岸谷五朗『光る君へ』で初めて長生き。立派な娘を生きて見守れる嬉しさ。出家は、メイクして1時間18分で坊主に

吉高由里子さん、岸谷五朗さん(大河ドラマ『光る君へ』)

写真提供◎NHK 以下同
大河ドラマ『光る君へ』は、吉高由里子さんが演じる主人公の「まひろ/紫式部」を通して、平安時代の貴族の世界、権力を握ることの意味を描くだけでなく、親と子の関係も浮き彫りにしている。
岸谷五朗さんは、まひろの父親・藤原為時として、複雑な親子の関係を見せている。和歌や漢籍に通じた為時は自分が願ったわけでもないのに、まひろに文学の才能を開花させ、その結果、歴史に残る『源氏物語』が生まれた。自分を越えていく優れた娘をもった父親の心境とは、どんなものなのだろうか?
クランクアップ直前の撮影の合間にインタビューに応じた岸谷さんは、頭に被った綺麗な柄の手ぬぐいをとると坊主頭だった。余生を過ごそうとする為時は、出家していた!
(構成◎しろぼしマーサ 写真提供◎NHK)

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【写真】為時の出家姿は…

「お前がおなごであってよかった」にしびれた

━━出家した藤原為時を演じるために、頭髪を剃ったのですか!?

髪を剃って坊主頭にしたように見えるでしょう。いまの技術はすごいですよ。私の頭の形をスキャンニングして、3D(三次元)プリンターで出力し、坊主の鬘(かつら)ができる。メイクをして1時間18分で坊主になれました。昔は頭の形を石膏に取って鬘(かつら)を作りました。仕上げに4時間から5時間かかりましたよ。

━━大河ドラマ出演は4回目ですね。『琉球の風』(1993年)は徳川秀忠、『江~姫たちの戦国~』(2011年)は豊臣秀吉、『青天を衝け』(2021年)では井伊直弼を演じられました。今回の『光る君へ』で主人公の父親を演じるというのはどういう感じでしたか。

これまでの大河ドラマでの役柄は、私の周りの人がバタバタと亡くなり、それから私の死でクランクアップしていました。ところが『光る君へ』では、私は長生きです。実在の藤原為時も長生きだったそうです。

まひろの成長とともに、まひろへの父親の影響は薄くなっていきます。『源氏物語』の作者として注目されるようになり、さらに父親の存在が薄くなる。娘に影響をおよぼすような父親でなくなっても、「可愛いまひろ」という思いは同じで、生きて見守れるというのは、これまでの役とは全く違っていました。

━━ドラマの前半では、為時はまひろに「お前がおのこであったらよかった」と言っていました。第32回では、まひろの物語を書く才能が認められ、中宮に仕えることになり、「お前がおなごであってよかった」と、為時の心境が変わりましたが。

自分でも「お前がおなごであってよかった」と台詞を言って、しびれました。まひろと親子の関係でいられること、生まれてくれてありがとう、生きていてくれてありがとう、という感謝の気持ちで一杯になりました。

親のわがままを通そうとする時、子どもはそこから外れていく。その外れた時に彼女の生き方とリンクしていく。「男であればよかった」が「女であってよかった」となる脚本をお書きになった大石静先生はすごいと思いました。

まひろは「完全なる父親越え」

━━まひろが学問の面白さを知ってしまい、女性として別の幸せがあるのではないかと為時は思ったと思います。

たとえば、オリンピックの選手を育てた親がいるとして、その道を選んで良かったのか?と思う時があると思います。その途中で怪我をして終わるという選手もいます。為時はまひろに文学の才能を目覚めさせたという責務が付いて回る。平安時代なら、学問も才能もなく、妻となり、普通の女性の世界にいた方がよいと思うこともあったでしょう。『源氏物語』のような大作を書くとは思わずにね。

まひろは「学問で不幸になったことはございません」と言います。為時が何かひとつ教えると、まひろはどんどん吸収し、文学の中でその才能を発揮していく。まひろの想像力の花が開いていく。為時にはできないことで、まひろは「完全なる父親越え」ですね。

為時は、これで良かったと天国で思っていると思いますよ。娘は1000年以上も読まれてきた物語の作者なのですから。

━━為時はどんな気持ちで『源氏物語』を読んだと思いますか。

子どもには出世して欲しい、大きな存在になって欲しいというのが親心です。『源氏物語』が評判になるのは嬉しいですが、こういうことを書けるということは、娘がそういう内面を持っていて、そういう経験をしているのだろうと思う。まひろが内裏に上がる若い頃に大胆なことを書くと、娘がそんな経験をしているのかと思い、父親としては読みたくなくなります。男女のことが物語にあるので、父親としてはドキドキして不安になりますよ。

それをじっくり読めるようになるのは、まひろの髪に白髪が混じるような頃で、のちのことじゃないですかね。父親が『源氏物語』を、「よくぞ書いた!」と両手ばなしで喜んで認められるのには、時間が助けてくれるのでしょうね。

