『光る君へ』にも登場する?道長ら平安貴族の嵐山での舟遊び。「三舟の才」と称えられた公任が歌に詠んだ名古曽の滝はどこに

平安時代の舟遊びを再現した「三船祭」。京都・嵐山で5月に行われる(撮影・筆者、以下同)
NHK大河ドラマ『光る君へ』の舞台である平安時代の京都。そのゆかりの地をめぐるガイド本、『THE TALE OF GENJI AND KYOTO  日本語と英語で知る、めぐる紫式部の京都ガイド』(SUMIKO KAJIYAMA著、プレジデント社)の著者が、本には書ききれなかったエピソードや知られざる京都の魅力、『源氏物語』にまつわるあれこれを綴ります。

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【写真】嵐山の公園にある「滝の音は……」の歌碑

前回「『光る君へ』の明子のモデルは六条御息所?葵の上への恨みで生霊になった御息所。聖地「野宮」で執着を祓い清め人生をリセットか」はこちら

道長、行成、公任が息抜きに訪れた嵐山

大河ドラマ『光る君へ』で、藤原道長(柄本佑)の側近である藤原行成(渡辺大知)の出番が増えています。

まひろ(吉高由里子)が結婚した第25回では、蔵人頭(くろうどのとう)として、一条天皇(塩野瑛久)と左大臣・道長のあいだで右往左往していた行成ですが、今後、道長の信任を得て昇進。やがては権大納言まで上りつめます。また、「書の達人」としても知られています。

第23回「『光る君へ』紀行」では、行成ゆかりの地として、石清水八幡宮や大覚寺が紹介されました。

その大覚寺のある京都・嵐山は、(第7回でもふれたように)平安貴族たちの別荘地でした。行成や道長をはじめ、貴人たちが紅葉狩りや舟遊びを楽しむ場所だったのです。

行成の日記『権記』には、道長が、行成や公任(きんとう・ドラマでは町田啓太が演じています)らと連れ立って嵐山を訪れたことが記されています。多忙な日々のなか、親しい仲間と束の間の息抜きといったところでしょうか。その際に立ち寄ったのが大覚寺だったようです。

大覚寺は、旧嵯峨御所とも呼ばれるように、平安時代初期、嵯峨天皇(平安京を開いた桓武天皇の次の天皇)の離宮として建立された「離宮嵯峨院」が、その前身です。

渡月橋あたりの喧騒から離れて嵐山の良さを堪能できる、観光客にもおすすめの場所。この界隈は、嵐山に住む私にとっては愛犬との散歩コースのひとつです。お堂のほうだけを回って、庭園には足を延ばさない参拝者も多いのですが、それではもったいない。日本最古の人工池といわれる大沢池(おおさわのいけ)を囲むように広がる風雅な庭園には、桜や紅葉をはじめ、四季折々の美しさがあります。

不思議な趣きのある石仏群(古いものは平安時代後期の作とも)、初夏に池の水面を彩る睡蓮、梅林、竹林など、見どころもたくさん。大沢池を見下ろす五大堂(本堂)でお写経をしてから、池の周り(約1km)をゆっくり散策すると、頭も心もすっきりと整うように感じます。

風格漂う秋の大覚寺前

公任が歌に詠んだ「名古曽の滝」

話を道長の時代に戻しましょう。

その大沢池エリアの一角に、有名な「名古曽(なこそ)の滝」の跡があります。「離宮嵯峨院」時代に設けられた滝なので、行成たちが訪ねたときには既に枯れていたのでしょう。そこで公任が詠んだのが、この歌です。

滝の音は 絶えて久しく なりぬれど
名こそ流れて なほ聞こえけれ

百人一首にも採録されているので、ご存じの方も多いはず。畳みかけるような「な」の音のリズムが心地良い、まさに“声に出して読みたい”名歌です。

滝の水の音は聞こえなくなってずいぶん経つけれど、その名声だけは、世の中に流れ伝わり、今でも聞こえているよ――そんな意味になります。

この歌が有名になったことで、この滝(滝跡)は「名古曽の滝」と呼ばれるようになったとか。そして1000年を経た今も、この歌と公任の名声は「なほ聞こえけれ」。歌を詠んだ公任も予想だにしなかったことでしょう。

嵐山の公園にある「滝の音は……」の歌碑。百人一首の歌碑のひとつとして建てられた

赤染衛門の和歌では、滝は枯れていなかった⁉

この「名古曽の滝跡」は、庭園の隅っこの目立たない場所にあります。「大覚寺には行ったことがあるけど、滝なんてなかったですよ」という人もいるのではないでしょうか。石組みが残っているだけなので、それとは知らずに通り過ぎてしまうことも……。恥ずかしながら、私も最初は気づきませんでした。でも、これが“あの名古曽の滝”の跡だとわかってからは、その場所がまるで違って見えてくるのです。

1000年前に、公任や道長、行成が、この滝跡の前にたたずみ、公任が歌を詠んだ――そう考えるだけで、ロマンを感じませんか。昔、一所懸命に百人一首を覚えたかいがありました。

