『団地のふたり』ヒットの理由は「共感」と「リアリティ」。主人公2人が55歳、築58年の団地の懐かしさ
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【写真】炬燵で寄り添うノエチ(小泉今日子)となっちゃん(小林聡美)
理想的な人間関係を描いた作品
主人公は2人。まず小泉今日子(58)が演じる太田野枝。あだ名はノエチで55歳。シングルで大学の非常勤講師をしているが、第9回に失職することが決まった。
もう1人は小林聡美(59)が扮する桜井奈津子。あだ名はなっちゃん。やはり55歳のシングルで売れないイラストレーターだ。2人は築58年の夕日野団地に住む幼なじみで、幼稚園時代から肉親のような関係が続いている。
人気の理由はまず観る側が共感しやすかったから。団地は多くの人にとって身近。住んでいる人、住んでいた人、同級生が暮らしていた人。団地と無縁の人のほうが少数派だろう。
団地と関わりのない人も近しく感じやすかった。濃厚な近所付き合いを描いたからである。それは相当数の人がかつて体験したり、経験中だったりするはずだ。
近所との濃い関係は時に不快な思いを伴うが、この作品はその描写が一切ない。登場する団地住民は善人ばかり。ちゃっかりしているが、心優しい高齢女性の佐久間絢子(由紀さおり)たちである。やはり高齢の東山徹生(ベンガル)は偏屈でうるさ型だが、自分なりに筋の通った生き方をしており、悪意の人ではない。
ノエチとなっちゃんもすこぶる好人物。この作品は魅力的な人たちと理想的な人間関係を描いているのである。だから観る側は夕日野団地に憧れる。ほかのヒットドラマと同じく、登場人物たちに心惹かれるから人気となった。団地を舞台にするだけでは支持が集まらない。
たとえば第8回、1人暮らし東山が熱中症によって住居内で倒れた。異変に気づき、ノエチとなっちゃんに急を報せたのは東山を大の苦手とする若い住民の鈴木沙耶香(田辺桃子)。その後、東山はノエチとなっちゃんによって病院へ緊急搬送された。見返りを一切求めない助け合いだった。現実には滅多にないことだろう。理想的な人間関係を表す一幕だった。
第1回でノエチとなっちゃんが佐久間から住居の網戸の張り替えを押し付けられた件もそう。当初の2人は面倒くさそうだったが、いざ作業が始まると、熱心に取り組んだ。佐久間も1人暮らしだから、放っておけないのである。2人はほかの高齢者住宅の網戸まで求めに応じて張り替えた。その分、高齢住民たちは2人をかわいがっている。
理想的な人間関係は観ていて気持ちがいい。実際の地域の結び付きは淡泊になる一方だから、なおさら心に響く。
幼なじみ物語
この作品はノエチとなっちゃんによる幼なじみ物語でもある。これも身近に感じさせる理由となった。幼なじみのいない人はまずいない。
もっとも、現実の幼なじみとの付き合いは大人になるに連れて途絶えてしまいがち。家庭を持ったり、仕事が忙しくなったりするからだ。
しかし、ノエチとなっちゃんは大学非常勤講師と売れないイラストレーターで、ともに自由になる時間が多く、加えて独身同士ということもあって、親密な関係が継続できた。今もお互いに夕日野団地内に住んでいることも大きい。もちろん、波長も合った。幼なじみとしての2人の関係も理想的だった。
夕食をなっちゃんの住居で毎夕のように共にしたり、そのまま映画を観たり、近所の釣り堀に行ったり、身の回りのことを何でも語り合ったり。観る側が惹かれるはずである。
第2回では夕日野団地内には2人のほかにも幼なじみがいたことが分かる。優しくて花が好きだった空ちゃんだ。3人は幼稚園のころから大の仲良しで、いつも一緒にいた。夕日野団地の敷地内でこっそり猫も飼った。
しかし、空ちゃんは小学校に入るころから体調を崩しがちとなる。ノエチとなっちゃんは病名を知らなかったが、小児がんだった。
ノエチとなっちゃんは入退院を繰り返す空ちゃんを励まそうと、3人で飼う猫を抱いてお見舞いに向う。しかし、病院内に猫を入れることは出来ない。2人が途方に暮れてから間もなく、空ちゃんは帰らぬ人になってしまった。
