「落語だから男尊女卑でもいい。同世代相手なら逃げ切れる」は違う…“最もチケットが取れない落語家”・立川談春が語る苦悩
落語家の立川談春さんは、シンガーソングライターの岡村靖幸さんと食事やお酒を愉しむ仲。落語家になって今年で40年の談春さんのこれまでと、師匠・立川談志さんのこと、人生の転機となった「芝浜」のこと。
岡村靖幸さんの連載を書籍化した『幸福への道』(文藝春秋、予約受付中)発売を記念し、二人の対談の一部を『週刊文春WOMAN2024秋号』より抜粋・編集し掲載します。
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「どうすれば20代30代に落語を聴いてもらえるんだろう」
談春 僕は落語家になって今年でちょうど40年。ということは、84年にスタートしたということで、その頃生まれた人はいま40歳。それより上の世代までは聴いてくれる人がいるんです、落語をね。でもそれよりも下の世代となるとまったく聴かれなくなっちゃう。
だから、「どうすれば20代30代に落語を聴いてもらえるんだろう」とよく考えるんです。「いいじゃねえか同世代だけ相手にしてりゃ逃げ切れるよ」「いや、だけどさ、俺の師匠は若い世代に落語をプレゼンできた人じゃない」「お前とは才能が違うよ」「わかってるけどさ。才能が違うからってうつむいて生きてんのも苦しくない? 名人ぶって」「だな」。なんて自問自答を繰り返して。
僕が談志の弟子になろうと決めたのは「芝浜」でした。夫婦の情愛を描いた人情噺。談志の定番といわれた落語です。
でもこれをいまの時代に聴いたなら。いま自分があの頃と同じ15歳で、立川談春という落語家がやる「芝浜」を聴いたとするならば、あのときと同じように感動するだろうか。「ああ、こんな夫婦になれるなら悪くないから結婚してみたい」と思うだろうか。「いや、全然思わないな」。
岡村 そう考えるに至ったのは?
談春 「『芝浜』の何が面白いんですか?」と言われたんです、僕が落語家になった年に生まれた女性に。「素晴らしいと思いましたが、可愛い女房というと結局はすがる女を演じるんですね」。目から鱗が落ちるようなショックな答えでした。でも、言われてみりゃそうなんです。
「すがる女」は時代錯誤。「将来結婚をしたいか、その必要性を感じるか」というアンケートを10代20代の男女にとれば30%が「結婚はしたくない。必要性も感じない」と答える、いまはそんな時代。
男性と同じように稼ぎ自立する女性がどんどん増えている。それは悪いことなのか? 悪いわけがない。じゃあなぜ昔の女性たちは稼げなかったんだ。女は稼ぐ手段が色と芸しかなく、男の稼ぎで暮らし家庭を守るものとされていたからだ。
……そんなことを考えるうちにわかったんです。「俺は女性のことを何もわかってないな」。だから、「芝浜」を変えなきゃいけないと思った。それで作ったのが「これからの芝浜」。
「これなら聴いていい、憧れる」と思える夫婦噺とは
岡村 現在、40周年記念公演でやっていらっしゃるんですよね。
談春 夫婦の情愛という核は同じですが、禁酒していた亭主が女房に焚きつけられて3年振りに酒を飲むシーンをつけ加えたり、実は亭主は女房のついた嘘を最初から知っていたという設定にしてみたり。最後のサゲも変えました。
岡村 でも、談志さんから引き継いだ噺を改変してしまうことに抵抗はありませんでしたか?
談春 そうじゃないんです。能狂言やお茶でいうところの「守破離」。まず守りなさい、そしてその後教えを破りなさい、最後は破った自分からも離れなさい。「芝浜」は僕が憧れた噺です。しかも、落語をあんまり知らない人でさえ、タイトルだけは知ってて、「立川談志といえば『芝浜』でしょ」なんて言う。これはすごいことなんです。それに昨日の夜気づいた。
岡村 え、昨日?
談春 明日岡村さんと話すんだと思ったときに。つまり「守破離」なんだと、40年経ってようやくわかったんです。だから、僕が落語家になった年に生まれた人たちが、女性はもちろん男性も、「これなら聴いていい、憧れる」と思える夫婦噺ができたなら、もうちょっと落語の未来をつなぐことができるかもしれないと。
この話をすると、友達を含めてみんなが「いや落語はそのつもりで聴きにくるんだから、少々男尊女卑でもいいんです」って言います。ところが立川流っていう、落語協会から逸脱し寄席やホームを持たないところで生まれ育った僕らです。志の輔であろうが、僕であろうが、志らくであろうが、見知らぬ居酒屋に飛び込みで入って、「落語家なんですけど一席やらせてくれませんか」「はあ? うちで?」「大丈夫です。ビールケースとウレタンの座布団があればいいので」っていうのが僕らの初高座でした。
だから、談志が死んで十三回忌、もっと攻めなきゃだめなんじゃないの? いまの人たちに落語をプレゼンすべきじゃないの? 俺もそろそろ芸人としての残り時間が少なくなってきてるんだから心の思うままにやるべきじゃないの?
