「共に勝利しよう」のプーチンロシア軍大攻勢間近...! 崖っぷちのウクライナは止め切れるのか?

(左)ゼレンスキー大統領はロシア軍の大規模攻勢への危機感をあらわにし、各国に支援強化を訴えている。(右)3月の大統領選挙を乗り切り、通算5期目がスタートしたプーチン大統領


(左)ゼレンスキー大統領はロシア軍の大規模攻勢への危機感をあらわにし、各国に支援強化を訴えている。(右)3月の大統領選挙を乗り切り、通算5期目がスタートしたプーチン大統領

2022年9月には電撃的な機動作戦で大きく領土を奪還することに成功したウクライナだが、昨年6月の反転攻勢が不調に終わり、その後は守勢に。そして今、ロシア軍の大攻勢が目前に迫る。兵員も弾薬も兵器も不足する中、この危機を耐え抜いて次の好機をつくることはできるのか?

【写真】防衛線を死守するウクライナ兵

■兵力損耗・兵器不足で押し込まれるウ軍

「共に勝利しよう」

5月7日に行なわれた通算5期目の大統領就任式で、ロシアのプーチン大統領は国民にそう呼びかけた。

ウクライナ軍(以下、ウ軍)は昨年6月からの反転攻勢作戦で大規模な進撃や領土奪還を達成できず、その後、戦線は膠着。昨年秋頃からは、徐々にロシア軍(以下、ロ軍)の攻勢が目立ち始め、攻勢と守勢が入れ替わってしまった。

ロ軍は現在、ドネツク州のバフムト(昨年5月に制圧)とアウディイウカ(今年2月に制圧)を足がかりに攻勢を続けている。防衛省防衛研究所・米欧ロシア研究室長の山添博史氏が解説する。

「昨年6月の段階では、ウ軍の反転攻勢に対する期待が高かったのですが、現実には西側諸国からの武器支援も、大きな部隊による諸兵科連合作戦の訓練もまだ不十分でした。それでもロ軍が開戦当初の損害から回復して戦力を高める前に作戦を始めるしかありませんでした。

しかし実際は、ロ軍は塹壕と地雷による強固な防衛線、ドローンによる監視・攻撃能力や電波妨害能力といった守勢作戦の準備をすでに固めており、ウ軍は大きな戦果を得ることができませんでした」

精鋭兵も砲弾も防空兵器も不足する中、ウクライナの兵士たちは塹壕にこもり、防衛線を死守している


精鋭兵も砲弾も防空兵器も不足する中、ウクライナの兵士たちは塹壕にこもり、防衛線を死守している

そして現時点では、ウ軍の深刻な人的消耗、弾薬や対空ミサイルなど各種兵器の不足に対して、ロ軍のほうが相対的に戦力を整備できており、近くロ軍の大規模攻勢が始まると予測されている。

「昨年のバフムトの戦いと、今年のアウディイウカの戦いの途中までは、ロ軍の戦い方は囚人兵をひたすら突撃させるなど、兵士の多大な犠牲に依存したものでした。

ところがアウディイウカを制圧する段階では、航空戦力(爆撃機)を有効に使い、滑空爆弾による空爆で大きな戦果を挙げるようになりました。ロ軍のこの戦術的変化は、ウ軍にとって困難な状況を生んでいます。

さらに、ウクライナ国防情報総局のスキビツキー副局長は英エコノミスト誌のインタビューで、ロ軍は大規模攻勢に備えて51万人超の兵力を投入する準備ができており、それに対してウ軍は戦線を維持するための兵力資源も弾薬・兵器も足りていないと話しています。

ロ軍はウ軍の状況が改善する前に、できる限り敵を叩いて進みたいと考えているはずで、おそらくドネツク州全域の制圧までは見据えているでしょう」(山添氏)

ロシア軍は航空機による爆撃を有効に使い始めている(写真は2015年のシリア上空、機体はSu-34)


ロシア軍は航空機による爆撃を有効に使い始めている(写真は2015年のシリア上空、機体はSu-34)

ウクライナ当局は今年2月、ロシアの全面侵攻開始から2年で3万1000人の兵士が死亡したと発表しているが、現実にはより深刻な状況だという見方もある。英ロンドンを拠点に活動し、ウクライナやポーランドでも取材を行なっているジャーナリストの木村正人氏が言う。