「泣いたね。こんなに泣けるのかと思うくらい泣いた」(ノエチ)
「泣いたね・・・」(なっちゃん)
同じような体験をした人もいるだろう。そうでなくても幼なじみは特別な存在だから、2人の切ない思いは伝わってきたはず。近年のドラマが幼なじみの存在にフォーカスを合わせることはほとんどないから、なおさら胸を突いたのではないか。
幼なじみ3人の思い出はなるべく直接的表現を避け、観る側の想像力に委ねられた。この演出により、視聴者側はまるで自分の身辺で過去に起きた話のように思えた。秀逸な演出だった。
2人が55歳だから成り立つ
ノエチとなっちゃんを高齢化率の高い地域に住む55歳にしたのも成功の理由である。55歳は世間の認識ではもう若くはない。だが、夕日野団地は1960年代に建てられ、世帯主は70代、80代ばかりだから、その中では若い。
この物語はそんなノエチとなっちゃんの立場をフルに活用し、状況に応じて2人を熟年者、若者と往き来させた。たとえば第5回、20代で2児の母親である沙耶香から夫・翔太(前田旺志郎)の浪費癖についての相談を持ち掛けられると、2人は熟年者の顔を見せた。人生経験と知恵を生かし、相談に答えた。その後も2人は熟年者らしく沙耶香の世話を焼く。
一方、同じ第5回の夕日野団地の夏祭りで2人は若者になる。カラオケ大会で住民の小学生女児・田川春菜(大井怜緒)たちと若者に人気の緑黄色社会による「キャラクター」を歌い、踊った。服装も派手だったが、顔をしかめた高齢住民は誰一人いなかった。高齢住民にとって2人は若いからである。観る側にも違和感を抱かせなかったのも2人を夕日野団地の住民にしたからだ。
2人が高齢化率の高い地域の人ではなかったり、45歳、あるいは65歳だったりしたら、この作品を成立させるのは難しかった。よく考えられた設定だった。
2人が55歳であることを鮮明に表すエピソードもあった。第2回、2人の小中学校の同級生・春日部靖(仲村トオル)が数十年ぶりに夕日野団地に戻って来た。母親の恵子(島かおり)も一緒だ。
2人は春日部との再会後、恵子とも会う。恵子は2人のことをよく覚えていた。だが、息子の春日部のことは忘れてしまっていた。認知症だ。
恵子は春日部を他人だと思っているから、2人を前にして「お茶を入れてくださる?」と頼む。恵子は春日部を良い人と評したが、「夜も泊まっていくのが、ちょっとね」と困惑顔で付け加えた。春日部は苦笑するばかりだった。
春日部は会社を早期定年退職し、恵子の介護に専念していた。恵子が自分を忘れたのは仕事人間だったせいだという反省の念もあったからだろう。
仕事より親の介護を選ぶ50代半ばの人は実際に少なくない。これくらいの世代になると、何が一番大切かと思うかは人によって随分と違ってくる。仕事上の成功を目指す人ばかりが目立つ30代、40代とは異なる。
ノエチとなっちゃんを55歳にしたから、春日部親子の話が自然に加えられた。この世代を主人公とするドラマもまた少ないから、心を動かされた人は多いのではないか。
大切なものとは何か
この作品の一番のテーマはなんだったのだろう。それは第8回から最終回まで描かれる夕日野団地の建て替え計画の中にあるはずだ。
夕日野団地は新築だった1960年代には羨望の的だったが、今や至るところ傷だらけ。エレベーターもなく、不便だ。このため、マンションへの建て替えが決まった。
佐久間はマンションには移らず、千葉に住む息子の家に転居することになった。悪い話ではないはずだが、佐久間は団地への未練が強く、涙ぐみながら、こう漏らす。
「私、好きだったのよね(この団地が)。だって、いろんな思い出があるもの」
家族や近隣住民との楽しい日々である。この作品は団地という住居形態を讃えているわけではなく、どこに住もうが幸せになるためには家族や隣人たちとの良好な関係が大切であると静かに訴えている。また、近所付き合いを厄介なものと考える風潮が強まるばかりだが、それに疑問を投げかけているのだろう。
ノエチとなっちゃんの場合、大切なものに幼なじみとの結びつきが加わるのは言うまでもない。
文◎放送コラムニスト 高堀冬彦
11/03 20:00
婦人公論.jp