセラー作家・田村裕が伝えたかったこと

特別授業が行われた体育館に集まったのは、同小学校に通う6年生158名。日本の歴代ベストセラー・トップ30にも入っている『ホームレス中学生』だが、刊行されたのは16年前のことで電子書籍では今年11月から読めるようになったばかり、児童たちは本のことも、著者の田村のことも知らない世代である。

田村自身もそのことを踏まえて、最初に「僕は芸人ですが、僕のことをテレビで見たことがあるという人は、なかなかレアな経験してますよ。相方の川島(明)くんはよく出てるんですけど」という自虐的な自己紹介で会場を笑いに包んだ。

▲壇上からではなく児童たちと同じ目線で語りかける姿が印象的

授業は「夢」に関する講話からスタート。「塾の先生になりたい」「ヘアメイクアップ・アーティストになりたい」など、将来に対して具体的な希望を持ち始めた年頃の児童たちに、田村は「お金」と「幸せ」の関係を解説する。「お金持ちになるのは難しい。でも幸せは、今ここにいる全員がなれます」と言いながら、そのためにまず普段使っている「言葉」を良くすることが大切だと話した。

「なんにでも『ありがとう』と感謝できる心を持って幸せな言葉を使うと、気持ちが上向きになって人生が上向きになります。反対に、汚い言葉やイヤな言葉を発し続けていると気持ちが下向きになって、人生も下向きになっていきます」

言葉は気持ちに直結しているので、ポジティブな言葉を使うとポジティブな気持ちになり、それが自分が「幸せ」だと感じる心につながるという考え方だ。

「たとえば『うれしい、誕生日プレゼントありがとう』と言ったら、人生は上を向きます。逆に『ゲームが欲しかったのに、分厚い辞書を買ってきた。いらない』と言ったら下に向きます。

たとえば、お父さんかお母さんががんばって朝食をつくってくれたときに『美味しい。今日も早起きしてくれてありがとう!』と言えば上を向きます。逆に『美味しくない。外で買ってきて。親ガチャはずれやわ』と言えば下を向きます。どんどん上に行くのか、下に行くのか――それがあなたの言葉で決まります。

何事もプラスになると考えられる人が幸せになる。幸せに生きてる人は、自分の周りの人も幸せにしていきます。そして、お金は幸せの先にある。だからお金持ちになりたい人も、まずは自分が幸せになることを目指してください。幸せは自分でつくれます。最高の人生は自分でつくるんですよ」

最愛の母との別れで生きる希望を失う田村を救った手紙

田村のスーパーポジティブな考え方、そして力強い言葉をまっすぐに受け止め、しきりに頷く児童たち。しかし、そう語る田村も最初から今のような考え方が身に付いていたわけではないという。さまざまな人と関わり、いろいろな出来事を経験するなかで成長していった。「みんなと同じくらいの年齢のときに経験したことを話します」と言って、自身の少年時代の壮絶なエピソードを話し始めた。

いわく、中学2年生のときに父から発せられた「解散」宣言によって一家は離散し、中学生ながら一人で暮らさなくてはいけなくなったこと、家がなくなったので公園に住むようになったこと、高校の頃は給食費が払えなかったので給食が食べられず水をたくさん飲んで空腹をしのいでいたこと……。

どれも『ホームレス中学生』に書いてあるお馴染みのエピソードなのだが、それを知らない児童たちは田村少年の悲惨な経験を聞くたびに「えーっ!」と声を上げたり、「かわいそう……」とつぶやいたりしてヴィヴィッドな反応を見せていた。

田村の父が子どもたちを置いて失踪したことに対して「無責任だと思います」と率直な意見をしてくれる児童もいたが、田村は落ち着いて「きちんと意見をありがとう。そうですよね。でも大人の人がそんなにも無責任な行動を取るぐらいピンチだったんだと思います。僕たちきょうだいが、もっと観察力があって人の気持ちを察する能力があれば、みんなで協力して、もっとできることはあったはず」と父親を責めずに、むしろそうした行動をせざるを得なかった背景について思いを馳せる場面もあった。

また、田村は小学校5年生のときに最愛の母を失っており、高校時代はその失望感から生きる意欲を完全に失っていたという。これらの話は冷静に考えると、かなり悲惨なはずなのだが、彼はどんな逆境に置かれても人を恨まず、他者に助けられ支えられながら、ひたむきに自分で自分の人生の舵を良い方向に切ってきた。

