「病気を治す」「政敵を倒す」…現代でも世界には呪術があふれている

200か国以上の国が参加したフランス・パリオリンピックも終盤を迎えた。普段のニュースでは目にする機会が少ない国も多く、世界には多様な文化があることを改めて認識したのではないだろうか。歴史作家・島崎晋氏によると、シャーマンや呪術が日常生活のなかに存在している国がたくさんあると教えてくれました。

※本記事は、島崎 晋:著『呪術の世界史 -神秘の古代から驚愕の現代-』(ワニブックス)より一部を抜粋編集したものです。

呪術医療や儀礼で利用されている「アヤワスカ」

まだまだ世界には、シャーマンや呪術医が健在な国や地域が少なくない。南米大陸のアマゾンがまさしくそれである。

アマゾンと言えばブラジルを思い浮かべる人が多そうだが、実のところアマゾン川は、ブラジルに加え、ペルー・コロンビア・ボリビア・ベネズエラ・エクアドルの計6か国を流れており、流域はどこも密林を伴っている。

流通の拠点となる都市や町には病院もあるが、先住民集落のほとんどは密林の奥にあって、病院どころか医師も薬剤師もいないため、人びとは今もシャーマンによる呪術医療に頼るしかない。

麻薬のコカインや清涼飲料のコカ・コーラの原料コカは、南米大陸が原産地。古くから高山病対策や局所麻酔に有効とされ、アンデスのシャーマンも必要に応じて使用している。

アンデスのシャーマンは薬草に関する知識が膨大で、コカはあくまで薬草の一つでしかない。アマゾンの呪術医療や儀礼で最も広く利用されているのは「アヤワスカ」というツル状の植物である。

▲アマゾンで最もポピュラーな薬草アヤワスカ 『呪術の世界史』より

アヤワスカをハンマーで砕き、細かくパーツ分けしてから、チャクルナと呼ばれる葉と混ぜ合わせ、それに水を加えたうえで、とろみが出るまで何時間も煮込む。

こうしてできた茶色い液体を小さなグラスで飲むのだが、これには体内に蓄積された毒素を排出する効果と幻覚作用があり、これを飲むと、健康と知恵を授けられるとも、長生きできるとも、霊界への扉が開かれるとも言われている。

ただし、米国麻薬取締局がアヤワスカの有効成分ジメチルトリプタミンを違法とするだけあって、反応には個人差が大きく、嘔吐や下痢に見舞われる人が少なくないという。

アマゾンと同じく、密林の多い東南アジアでも呪術医療は盛んで、文化人類学を専門とし、特に東北タイの呪術と精霊信仰を研究している津村文彦氏の『東北タイにおける精霊と呪術師の人類学』(めこん)によれば、タイの北東部ではモータムと呼ばれる呪術医が現在も欠かせない存在という。

モータムの「モー」は「知識を持った専門家」、「タム」は仏法を表わし、モータムは仏法に裏付けられた呪術医療で、精霊ピーの除去や病気の治療を行なう。

モータムになるには、特定の師匠のもとで治療に用いる呪文を学んだうえで、師匠を崇める儀式を行なう必要がある。正式な師弟関係になることで、師匠の持つ知識が弟子の身体にも宿り、目に見えない存在であるピーと対峙できる呪力も備わると考えられているからだ。

一口にピーと言っても、死んだ人間の霊を指す場合もあれば、村の守護霊、河川や草木など自然環境に棲息する霊、特定の機会に発生する悪霊など、多種多様な霊の存在が想定されており、そのなかでも人に取り憑いて病や死を引き起こす生き霊はピーポープと呼ばれ、モータムにとっては比較的に与()しやすい相手とされている。

体調不良の原因が悪霊にあると判断された場合、患部に息や聖水を吹きかけるのが基本だが、その前後に呪文を唱えることもあれば、薬草を処方することもある。

西洋伝来の近代医療に背を向けているわけではなく、利用可能なものであれば積極的に取り入れる。中世から近世ヨーロッパの医師がそうであったように、モータムの一番の役割は患者を安心させることにあるのかもしれない。

豊富な知識を背景に、病気の原因や進行の具合、治療法などについて、患者やその家族が納得できる説明をなす。人間に本来備わる自然治癒力を最大限引き出すことができれば、感染症以外の病なら何かしら改善が見られる。細かいメカニズムはともかく、プラセボ効果は現代医学でも広く認められている。

韓国では黒呪術が政争の道具として使われている

西洋の魔術がそうであるように、東洋の呪術も黒呪術と白呪術の2つに分類可能で、タイのモータムは明らかに白呪術である。

だが、同じく東アジアの韓国では、これとは真逆の黒呪術が政争の道具として使われており、次に挙げるのは2022年3月9日の大統領選挙投票日を目前にして、SNSに書き込まれたコメントである。

「尹錫悦(ユン・ソンニョル / 当時の野党統一候補で現大統領)に呪いをかける」
「罰を受けるべき人間には五殺で罰を下したい。八つ裂きにしなければ」

なんとも物騒な書き込みだが、まず、注目したいのが「五殺」という言葉。これは20世紀初頭まで続いた朝鮮王朝時代、主に逆賊(謀反人)に対して執行された、殺害後に頭・胴体・手足をバラバラにする処刑法である。最初の書き込みには、鋭利な道具を突き刺された藁人形の写真も添付されていたから、呪術行為であるのは明らかだった。

▲岸田首相と握手を交わす尹錫悦大統領 出典:内閣官房内閣広報室 / Wikimedia Commons

この忌まわしい記憶がようやく消えかけた2023年3月、再び事件が起きた。

現野党「共に民主党」の李在明()代表の両親の墓が、何者かにより毀損されたのである。

3月14日付けの『TV朝鮮ニュース』日本語版では「何者かが亡父の墓の盛り土を傷つけ、特定の漢字が書かれた石を周辺に埋めていた」「子孫が絶滅するように呪う黒呪術」という李代表のコメントが報じられた。

また、同日の韓国紙『中央日報』日本語版では「韓国野党代表の両親の墓が毀損……〈亡くなった両親まで侮辱〉」という見出しで、「私のせいで、亡くなった両親まで侮辱されるので申し訳ない」という李代表のコメントと併せて、彼が同日午後にフェイスブックに発した「意見を聞いてみると、一種の黒呪術で、墓の四方に穴を掘って凶物などを埋める儀式、墓の穴を塞いで子孫や家門が滅びるように呪う『凶()魅()』(呪術の一種)だという」という書き込みを紹介。

さらには「共に民主党」のイ・ギョン常勤副報道官による「李代表の両親のお墓の四方を暴き、奇妙な文字が書かれた石を誰かが埋め込んだ。封墳の上を足で踏みつけ、重い石をのせた」「ひどいこと」というメッセージも掲載された。

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