「ウクライナ中部でウ軍の訓練を支援している元陸軍兵士のマーク・ロペス氏は、ウ軍の実際の損耗を死者7万5000人、負傷者15万人、そのうち3万人が四肢の切断手術を受けていると推計しています。私はウクライナに車いすを届ける活動もしているのですが、現地の病院を訪れた際には、四肢の一部切断に至った負傷兵を本当に数多く見ました。

訓練された精鋭兵の不足もあり、前線の塹壕には、もともとプロの軍人ではない領土防衛隊の人々が配置されているケースも多い。彼らは愛国心ゆえに戦っていますが、高齢の人も多く、決して練度が高いとはいえません。

また弾薬不足も深刻で、ロペス氏によれば、昨秋は3対1程度だったロ軍とウ軍の砲撃の比率が、最近では10対1、局所的には20対1まで劣勢になっているといいます」

前線で負傷した兵士たちを慰問するゼレンスキー大統領(左)。四肢の切断手術を受け、前線復帰が不可能になった兵士の数は数万人に上るとの推計もある


前線で負傷した兵士たちを慰問するゼレンスキー大統領(左)。四肢の切断手術を受け、前線復帰が不可能になった兵士の数は数万人に上るとの推計もある

■ロ軍の航空優勢をどう押し戻すか

この弾薬不足の一因となったのが、アメリカ連邦議会(下院)の混乱だ。ウクライナ支援予算案が昨年末から数ヵ月にわたり可決されず、武器供与は停滞。その予算はようやく4月24日に成立したが、支援再開は戦況にどう影響するのか? 明海大学教授・日本国際問題研究所主任研究員の小谷哲男氏が解説する。

「アウディイウカ周辺を除けば、ウ軍は砲弾が足りない中でも戦線を整理して防衛ラインを強化し、なんとかロ軍の攻勢を食い止めてきました。

アメリカの支援再開により、砲弾は徐々に供与されていきますが、欧州各国からの供与分を合わせても、まだ当面はこれまで1日2000発しか撃てなかったのが2500発に増える程度。当分の間は防勢作戦を続けなければならないのが現状です」

では、砲弾以外の軍事支援のポイントは?

「ひとつは、ロ軍のドローンを妨害電波で無力化する対ドローン兵器。それと、そのドローンも含めたロ軍の攻撃から歩兵を守る戦闘車両や機動車両です。前線の歩兵が生き残れるようにしていかなければ、次の反転攻勢に向けた体制を構築できません。

また防空に関しては、防空システム(ランチャーやレーダー)や防空ミサイルの数が不足し、後方の都市やエネルギーインフラの防衛を重視すると前線の部隊を守れないというジレンマがありました。

しかし今後はアメリカだけでなく、ドイツなども追加供与する方向のようですから、これらが前線に行き渡れば、ロ軍がこれまでのように大胆に航空機を前線に出すことは難しくなるでしょう。

さらに、アメリカはすでに『ATACMS』(エイタクムス/ハイマースから発射する射程300㎞の地対地ミサイル)の供与を開始しており、今後はドイツにも空中発射型の長距離ミサイル『タウルス』の供与を求めていくと思われます。

長射程のさまざまなミサイルがそろうことで、ロ軍は航空戦力の駐機場を後方に下げざるをえなくなる。数ヵ月続いたロ軍の航空優勢を少し押し戻すことはできると思います」(小谷氏)

射程300㎞の高速ミサイル「ATACMS」。敵の後方拠点を叩く


射程300㎞の高速ミサイル「ATACMS」。敵の後方拠点を叩く

このように、やはりアメリカの支援再開はウ軍にとって非常に大きい。ただし、それですぐに攻守が入れ替わり、ウ軍が次の反転攻勢に出られるわけではない。

その理由のひとつは、砲弾の供与数。アメリカや欧州各国は砲弾の増産に向けて動いているが、それが十分な数になるのは早くて今年末になる。

もうひとつの理由は航空戦力だ。間もなくウクライナにはF-16戦闘機の最初の6機が供与される見込みだが、この数では前線で航空優勢を確保するにはとても足りず、小谷氏によれば当初は「巡航ミサイルやドローンを撃ち落とす防空任務に使われる可能性が高い」という。

