『虎に翼』であえて描かれた“欠点”とは…弁護士→裁判官になった伊藤沙莉「寅子」の“無自覚さ”が示したもの《まもなく最終回》

 女性の権利向上や社会進出を求める「フェミニズム」を真正面から扱った『虎に翼』(NHK総合)は、これまでさまざまなヒロインの人生を通して、社会に「はて?」を問うてきたNHK朝ドラにおける、一つの集大成だ。だからといって、女性を優遇する物語ではない。高等試験に合格し弁護士になった寅子が「困っている方を救いつづけます。男女関係なく!」と高らかに宣言したように、男性たちの生きづらさも含め、あらゆる個人の生き方に対して目を向ける作品になっていた。

【写真】伊藤沙莉「寅子」の“欠点”もあえて描いた…ヒロインに厳しいまなざしを向ける二人の女性(全23枚)

 第1話で「私にはこれからしたいことを見つけたり、そのしたいことで一番を目指す権利だってある」と熱弁していた寅子(伊藤沙莉)は法律と出会う。女性の社会的地位が現在よりもずっと低かった時代に、女性法曹のパイオニアとして、最前線で道を切り開いてきたヒロインの物語が、いよいよ最終回を迎えようとしている。

伊藤沙莉演じる主人公・寅子(NHK『虎に翼』公式Xより)

 彼女のモデルは、女性で初めて弁護士・判事・裁判所所長を務めた三淵嘉子。脚本は『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい(通称:チェリまほ)』(テレビ東京系)や『恋せぬふたり』(NHK総合)などを手がけた吉田恵里香だ。

現代まで地続きの課題を描いてきた

 もともと朝ドラの主な視聴者は60歳以上が約5割を占める*とされているが、『虎に翼』は昨今の朝ドラの中でも、視聴者の感想がSNS上で活発に発信されていたように感じる。幅広い年代の視聴者に、「フェミニズム」や「LGBTQ(性的少数者)」「夫婦別姓問題」など、現代まで地続きの課題を据えたエピソードを届けた功績は大きい。

*NHK放送文化研究所、朝ドラ視聴者調査2018

 さらに、朝ドラではなかなか描かれなかった「女性の生理」や、ハ・ヨンス演じる崔香淑(チェ・ヒャンスク)などを通して「朝鮮人差別」についても切り込んだ。終盤は実際に三淵嘉子が担当した「原爆裁判」や世間を震撼させた「栃木実父殺害事件」を取り上げている。これだけ重みのあるテーマを朝ドラで扱えたのは、半年間、作り手からのパスを受け取った視聴者への信頼もあるだろう。

寅子が裁判官になってから…あえて描かれた“欠点”

 今作を見つめつづけて思ったのは、かなりバランスを意識して作られたドラマだったということだ。依頼人の正義を追求する弁護士から、寅子の存在そのものが“正しさ”の象徴だとされる裁判官になってからは、特にパワーバランスを気にしていたように思う。

 たとえば、アメリカ視察から帰ってきた寅子が、いつのまにか後輩たちを「スンッ」とさせる側になっていたり、娘の優未(竹澤咲子)とギクシャクした関係になったり、花江(森田望智)のお土産に英語の料理本を渡したりと、無自覚に強者として振る舞う姿が描かれていた。これまで清廉潔白の存在として描かれがちだった“朝ドラヒロイン”という立場の寅子を通したからこそ、登場人物たちが抱える違和感や非対称性が浮き彫りになっていた。

 ほかにも、男子学生から“魔女部”と揶揄されていた寅子たち女子部のメンバーが、花江を「女中さん」と間違えたエピソードでは、立場が弱いとされている人たちさえも、無意識のうちに差別や偏見で誰かを傷つける恐れがあることを指摘した顕著な例だった。つまり『虎に翼』は、登場人物の魅力だけではなくあえて欠点を描くことで、作品内における均衡を保っていたように感じるのだ。

 だが一方で、『虎に翼』がやり残した課題もあった。たとえば、寅子と航一の「夫婦別姓問題」は、社会に認められずとも大切な仲間たちに祝福されるという締めくくりに至ったが、轟(戸塚純貴)たち性的少数者については、マジョリティーの寅子に“理解してもらうこと”が精一杯で、どこか歯切れの悪さを感じなくもない。

『虎に翼』を観て思い出したのが、同じく吉田恵里香が脚本を手がけ、2023年に放送された単発ドラマ『生理のおじさんとその娘』(NHK総合)だ。

「生理のおじさん」として一躍時の人になった生理用品メーカー勤務の幸男(原田泰造)が、テレビで「娘の生理周期を把握している」と発言したことで大炎上。それまで「男性なのに生理に理解がある」と世間から好意的に見られていた主人公が一転して、バッシングを浴びてしまう。「生理」という共通のテーマだけでなく、『虎に翼』のオープニングアニメーションを手がけたシシヤマザキの起用や、猪爪家の末弟・直明を演じたBE:FIRST三山凌輝の出演など、『虎に翼』のプロトタイプ版とも捉えられる作品だ。

『虎に翼』にも通ずるセリフ

 娘との間に距離が空いた幸男は、彼女が腹の底でなにを思っているのか、対話を試みる。『虎に翼』でも膝を突き合わせて話し合う家族会議がたびたび開催されるが、本作における家族の対話形式は、フリースタイルラップバトル。最初は幸男と娘がお互いに本音をぶつけあっていたが、バトルを眺めていた女性ラッパーが「なんか全部恵まれてる人の戯言って感じ」と参戦し、最終的には娘の同級生も交えて、生理についての大激論が始まるのだ。

「生理の経験はないけど苦しみを理解しようと努力する人」「その“寄り添っています”感に辟易する人」「生理や貧困にやり場のない怒りを抱えている人」「いっそのこと子宮を取ってしまいたい人」あらゆる主張が飛び交うラップバトルは、どんどん話が膨らみ、収拾がつかなくなる。そこで、耐えきれなくなった幸男の部下(三山凌輝)が「みんなで考えていくしかねえんすけど、今日ちょっと全部は、一気にはちょっと……」と仲裁に入るのだが、彼のセリフはまさに『虎に翼』へと通ずるものを感じないだろうか。

『虎に翼』がつなぐもの

 つまりは「みんなで考えつづけるしかない」ということだ。寅子が生まれた時代から100年ちょっとが経つ今もなお、解決策が見つからない問題は山積みだ。テレビドラマなのだから、気持ちよくまとめてほしいと思ったこともある。だが、現状ではままならない問題をエンターテイメントで綺麗に昇華してしまうことこそが、吉田恵里香が懸念しつづけた「透明化」に他ならない。

 テレビドラマも映画も、そして朝ドラも、すべての作品は“積み重ね”だ。朝ドラヒロインたちがバトンを繋いできたように、寅子も次にバトンを渡す。あのとき『虎に翼』があったからこそ、ここまでやれたと思う作品がいつか必ず生まれるだろう。2024年の朝ドラとして、『虎に翼』の存在を改めて記憶に残したい。

(明日菜子)

ジャンルで探す