この主役には河合優実しかいない! コロコロ変わる表情に酔いしれる――亀和田武「テレビ健康診断」

 昨年の夏、BSで絶讃を博した『家族だから愛したんじゃなくて――』が、この夏、地上波でも放映されている。NHKも視聴者のニーズに迅速な対応ができるようになった証か。

 タイトル長過ぎなんで、いま世間的に流通している『かぞかぞ』の略称を、なんか違和感あるけど、おれも使います。

 世間からみれば“凄絶な悲劇”なのに、そんなもんカッカラカーンと笑いで撥ね飛ばしちゃう。『かぞかぞ』最大の魅力はこれだ。

 笑いがなくては、湿っぽくなる。悲劇を強調するあまり図式的で硬直したドラマだと、偽善の淀んだ腐臭に、反撥さえ覚える。

 前半にこんなナレーションが。「家族の死、障害、不治の病い。どれかひとつでもあれば、どこぞの映画監督が世界を泣かせてくれそうなもの。それ全部、うちの家に起きてますけど」。いい啖呵を切るねえ。

 そんな世界観のドラマで主役を張るなら、いま河合優実しかいない。共演者も演出も素晴らしいが、河合優実あっての芝居だ。

河合優実 ©文藝春秋

 起業して過労死したパパの耕助(錦戸亮)、ダウン症の弟・草太(吉田葵)、大病で車椅子ユーザーになった母、ひとみ(坂井真紀)。もう、みんなすぐに死にたいくらいの逆境にあっても、七実(河合優実)のセンスと頑張りで、岸本家には笑いが絶えない。

 河合の表情がコロコロ変るその変化が、観ていて楽しく、何よりそのスピード感に酔い痴れる。ときに驚くべき集中力とアイデアを駆使して、高校の三軍女子から抜けだし、難関大学にも入学してしまう。

 福祉を学ぶが、大学の授業じゃ七実の切実な願いを叶える役には立たない。やはり実践だ。たった二人の、福祉に特化した起業チームに入ると、彼女の発想と集中力でチームは急成長。

 しかし物事に集中するとポカをしでかし、仕事仲間や関係先にも迷惑ばかりかける七実。このとき、すみません、すみませんと頭をペコペコ下げ菓子折りを渡すときの奇妙な動作が、おれはすっごく好きでね。

 仲野太賀に代表される顔芸の達者な役者がいる。かたや、往年の植木等や有島一郎とか、最近なら岡部たかしのように個性的な身体芸を持つ役者さんがいる。岡部さんが『エルピス』の後半でスタジオのセットをぶち壊す怒りの動き、そして『虎に翼』の結婚式で、奇妙に身体をくねくねさせて踊るシーンにも共通するいい感じに大げさな動きに、おれはワクワクする。

 死んじゃった父が、ふっと笑みを浮かべて七実や草太の隣に現れるシーンも大好き。そして坂井真紀さんの苦しさを乗り越える勁(つよ)さと優しさ。昔っから好きな女優さんだけど、このドラマの彼女は絶品だ。そして河合優実、次はどんな芝居を見せてくれるのか。

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『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』
NHK 火 22:00~
https://www.nhk.jp/p/ts/RMVLGR9QNM/

(亀和田 武/週刊文春 2024年9月19日号)

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