NHKドラマ『かぞかぞ』「ふてほど」の河合優実が天才ぶりを発揮、「幸せとは何か」を静かに問い掛ける話題作

第1話 場面写真 主人公・岸本七実(河合優実)と母親・ひとみ(坂井真紀)(『家族だから愛しんじゃなくて、愛したのが家族だった』/(c)NHK)

第1話 場面写真 七実を演じる河合優実(左)と、ひとみを演じる坂井真紀(『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』/(c)NHK)

映画界では「天才」と称される俳優

NHKの連続ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(火曜午後10時)が評判高い。幸福と家族の存在が切り離せない主人公・岸本七実の物語である。

【写真】七実の父親役、錦戸亮

七実を演じているのは河合優実(23)。3月に終了したTBS『不適切にもほどがある!』の不良女子高生・小川純子役で一躍知名度が上がったが、このドラマのほうが収録は先。このドラマは約1年前にBSプレミアムで放送されたもので、それが7月9日から地上波で放送されている。

河合はそもそも映画を中心に活動してきた人。デビューから5年で20本以上に出演している。ブルーリボン賞新人賞など数々の賞に輝いており、映画界では「天才」と称されている。その理由が分かるドラマでもある。

ハンデのある弟、草太の存在

七実は兵庫県神戸市の高校3年生。地頭が良くて明るく、ユーモアのセンスが抜群。しかし、学校では地味なグループに属していた。

父親・耕助(錦戸亮)は5年前に急性心筋梗塞で他界している。母親・ひとみ(坂井真紀)は整体院で働き、七実とその弟・草太(吉田葵)との生活を支えていた。朗らかな女性だ。中学2年生の草太も明るい性格であるものの、ダウン症であり、やっと1人でバスに乗れるようになったばかりだった。

1人親家庭で、ハンデのある草太がいるため、周囲には岸本家を「かわいそうだ」と考える人もいた。もっとも、当の岸本家にそんな意識はサラサラない。仲良く幸せに暮らしていた。幸不幸は他人が決めることではない。このドラマはそれを教えてくれる。

ひとみは子供たちが生きがいだった。七実もひとみが大好きで、草太がかわいくてたまらない。草太もひとみと七実を慕い、そばを離れたがらなかった。

七実の彼氏・小平旭(島村龍乃介)が草太の存在を知った途端、連絡して来なくなると、七実の側から絶縁を通告する。

「ダウン症の子がいる家にはいろいろあるけど、ウチの家族にとって弟は面倒のかかる存在ちゃう! むしろ私が家族の中で面倒な存在で、弟に助けられている!」(七実)

七実にとって譲れない一線だった。愛する家族のことを疎まれたら、誰だって憤慨する。

目標を持つ人間の強さ

その後、ひとみは大動脈解離で倒れ、車椅子での生活になる。七実はそれまで大学に興味のなかったが、進学を決意する。ひとみの車椅子を押して街に出た際、目的地だったカフェには入口に段差があったために入れず、道行く人も冷淡だったことが発端だ。

みじめな気持ちになった2人は人目を憚らず泣いた。七実は「ママ、一緒に死のうか」と言った。しかし、こう付け加える。「ちょっと時間頂戴。ママが生きていたいと思うようにするから」。そのためにはどうすればいいのか。出した答えが進学だった。選んだ学部は人間福祉学部である。

「やさしい社会にして、あのカフェの入口の段差、ぶっ潰す!」

家族のためになりたいという思いが社会を変える原動力になることもあるだろう。学費は耕輔の遺族年金、学資保険、奨学金で賄った。サークルには入らなかった。

こう書くと、ドラマを観ていない人は、七実が息の詰まりそうな日々を送っていると思うかも知れないが、それは違う。七実がそもそも陽性である上、ひとみが生きる希望を持てる社会をつくりたいという目標を持っていたからだ。目標を持つ人間は強い。

第3話 場面写真 七実は希望を失いかけた母・ひとみを父が生きていた頃の思い出の旅の場所に連れ出す(『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』/(c)NHK)

