竹内まりや「65歳を過ぎ〈残り時間〉をリアルに意識した。桑田君夫妻に誘われて始めたボウリングにハマってます」

「肉体の衰えを嘆くより、精神の豊かさが増したことを喜んだほうが、人生を前向きに楽しめるのではないかと思います」(撮影:五十嵐隆裕)
〈発売中の『婦人公論』11月号から記事を先出し!〉
10年ぶりにオリジナル・アルバムを発表する竹内まりやさん。デビューから45年、自分をかたちづくってきた言葉や家族についての思いを語る(構成=内山靖子 撮影=五十嵐隆裕)

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【写真】脚を組み、物思いにふけるような表情の竹内さん

17歳の心に残ったのは

人生で初めて体験する70代が、刻々と迫っています。どんな時にも心に抱いている座右の銘が、二つあって。一つは、17歳でアメリカに留学した時に出会った言葉で、学校のカレンダーに「今日があなたの残りの人生の最初の日です」と書いてあったのです。

もう一つは、「今日を人生最後の一日だと思って過ごしてみよ」という、スティーブ・ジョブズがスピーチで語った言葉。どちらも「目の前の一日を精一杯生きよう」ということを表現しているんだな、と受けとめてきました。

とくに17歳で目にしたこのフレーズ、いま69歳になって、ますます重みを感じるようになってきましたね。過去を悔やんでも変わらないし、これから訪れる未来を恐れても仕方ない。

きれいごとに聞こえるかもしれませんが、大切なのは「いまを生きる」ということ。今日が自分の余生の初日だと考えれば、何歳になってもやりたいことを見つけよう、と思えますし。

前回、『婦人公論』の取材をお受けしたのは17年前、10枚目のアルバム『Denim』をリリースした時でした。当時、50代になったばかり。40代の終わり頃は50代になるのが憂鬱に思えたのですが、50代になったらかえって人生の見晴らしがよくなったこともあり、60代を迎える頃はとくに不安はなかったんですよ。

ただ65歳を過ぎ、「四捨五入すると70歳!?」とハッとして。人生はこんなにも早く終わっていくのだと、そこで初めて「残り時間」をリアルに意識したんです。これまで以上に「一日一日を大事に生きよう」と思う気持ちが強くなりました。

年齢を重ねるにつれて、受け入れにくいこともありますよね。たとえば、肉体的な衰え。私も実感しています。先日も正座しようとしたら、右ひざに違和感があって座りづらい。少し前には右肩が急に上がらなくなり、「これが、みんなが言うところの《六十肩》か!」って(笑)。とはいえ私だけが老いていくならつらいけど、《経年劣化》は誰にも平等に訪れるものでしょう。

シワが気になることもありますが、そんな時はもう一人の自分が、「みんな一緒なんだから、あきらめよう」って諭してくれる。その代わり、「人としての経験値が増して、若い頃よりも少しは賢くなっている」と感じます。肉体の衰えを嘆くより、精神の豊かさが増したことを喜んだほうが、人生を前向きに楽しめるのではないかと思います。

この秋、10年ぶりのアルバムを発表することになりましたが、タイトルを『Precious Days』(かけがえのない日々)にしたのも、残された一日一日を慈しみ、大切に過ごしていきたいという思いがあったからです。

10年ぶりのアルバムとなった『Precious Days』(竹内まりや/ワーナーミュージック・ジャパン)

父母から教わったこと

アルバムに収録した「Smiling Days」という曲に、「日常の中の些細なことに喜びが宿っている」という内容の歌詞があります。何気ない一日を大切にして、ささやかな日常を面白がって生きることが、私の人生の大きなテーマなんですね。

だって、人生のほとんどはハレの日ではなく、ケの日が続くんですから。だったら生活の中のちょっとした出来事を面白がって生きることが、毎日を幸せに過ごす秘訣だと思います。

私の場合ですか? たとえば「今日乗ったタクシーの運転手さんの人生話が興味深かった」とか、「母校の(島根県立)大社高校が甲子園でベスト8まで勝ち進んでめっちゃ嬉しい!」というようなことです。(笑)

そんなふうに感じるのは、私が育った家庭環境と関係しているのかもしれません。2男4女の6人きょうだいで、私は上から4番目。両親も交えると8人の大家族で、一緒にワイワイとご飯を食べるのが楽しいなとか、家業である旅館のボイラー室で働いていたおじさんと、お茶を飲みながらおしゃべりをしている時間が面白いなとか。

誰かの誕生日や特別な記念日じゃなくても、日々の生活の中でささやかな喜びを感じられる瞬間がたくさんあって。そんな幸せな記憶の数々が心の奥底にインプットされているような気がします。

両親からも多大な影響を受けました。数年前に亡くなった父からは、「ものごとのいいところを見ようよ」といつも言われていました。どんな時でも「ありがとう、ありがとう」と言う人でしたね。

父は若い頃に独学で英語を学び、アンディ・ウィリアムスやトニー・ベネットといったアメリカンスタンダードの曲を英語で歌うのが好きでした。私が10代でアメリカに留学したいと思ったのも、父の影響が大きいかもしれません。