高校時代、ある先生からもらった手紙に「今からでもお母さんのためにできる親孝行がある。それはあなたが人生を楽しんで一生懸命に生きること」と書かれていたことで“生きたい”と強く願うようになったと語る。彼の経験によって培われた人間力は、来年から中学生になる児童たちにも感銘を与えたことと思う。

▲本当の授業さながらに田村は黒板を使いながら語りかけた

大谷翔平が世界で活躍するために勉強にも勤しんだ

ほとんどが『ホームレス中学生』のことを知らない児童たちだけれど、これをきっかけに興味を持って田村の本を読み、今日聞いた話を思い出したら「そんなつらいことがあった人が、こんなに前向きなことを言うんだ。そんな大変なことを経験しても、こんなに人に優しくなれるんだ」と感じることだろう。その気持ちは、児童たちがこれから長い人生を歩んでいくうえで大きな糧になることに違いない。

授業の終盤、田村は「なぜ勉強しないといけないの?」という小学生が抱く永遠の疑問についても自論を語った。彼が考える「勉強」とは「自分のもっている才能が見つかったときに、それを存分に開花させる手段」だそう。

田村はメジャーリーグで活躍する大谷翔平選手を例に挙げながら、「大谷くんは野球の才能があるだけじゃなく勉強も一生懸命やっていた。人の気持ちを推し量ることも上手だった。つまり、彼がこれまで頑張ってやってきたことはすべて、彼が野球をやる際、他の選手よりも秀でることに役立っている。それは勉強をしたからこそ身に付いたもの」と説いた。

勉強は一朝一夕では身に付かないものなので、自分にどんな才能があるかわからないうちから始めておかないといけないというわけだ。大谷選手とバスケを一緒にやったことがあるという田村の発言から、その考えが児童たちにも伝わったようで、ずっとメモを取り続ける姿が印象に残った。

しかし、自分の才能を見極めるのはとても難しい。田村自身も有能なお笑い芸人に囲まれて過ごすなかで、“自分には才能がない”と思って悩んだことがあったそう。

しかし「周りに『才能がないことが、おまえの才能なんだよ』と言ってくれる人がいて、自分の役割に気がついたんです。だから、みんなも自分の才能を自分だけで決めないようにしてください。好きなものを見つけて好きな世界に飛び込んだときに、誰かがあなたをしっかり見ててくれます」と熱く語った。

自分の経験をもとにして語る田村の話は“実感”を伴っているだけに、大人には頷けるところが大いにあった。ここにいる児童たちは、まだ大きな壁にはぶつかっていないかもしれけれど、いつかこの話を思い出したら心の寄りどころになると思うし、最初から最後まで真剣に田村先生の授業に耳を傾けていた彼ら彼女らが、自分たちの夢を叶えることを願ってやまない。

空き缶を拾った田村の姿を見ている人は本当にいた!

授業の終盤は質疑応答の時間、児童から「座右の銘は?」という質問が飛ぶと「気持ちを柔らかく持つ」と回答。その心を「硬いものと硬いものがぶつかったら、どっちかが壊れたり傷ついたりするけど、柔らかい気持ちで相手の言ったことを受けとめると衝突が生まれない。

今日も(上丸子小学校に)来るとき、電車のなかで空き缶を拾ったんですけど、硬い缶を僕が柔らかい心で受け止めたら、周りの人が『あれ気になるな』『イヤやな』って気持ちがなくなるやんか」と言ってニッコリ微笑んだ。

終始和やかで温かい雰囲気で進んでいった特別授業。最初は田村のことを知らなかった児童たちも、優しい言葉で丁寧に語りかける彼の話に、ぐいぐいと引きつけられ魅了された様子で、授業終了後には田村を取り囲んで盛大なハイタッチ会が自然発生した。

すべてが終わって控室に戻った田村は「みんなキラキラしてて楽しかったなぁ」と振り返りながら、「自分の経験を話すことで、みんなの夢を応援したい」と、これからも子どもたちに授業を行なっていくことへの意欲を見せていた。

ちなみに田村が電車で空き缶を拾った話、偶然に車内に居合わせた乗客がX(旧Twitter)で「麒麟の田村さんに電車で遭遇したのだが、足元に転がってきた空き缶を拾ってカバンの中に入れてた!良い人すぎんか?」と書き込んでおり、まさに「誰かがあなたをしっかり見ててくれます」という田村自身の言葉が証明された。周りの人を幸せにするという芸人らしいオチをつけたのはさすがである。

▲児童たちからの質問は予定時間がオーバーしても途切れることなかった

(取材:美馬亜貴子)

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