ちなみに、公任と同時代の歌人、『光る君へ』では凰稀かなめさんが演じている赤染衛門(道長の嫡妻・源倫子の女房)も、この名古曽の滝を歌に詠んでいます。

あせにける いまだにかかり 滝つ瀬の
はやくぞ人は 見るべかりける

水の勢いは衰えてきたけれど、今でも岩にかかる滝の流れを、今のうちに見ておいたほうがいいですよ、といった意味なので、かろうじて滝には水が流れていたようです。

公任は「ずいぶん前に枯れた」、赤染衛門は「(そのうち枯れてしまうと思うが)今でも水は流れている」。同じ時代の同じ滝なのに「なぜ?」と思いますが、ともかく、歌心を誘う滝の景色だったことは間違いありません。

そして、恐らくは紫式部もこの大覚寺を訪れていたのではないでしょうか。なぜなら、『源氏物語』のなかで晩年の光源氏が出家生活を送った「嵯峨の院」のモデルは大覚寺だといわれているからです。

大覚寺「観月の夕べ」で平安時代のお月見を

『光る君へ』には、まひろや道長が月を見上げて、相手に思いを馳せる場面がよく出てくるのですが、大覚寺はお月見の名所としても知られています。

嵯峨天皇が大沢池に舟を浮かべて、中秋の名月を愛でたという故事から、現在も「観月の夕べ」が開かれており、五大堂には池に張り出すように「観月台」も設けられています。

中秋の夜、大沢池に浮かべた龍頭鷁首舟(りゅうとうげきしゅせん)から、空に輝く月と水面に映る月影、その双方を眺める。平安貴族の気分になって雅な時間を過ごすことができる、京都ならではの行事です(今年の「観月の夕べ」は9月15日~17日開催)。

ところで、龍頭鷁首舟とはどんな舟か、ご存じでしょうか。「鷁」とは想像上の水鳥の名。風波に耐えてよく飛ぶことから、水難を防ぐとされているとか。つまり、龍頭鷁首舟とは、竜や鷁の頭部の像を舳先(へさき)に飾った舟のこと。その上で雅楽を奏したり、舞をさせたりして、風流を楽しむためのものだったのです。

『紫式部日記』には、道長が、新たにつくった龍頭鷁首舟を自邸の池に浮かべてみるという場面が描かれています。ひょっとすると『光る君へ』でも、今後、この龍頭鷁首舟が登場するかもしれませんね。

「三舟の才」と称えられた公任

舟といえば、『大鏡』に記された、こちらの逸話も有名です。

道長たちが嵐山を流れる大堰川で舟遊びをしたときのこと。和歌、漢詩、管弦の三つの舟を浮かべ、その道を得意とする人を、それぞれの舟に乗せる。そんな趣向でしたが、多才な公任は、和歌はもちろん、漢詩にも管弦にも秀でています。公任をどの舟に乗せるべきか悩んだ道長は、公任自身に「どの舟に乗りますか」とたずねます。

公任は和歌の舟を選び、「小倉山 あらしの風の 寒ければ 紅葉の錦 着ぬ人ぞなき(小倉山や嵐山から吹きおろす風が寒いので、落ちてきた紅葉の葉を、誰もが錦の衣のようにまとっていることだよ)」という見事な歌を詠み、称えられたのです。

ところが、公任本人は、「漢詩の舟に乗ればよかったなあ。それで、同じくらいの出来の漢詩をつくれば、もっと名声が上がっただろうに……」と悔しがったとか。この話から、和歌、漢詩、管弦すべてに通じていることを「三舟(さんしゅう)の才」と呼ぶようになったそうです。

「三舟の才」と称えられた公任ですが、ご本人は、あの道長に、どの舟に乗るかと聞かれた(すべてに才能があると認められた)ことを何よりの誉れと思い、有頂天になったと『大鏡』は伝えています。ドラマでは近しい関係のように描かれていますが、実際のところはどうだったのか。最高権力者である道長との関係性が垣間見えるエピソードといえるかもしれません。

新緑の大堰川(渡月橋の上流を大堰川、下流を桂川と呼ぶ)。現代でも屋形船から景色を楽しむことができる


龍頭鷁首が登場する「三船祭」

そんな平安貴族の舟遊びを再現したのが、毎年5月に嵐山で開かれる「車折(くるまざき)神社」の例祭、「三船(みふね)祭」です。

このお祭りの原型は、9世紀末に宇多上皇が大堰川で行った舟遊びとされ、「三船」の名は、和歌、漢詩、管弦の三つの船を浮かべて、それぞれの名手を船に乗せたことに由来するとか。つまり、道長たちの舟遊びと同じですが、こちらは「三舟」ならぬ「三船」と表記します。

今年はあいにくの雨模様でしたが、川岸で多くの見物客が見守るなか、大堰川に浮かべた龍頭鷁首舟の上で雅楽や舞楽が奉納されました。

同じ清原氏の出身の清原頼業が祭神ということで、車折神社の境内には清少納言を祀る「清少納言社」もあります。そんな関係で、近年の「三船祭」には清少納言に扮した女性も舟に乗っていたのですが、昨年と今年は、車折神社「芸能文化振興会」総裁に就任した女優の観月ありささんが参加。川に次々と扇を流す「扇流し」を行うなど、お祭りに華を添えました。

「扇流し」は室町時代の故事にちなんだもので、流れてくる扇を受け取ると、芸術の上達や無病息災などのご利益があるといわれます。川面を漂う美しい扇に、響き渡る笙や笛の音。渡月橋を訪れた観光客もしばし足を止め、平安絵巻のような光景に見入っていました。

「三船祭」には龍頭鷁首舟も登場する

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