露、兵士確保に四苦八苦 首都は「年収800万円」提示 兵力損耗を補充、財政負担も拡大

ロシアのプーチン大統領が9月、露軍兵士の定員を現行の132万人から150万人へと18万人増員する大統領令に署名した。実質的にはウクライナ侵略で損耗した兵力の補充が狙いとみられ、増員分は契約兵でまかなうという。ただ、最近は契約兵の確保が難しくなっており、当局は高額の報酬や一時金支払いなどで勧誘に躍起となっているのが実情だ。侵略による死傷者増と兵力補充はロシアの財政にも重くのしかかる見通しだ。

「年収520万ルーブル(約800万円)以上」-。最近、首都モスクワ市内で見られるようになった契約兵の勧誘ポスターの文言だ。

露政府統計によると、2023年の露国民の平均月収は約7万3千ルーブル(約11万円)。単純計算で年収に換算すると87万6千ルーブル(約135万円)となる。契約兵になれば、1年で6年分近くの収入が手に入る計算だ。

契約兵確保のペースが鈍化

露政権は予備役30万人を招集した22年9月の「部分的動員」で社会の反発と混乱を招いた経緯を踏まえ、以降は契約兵で兵力を確保する方針に転じた。

ウクライナに派遣される契約兵には最低でも月収約21万ルーブル(約32万円)を保証したほか、契約時の一時金支払い、各種手当、ローン支払いの一時免除など、さまざま優遇措置を提示して契約兵確保を進めてきた。

今年2月、ショイグ国防相(当時)は「23年中に約54万人が軍と契約した」と誇示した。しかし、露国民も契約兵の死傷率が高いことを理解しており、政権による契約兵の確保は徐々に困難になっているとみられる。

メドベージェフ国家安全保障会議副議長は最近、「今年1月~7月に19万人が契約兵になった」と述べており、契約兵確保のペースが23年よりもだいぶ鈍化してきたことが浮かび上がる。

兵員確保が難しくなっていることを示す一つの傍証が、契約兵に対する報酬の増額だ。

プーチン氏は7月末、契約兵になった国民らに政府から支払う一時金を、それまでの19万5千ルーブル(約30万円)から40万ルーブル(約62万円)に倍増させる大統領令に署名した。倍増は8月1日から12月末までとしており、「期間限定キャンペーン」のような趣が漂う。

自治体も競ってインセンティブ打ち出す

政府とは別に独自のインセンティブを導入する連邦構成体(自治体)も増えている。

モスクワ市は7月下旬、軍と新たに契約する人に市から190万ルーブル(約293万円)の一時金を支払うと発表した。それ以前に市独自で契約兵に支払ってきた月額5万ルーブル(約8万円)の手当てなどを含めると、モスクワで契約兵になった人の初年度年収は520万ルーブル(約800万円)以上になるとしている。

露メディアによると、24年までに計80を超す連邦構成体のほぼ全てが、契約時の一時金を導入したり、一時金を大幅に増額したりした。契約した人に土地の権利書を与えたり(北西部レニングラード州)、自宅の改修費用を支払うことを約束したり(中西部モルドビア共和国)する構成体も現れた。

各構成体の首長は政府から契約兵を確保するよう命じられており、その人数に応じて実績の評価が変わると伝えられている。このため、首長らは多額の予算を投じてでも契約兵集めに躍起になっているもようだ。

契約兵集めが難しくなっていることを示すもう一つの傍証は、受刑者や刑事被告人を勧誘するための法改正だ。

露下院は9月、裁判中や上訴中の刑事被告人について、契約兵になって契約期間を満了するか、勲章を授与された場合、刑事責任を免除すると定める法改正案を可決した。

ロシアはすでに昨年6月、収監中の受刑者らに関して同様の措置を定める法改正を実施している。ただ、受刑者出身の契約兵は最前線に投入され、多数が死傷したとされる。

今回の法改正は、受刑者だけでは十分な人数の契約兵を確保できなくなっている実情を反映している公算が大きい。

露軍の死者20万人、負傷者40万人の推計

多額の金銭を見返りとした契約兵の確保は今後、露財政の負担となる可能性がある。

スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によると、ロシアの国防費は以前、国内総生産(GDP)の3~4%台で推移していたが、22年のウクライナ全面侵攻後に急増。23年はGDPの約5・9%に達した。

米ブルームバーグ通信は今年9月、露政府が25年の予算案で、国防費にGDPの6・2%に当たる13兆2千億ルーブル(約20兆3千億円)を計上する計画だと報じた。24年予算の10兆4千億ルーブル(約16兆円)から大幅に増える。

国防費には兵士らの人件費も含まれており、契約兵の増加が国防費増加の一因だとみられる。

戦闘での死傷者の増加もロシアにとって財政的負担となる。露メディアによると、ロシアは兵士らが戦死した場合、遺族に約1千万ルーブル(約1541万円)を支払うと規定。退役が必要な負傷をした場合は約600万ルーブル(約924万円)を支払うとしている。負傷の程度に応じた各種の支払いもある。

ウクライナ侵略に伴う露軍の死傷者数は不明だが、英BBC放送によると、遺族による交流サイト(SNS)への投稿など公開情報のみに基づく集計で、少なくとも約7万人の戦死者が確認された。米紙ウォールストリート・ジャーナルは9月、欧米情報機関には露軍の戦死者を約20万人、負傷者を約40万人だとする推計もあると報じた。

ウクライナでの戦闘が続く限り露軍の死傷者は増え続け、それとともにロシア財政が逼迫(ひっぱく)の度を増すのは確実だ。(小野田雄一)

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