やっぱり、落語はいまの人の心にもどこか響くはずだと僕は信じているんです。それが証拠に、400年間一度も沸点に達したことない芸能なんだから。沸点に達した芸能はいずれ崩壊する。女義太夫、浪花節、漫才もそうかもしれない。落語は種火のまんまなんです。
今の時代に「人間の業を肯定する」すること
岡村 『赤めだか』に、談志さんがおっしゃった落語の定義の話がありましたよね。主君の敵討ちをした赤穂浪士を例にあげ、「落語っていうのは討入りに行った四十七士以外のやつらの話なんだ」と。「討入りが怖くて逃げてしまったかっこ悪いやつらのみじめな話を拾って、『人間の業』を肯定する、それが落語なんだ」と。
談春 実はね、いま、それを疑問に思っている自分がいるんです。というのは、落語はいままで、男が女の気持ちに寄り添うような、新しい価値観なんていらなかった。もともと落語は男の楽しみ。女子供には見せちゃいけないもんだった。寄席は悪所と言われてましたから。
でもいまは違う。女性客も多い。会によっては女性のほうが多いことだってある。そうすると、男が女のことをちゃんと理解して語らなければ、本当の意味で「人間の業を肯定する」噺はできないんです。だから、近年、女性の落語家が増えてきたのはそれをやらせるためじゃないかって。
岡村 というと?
談春 女性の落語家って男でも女でもない存在だなと思うんです。うちの弟子は、国立大学の大学院まで行った子。なのに何で落語家の弟子なんかになるんだろう。何で師匠と言われるおじいちゃんたちに寄席で囲まれてるんだろう。「早い話が介護ですね」なんて笑いながら何で10年も頑張れるんだろう。
最初はよくわからなかった。でもね、男でも女でもない視点で落語を作ってくれるのは、女の落語家しかいないと思うようになったんです。だからいまは、ちょっぴり弟子に期待してますね。
「俺の人生、全部偶然なのにな」
岡村 若い客がいないと談春さんは嘆くけれど、談春さんの会に行ったとき、客席は老若男女で満員でした。年季の入った落語ファンもいれば、20代30代もちゃんといる。昔の談春さんのような10代の少年もいる。もう本当に豊かな客層で、幸せな空間。僕はすごく幸せな気持ちになったんです。「ああ、いい噺を聴いたな」って。
談春 「老若男女で満員」「幸せな空間」。この発言も、記事で大きく(笑)。ただ、僕の人生なんて全部「たまたま」。たまたま談志の弟子にしてもらった。たまたま書いてみたらと言われて書いた本がヒットした。たまたま役者をやってみるかと言われドラマに出演したら話題になった。
だから、「幸せな気持ちになった」なんて言われるとおもはゆい。「俺の人生、全部偶然なのにな」って。岡村さんはどうなんですか? 崇められる自分をどう感じます?
岡村 ラッキーだなと思いますよ。僕も「たまたま」ですから。
談春 ああ、そこは同じなんだ。
岡村 結局、談春さんが運をつかむための努力、厳しい修業をなさっているからこそ、「たまたま」にめぐり逢える。最初にも言いましたが、談春さんはとっても華があって色気がある。見た目からそう。着物姿もそうだし、枕から本題に入るときにサッと羽織を脱ぐ所作だったり、いちいちカッコいいんです。粋なんです。それは修業をしたからこそかもしれないし、天性のものかもしれないし。
談春 でも、結局は談志の弟子になれちゃったことが僕のすべてなんですね。この対談のタイトルに倣うなら、それが僕の「幸福への道」のスタートですから。
※落語の世界における変化やジェネレーションギャップ、立川談春さんの夫婦観を変えた夫婦の危機について語った全文は、『週刊文春WOMAN2024秋号』で読めます。
text:Izumi Karashima photographs:Takuya Sugiyama
hair & make-up:Maiko Ichikawa(Saito), Harumi Masuda(Okamura)
おかむらやすゆき/1965年兵庫県生まれ。音楽家。86年デビュー。『TV Bros.』( 東京ニュース通信社)で連載中の「あの娘と、遅刻と、勉強と」を書籍化した『あの娘と、遅刻と、勉強と 3』(東京ニュース通信社)が発売中。映像作品
『アパシー』が10月16日発売。11月よりウィンターツアー 「芸能人」開催予定。
たてかわだんしゅん/ 1966年東京都生まれ。落語家。1984年、立川談志に入門。1997年に真打ちに昇進。前座生活を綴った『赤めだか』(扶桑社)で第24回講談社エッセイ賞を受賞。『下町ロケット』(TBS)をはじめ、ドラマや映画に多数出演。今年1月より芸歴40周年特別企画「立川談春独演会~これから~」を開催中。
(辛島 いづみ/週刊文春WOMAN 2024秋号)
09/30 11:10
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