ロ軍の攻勢を食い止めて消耗させつつ、少しずつ態勢を立て直し、自軍の戦力整備や訓練を行なう―とすれば、ウ軍の次の反転攻勢は早くて来年。その作戦立案はNATO(北大西洋条約機構)の協力も得ながら進めていくことになる。

「前回の反転攻勢では、NATOは供与した戦力を一点集中で使うべきだと考えたのに対し、ウクライナは東と南に分散させた。

これがうまくいかなかった理由のひとつであるとアメリカなどは分析していますが、一方のウクライナ側には、ロ軍の地雷原を幾重にも連ねた防衛線に、そもそもNATO流の諸兵科連合作戦が通用しなかったという感覚があるかもしれません。

NATO側もそれは理解しているので、前回提案した戦い方ではなく、分厚いロ軍の防衛ラインをどうすれば突破できるのか、今考えているのではないでしょうか」(小谷氏)

プーチンの理想はウクライナの政変?

戦場の外にも不確定要素はある。各国の支援がどのレベルで、どこまで続くかだ。前出の木村氏が言う。

「イギリスとEUは、自分たちがこの戦争の"準当事者"であるとの認識から、少なくとも向こう5年は支援を続ける覚悟を固めつつあります。ただし、問題はエネルギー政策に関しての一致がないこと。

今年6月には欧州議会選があり、右派ポピュリスト政党の台頭が予測されていますが、その中から『やはり安価なロシアのエネルギーは必要だ』という声が出てくる可能性もある。

安全保障が前面に出ているうちは結束できますが、経済も含めた対ロシア姿勢は、一枚岩が続くとは限らない政治状況なのです」

そして、アメリカでは11月に大統領選挙がある。もしトランプが返り咲いた場合、ウクライナ支援はどうなるのか? 

前出の小谷氏はこうみる。

「少し前まではウクライナ支援に消極的な発言を繰り返していたトランプは、ここにきて態度を大きく変えています。その背景にあるのは、ノーベル平和賞を取りたいという個人的な野心です。

トランプ政権になった場合の国防長官候補であるポンペオ元国務長官、国務長官候補であるオブライエン元国家安全保障担当補佐官が、『ウクライナを勝たせて和平を取り持たなければ、ノーベル平和賞は取れない』と助言し、トランプの発言を修正しているようです。

ですから、もしトランプ政権が発足したら、むしろ武器・弾薬をもっと大量に供与するという方針を打ち出す可能性もあります。ただ問題は、予算を握る議会がどうなるか。共和党内のウクライナ支援に反対する勢力がトランプに追随するとは限らず、その点が不確定要素といえます」

ノーベル平和賞を本気で狙っており、そのためにウクライナ支援に前向きになりつつあるというトランプ


ノーベル平和賞を本気で狙っており、そのためにウクライナ支援に前向きになりつつあるというトランプ

こうした西側諸国の足並みの乱れが表面化すれば、それをプーチンは最大限利用しようとするはずだ。前出の山添氏はこう語る。

「全面侵攻直後にキーウ陥落を達成できず、長期の消耗戦に突入し、その流れでNATOの拡大まで招いてしまった以上、プーチンにとって最良の勝ち方は、おそらく純粋な戦場での勝利ではありません。

戦争を長く続けてウクライナの戦意をくじき、政治工作によってウクライナで政変を起こさせることではないかと想像します。親ロシア政権が『ロシアと共に生きていく道』を選び、『西側の支援は無駄になった』という形です。

しかし現在まで、ウクライナにはこの"不均衡な戦争"を戦う意志と能力を保持しています。それに対しロシアは戦力を投入し続け、ウクライナと国際協力による防衛力を崩そうとしている。

つまり、多国間協力による国際安全保障が成り立つかどうか試されているのです。支援というのは決してウクライナのためだけのものではない。欧州、アメリカ、そして日本にとっても重要なものであるはずです。

この戦争はまだ数年単位で続く可能性が高いですが、ロシアと国境を接するエストニアが昨年末に発表した『勝利戦略』は、NATO加盟各国がGDPの0.25%を支援に充て、半年に5万人ずつロシアの兵力を減らしていくという目標を掲げました。

支援を担う各国がこの戦争を"自分たちの消耗戦"であるとの意思決定をし続けられるかどうかという戦いでもあると私は理解しています」

写真/ウクライナ大統領府 EPA=時事 AFP=時事 Russian Defence Ministry's Pressand Information Department/TASS/アフロ

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