七実に何事も気の持ちようと教えられる

大学に入って間もなく七実は3つもアルバイトを始める。朝は引越屋の手伝い、昼は交通整理、夜は野球場でのコーヒー販売。ひとみを沖縄旅行に連れて行くためである。

明るかったひとみが車椅子の生活になってから変わった。屈託のない笑顔を見せなくなった。七実にはそれが辛かった。そんなとき、ひとみが耕輔の生きていたころに家族で旅行した沖縄を思い出し、「またいつか行ってみたいな」とつぶやいた。

七実は即座に反応し、「連れて行く!」と宣言する。ひとみに楽しかったころの思い出をなぞらせたら、再び笑顔を取り戻してくれると考えたのである。

ここでもドラマを未見の人は、悲壮感を漂わせながら働く七実の姿を思い浮かべるかも知れない。実際には違う。どのバイトも本人は楽しみ、同僚から愛された。

何事も気の持ちようだとあらためて教えられる。どんなに恵まれた環境に置かれている人も本人が不満に満ちていたら不幸だ。逆も同じ。大好きな母親のために働く七実は溌剌としていた。

七実は沖縄旅行の費用約28万円を稼ぎ出す。しかし、ひとみにそのチケットを渡したのは七実1人ではない。「これ、草太と私から」と七実。僅かであろう草太の小遣いも旅行代に加えられたからだ。草太は満足げに笑った。姉弟愛に胸を突かれた。

河合は並みの俳優ではない

第1回で七実によるこんなナレーションがあった。軽く明るい口調だった。このドラマの伝えたいことを集約していた。

「家族の死、障がい、不治の病。どれか1つでもあれば、どこぞの映画監督が世界を泣かせてくれそうなもの。それ全部、うちの家に起きてますけど」

試練が家族に悲劇をもたらすわけではないということ。家族の不幸は不和やトラブルが招くものだろう。

 河合は七実に成りきっている。七実はもとから家族を愛していたが、耕助が逝ってから、より家族を大切にするようになった。父娘で口論し、七実が「パパなんて死んでまえ!」と言った直後、耕輔が亡くなったからである。

口には出さないが、この一件を七実は酷く後悔している。それを河合は目の動きだけで表現する。映画界での評判どおり、並みの俳優ではない。

第4話 場面写真(『家族だから愛しんじゃなくて、愛したのが家族だった』/(c)NHK)

第4話 場面写真 七実の友達、天ヶ瀬環(左・福地桃子)は、母がマルチ商法にハマって「マルチ」と呼ばれ、同級生から遠ざけられている(『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』/(c)NHK)

「幸せとは何か」を問い掛ける

ひとみ役の坂井真紀(54)はトレンディドラマで活躍していた1990年前後から演技力に定評があったが、このドラマが新たな代表作になるだろう。車椅子の生活になって絶望しているが、子供たちのために明るく振る舞っている。そんな複雑な胸中を巧みに表している。

草太役の吉田葵(17)は第96回アカデミー賞で国際長編映画賞にノミネートされた役所広司(68)主演の『PERFECT DAYS』(2023年)にも出演した。

ハンデのある人の役は実際にハンデのある人がやるべきだ。ハンデのある俳優たちはそのチャンスを待っている。米国では以前からからその流れに向かっている。2022年には3大ネットワークの1つであるCBSがハンデのある人に公平な配役をする指針をつくった。  

このドラマにはもう1人、忘れてはならない登場人物がいる。ひとみの母親・大川芳子である。耕輔とひとみが倒れるたび、家事の助っ人として岸本家にやってくるパワフルな女性である。美保純(63)が演じている。

教養というものには関心が薄いようだが、人生を知っている。ひとみの元の明るさを取り戻そうと躍起になる七実を静かに諫める。「ひとみはひとみや」。人間が境遇や年齢によって変わるのは仕方がないと考えている。

45分の放送時間で何度も笑わせてくれるが、繰り返し「幸せとは何か」と静かに問い掛けてくる。原作は気鋭の若手作家・岸田奈美氏(32)の自伝的エッセー。観ると元気になる。

文責◎高堀冬彦(放送コラムニスト)

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