声上げ始めた「ヒトラーの子どもたち」 選別され「ドイツ化」、64歳で知った出自

赤ちゃんのころのカーリさん。ドイツに送られる前、ノルウェーの施設で撮影されたものと思われる。カーリさんがノルウェー国立公文書館から取り寄せた中に写真があった=カーリ・ロースヴァルさん提供

 「ヒトラーの子どもたち」と呼ばれる人たちがいる。ナチス・ドイツの「生命の泉(レーベンスボルン)計画」のもと、ドイツ兵との間に生まれ、「望ましい見た目を持つ」として選別された子どもたちのことだ。強制的に実親から引き離され、不遇な人生を余儀なくされた被害者たちが声を上げ始めている。

 アイルランドに住むカーリ・ロースヴァルさん(80)もその一人。スウェーデンで農場を営む夫妻のもとで養子として育ったが、カーリさんの出自については養父母も知らない様子だった。

 17歳で働き始める際に取り寄せた自身についての書類の中に「出生地 ノルウェー」の文字があった。移民局に問い合わせ、何度も交渉した末、生みの母はノルウェーに存命で、生物学上の父親はドイツ人だと知らされた。母に会うことができ、文通も始まったが、カーリさんの出自の詳しい状況について母は何も語ってくれなかった。

 出自を知るきっかけとなったのは、歴史学者との出会いだ。カーリさんがノルウェー生まれで、父親がドイツ人であると聞いた歴史学者は「生命の泉計画」のことを口にした。ナチスの親衛隊を率いたヒムラーが立てた計画だと知った。

 ノルウェーの公文書管理局に資料が保管されていることも知り、請求すると厚い封筒が届いた。ノルウェーで生まれたカーリさんが、ナチスの選別で「優良」と判断されてドイツに連れて行かれ、そこで終戦を迎えた事実が書かれていた。64歳になって初めて知った真実だった。

 カーリさんは「二度と同じことをおかしてはいけない。優生政策はもちろん、戦争も差別もいじめも。私たちの世代がこの世を去っても、この事実を忘れないでほしい」と語る。

 ドイツのジェンダー史に詳しい姫岡とし子・東大名誉教授によると、ナチスは金髪で青い目の北欧系の血筋をドイツ人と同等に「望ましい」と位置づけ、ドイツ兵との間の子どもを作ることを奨励していた。

 生まれた子どもは選別され、「ドイツ化」するために、見た目が「優良」だと判断されると親と引き離されてドイツ国内や占領地域に作られた収容施設「生命の泉」で育てられた。誘拐された子どももいた。

 「生命の泉」はドイツやポーランド、フランスなど各地に置かれた。ドイツ国内には18カ所、ノルウェーには9カ所あったとする説がある。なかでも全域が占領されたノルウェーでは6千~8千人の女性が収容され、1万2千人の子どもが生まれたとも言われる。

 姫岡名誉教授は「レイプだけでなく、生きるために『合意』のうえで性的接触を受け入れた例もあるだろう。だが、どれも戦時下の権力構造のなかで強いられた性暴力であり、再発防止のためには、それを可能にした歴史的背景を明らかにすることが大切だ」と語る。(竹石涼子)

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