━━『源氏物語』が評判になり、親子の関係は変化したと思いますか。

まひろがすごく遠くに行ってしまった感覚はありますね。下級貴族のために、床を歩くと足が汚れる貧しい為時邸に、内裏からまひろが帰って来た時は、手の届かないところに行ってしまったのだから、ただ応援するしかないと思った。

私は「この役は自分にできるか?」と、いつも考えています。為時の役をする時も、できる娘を持った父親の心境はどうだろうか?と考えました。娘を誇らしく思う気持ちがあっても、寂しさはあると思いました。そして、為時の妻のちやは(国仲涼子さん)が早くに亡くなっている(第1回で藤原道兼 〈演・玉置玲央さん〉に殺される)ので、妻が生きていたらお酒を飲みながら、夫婦でどんな話をしたのか?と想像してみました。

出来の悪い息子ほど可愛いもの

━━為時が、孫の賢子(南沙良さん)が藤原道長(柄本佑さん)の子どもだという出生の秘密を知ってしまった時、どう思ったのでしょうか。

『光る君へ』に出演するからには、現代に生きている自分を平安時代に置き直さなければいけませんでした。現代なら、賢子がまひろの夫の藤原宣孝(佐々木蔵之介さん)の子どもではなく、藤原道長の子どもだったなら、家の中がひっくり返るような出来事です。でも平安時代なら、それは一大事ではないのでしょうね。

為時も漢文の世界にどっぷりとつかって堅物でいるようで、妾のところに行ったりしている。

当時であれば、賢子が権力者の道長の子どもであるなら、為時にも少しずるいところが出て、有利に事を運んで、良い方向に持っていこうとするところが出ると思います。

━━第39回で為時は息子である惟規(高杉真宙さん)を亡くします。為時の腕の中で死んでしまう。惟規の辞世の歌は歴史に残っていますね。

為時の可哀そうなところは、親の後に子どもが死ぬという順番を守れなかったことです。歴史のうえでも為時は妻に若くして先立たれ、子どもにも先立たれ、その意味では、たいへんに気の毒な人だったと思います。

為時は越後に赴任するので、惟規は父親を送り届けるためについて行く。そのシーンは外の撮影で、為時と惟規は馬に乗り、お供の者たちは歩いている。

今年の夏はとても暑かった。さらに馬の上はより暑いのですよ。ずっとサウナに入っている感じでした。ドラマでは短いシーンなのですが、エキストラの人たちもスタッフの人たちも、惟規も私も猛烈な暑さで大変でした。

その後、越後の国守館に着いて、室内で為時に抱かれたまま惟規が亡くなる。惟規が初めて登場してからのシーンが、私の頭の中に浮かびました。出来の悪い息子ほど可愛いものです。とても大切なシーンだと思い、脳天気な可愛い息子が死んでいくのが、視聴者の方々にどう見えるのか?と考えました。

惟規は為時に支えられて歌を書いて死ぬのですが、最後の1文字だけが力がつきて書けなくて、為時が書いたという裏話まである重要なシーンでした。

━━吉高由里子さんと親子の役をやってみて、どうでしたか。

吉高さんのことは、同じ事務所(アミューズ)なので、可愛らしい後輩と思っていました。あいつはいいやつだと知っていましたが、共演は初めてでした。

第2回で、初めて吉高さんの目を見て芝居をして、彼女の役者力はこれだったのかと分かり、すごいと思いました。

大河ドラマは若い俳優もベテランの俳優も緊張するのです。ところが彼女はまわりの人たちを緊張させないのです。彼女の役者としての深さはそこあると思いました。

還暦は新たなスタートだと思っている

━━『光る君へ』は、大河ドラマでは初めて平安時代中期の貴族社会を舞台にしています。男性にとって烏帽子は重要で、どんな時もとらなかったと言われていますが、烏帽子とか所作とか、初めの頃は戸惑いがありましたか。

最初の頃は烏帽子が、上に上げた御簾にぶつかったりしていました。そのうちにかがむクセがついてきて、ぶつからなくなりましたよ。平安時代の所作が自然にできるようになったのです。撮影隊とスタッフも、最初は平安時代の建物に慣れなくて、セットにつまずいたりしていたのです。そのうち全員が平安時代に慣れてきました。

━━この夏はとても暑かったし、体力づくりが必要な一年だったと思いますが。

『地球ゴージャス』という劇団をやっていることもあり、日ごろから体は鍛えています。朝からの仕事がない時は、10kmをウォーキングからはじめてジョギングをしています。

『光る君へ』のために、日焼けをしないように注意していました。ジョギングの時には、顔には自転車に乗っている女性が被っているようなお面のようなもの(サンバイザー)をして、平安時代の装束から見える手には手袋をはめて、日焼けを防いでいました。

━━9月27日がお誕生日で還暦でになられましたね。

吉高さんに赤いチャンチャンコを着せられましたよ。(笑) 

為時は節目の時の役でした。還暦は新たなスタートだと思っています。今年やったことを考えて、今まで勉強してきたことを生かして、次の新しいことをやっていける気がしています。映画づくりとかしてみたいですね。

仕事と関係ないことでは、プリンを作ったり、マイブームのジンを自分で作ったりしてみたいです。

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