母は超楽観主義で、好奇心が強い女性です。ありがたいことに96歳のいまも元気で、長年続けている書道教室に通うため、年に数回、島根と東京を往復しています。

足が痛いと言いながらも、趣味のガーデニングにいそしみ、「これをやっているとボケないのよ」と、クロスワードパズルやタブレットゲームに熱中したり、新しいことへの冒険心が旺盛。こんな90代になれたらいいなって思います。

音楽が生まれる時間

もう一人、私の人生に欠かせない存在が、音楽活動のパートナーであり、私生活の伴侶でもある(山下)達郎です。27歳で結婚して以来、家事や育児を楽しみながら、自分のペースを守って音楽活動を続けてこられたのも、それを許してくれたまわりのスタッフと、達郎の理解と協力があってこそ。

夫婦としてはもちろんですが、私たちの関係に一番ふさわしい言葉は「親友」です。今回のアルバムも含め、結婚以来、プロデュースを彼に任せてきたのも、根源的にわかってくれるパートナーだから。

同業者であることがプラスとなって、日常生活の中で自然に仕事の話もできますし、くだらない話をして笑い合ったり、困っていることを相談したり、昔からお互いに気を遣わなくていい関係です。

もちろん、時には意見が異なる場合もあります。だからと言って揚げ足を取るようなケンカになるわけではなく、互いの意見に「それも一理あるかもね」と、論理的に違いを認め合える関係。

二人とも大の話し好きなので、最近の社会情勢など顔を合わせている間は常に何かしゃべっていますね。夫婦揃って夜型で、私が曲作りに一番集中できるのは深夜、丑三つ時。(笑)

しかも、「これだ!」という曲のフレーズが降りてくるのは、なぜかシャンプーしている時が多くて。ドラマ『Around40~注文の多いオンナたち~』のテーマソングとして作った「幸せのものさし」のサビも、髪を泡だらけにしている最中にひらめいて。

脱衣所には必ずiPhoneを置いておき、突然降りてきたフレーズを即座にハミングして録音できるようにしています。

楽曲の中には、ありがたいことに世代を超えて聴いてもらえているものもあります。1984年に作った「プラスティック・ラブ」が、日本の80年代シティ・ポップに注目している海外の若者の間で話題、と耳にしたのが数年前。

いつの間にか動画サイトで何千万回も再生されたり、ドイツやカナダ在住の若い男性からファンレターをいただいたり、思わぬ反響があるのは本当に不思議ですね。シティ・ポップの最盛期の楽曲が、時代や国を超えて聴いてもらえている。作品を長く愛していただけるのは、ミュージシャンとして何よりもうれしいです。

いま欧米では、CDより、アナログ音源の需要が高いのだそうです。海外ファンのニーズも考えて、今回のニューアルバムはCDのほかに、2枚組のアナログレコードやカセットテープでも販売することにしました。

女性たちを元気づけたい

昨年11月にデビュー45周年という節目を迎え、2025年はツアーをしようと決意しました。

ツアーは44年間にわずか3回と超のんびりペースだった私ですが、年齢的に、この先みなさんにお目にかかれる機会はそうたくさんないだろうと思ったので。久しぶりにみなさんの前で歌うわけですから、万全の態勢で臨まなくては。

21年に計画していた全国ツアーが、コロナ禍によってキャンセルを余儀なくされて、とても残念だったので、待っていてくださるお客様のためにも、ぜひともリベンジしたいと思ったんです。

ただ、全国各地のステージに立つには体力も必要です。ジムに通わなきゃと思っているのですが、ぜんぜん行けていなくて。(笑)

最近ハマっているものですか? あまり頻度は多くないけれど、ボウリングでしょうか。出雲に帰省した時、兄と一緒に数十年ぶりに地元のボウリング場で投げてみたら、昔取った杵柄で120くらいのスコアが出たんですよ。

そのうちにボウリングが趣味のサザン(オールスターズ)の桑田君夫妻に「一緒にやらない?」と誘われて。去年の誕生日にルビー色のマイボールとマイシューズもプレゼントしていただき、時折、ご一緒させていただいているうちに面白くなって。

この前はなんとスコア162が出ました! ツアーを乗り切るための体力アップに役立っているかどうかは、わかりませんけど。(笑)

年齢を重ねていく中で、この先やりたいことも考えています。これまで自分が得てきたものを、何かしら社会に還元していきたい。表立って見えなくても、私なりに世の中に恩返しをしたいというか。

音楽的には、若い歌手の方に楽曲を提供することなのかもしれないし、次の世代を担うアーティストを支援していくことなのかもしれません。

21年にアップルミュージックが、3月8日の「国際女性デー」にちなんで、各国の女性ミュージシャンから「時代をリードする女性たち」を募った時に参加したのも、その一つ。アレサ・フランクリン、ジョニ・ミッチェル、カーペンターズ、ボニー・レイット、アリシア・キーズなど、私自身が好きでよく聴いていた曲を集めました。

人生につまずいた女性を励ます歌や温かい友情の歌で、女性たちを元気づけ、新たなパワーを育んでもらえたらいいな、と思います。そのプレイリストは、いまも聴いていただくことができますよ。

振り返ってみれば、これまでの人生で無駄だったことは何一つないですし、過去に戻りたいとも思いません。人との出会いに恵まれて、大好きな音楽にずっと携わってこられたことに、ただただ感謝しています。

だからこそ、自分が与えられてきたかけがえのないものを次の世代に渡してくことが、70代からの課題だと思っています。

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