終わり見えない戦闘、ヨルダン川西岸隣接地区住民「次の10・7になりかねない」…集落離れた家族も

[ガザ戦闘1年]混迷<1>

 イスラエル軍とイスラム主義勢力ハマスがパレスチナ自治区ガザで戦闘を開始してから10月7日で1年となる。終わりの見えない戦闘は中東だけでなく世界を揺るがしている。1年間の変化を各地から報告する。

ヨルダン川西岸トゥルカレムのヌール・シャムス難民キャンプを歩く少年たち(23日)=福島利之撮影

 イスラエル中部の商都テルアビブから北東約35キロ・メートルにあるヤドハナ集落は、パレスチナ自治区ヨルダン川西岸トゥルカレムと隣接する。約1200人が暮らす集落は高さ6メートルのコンクリート壁で守られているが、ダニ・ププコさん(48)は「ここが次の『10・7』になりかねない」と心配そうに話す。

 昨年10月7日、イスラエル南部のキブツ(農業共同体)などはガザからハマスの越境攻撃を受けた。1170人が殺害され、251人が人質にとられた。

 ププコさんが懸念するのは、イスラエル軍はガザだけでなくトゥルカレムでも軍事作戦を断続的に実施しているためだ。集落にも流れ弾が飛んでくる。トゥルカレムではイスラエル軍の攻撃で161人が死亡した。

 トゥルカレムにあるヌール・シャムス難民キャンプは廃虚と化していた。キャンプには100人程度の戦闘員が潜むとされ、崩れた建物の壁は、殺害された戦闘員やハマスのポスターであふれる。戦闘員の孫(当時23歳)が殺害されたムハンマド・アーマルさん(72)は「我々の土地を守るため若者が抵抗するのは当然だ」と語気を強めた。

 イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は「ハマスの壊滅」を掲げてガザでの戦闘を開始した。約1年間で攻撃の大義は「イスラエルへの脅威を取り除く」に変容し、攻撃対象はヨルダン川西岸や隣国レバノンに拡大した。憎悪の連鎖に終止符が打たれる気配はない。

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