「中国は台湾侵攻をいつでも実行できるよう準備を重ねている」ハイテク兵器も実戦配備“台湾侵攻2027年説”に強まる警戒心

「台湾有事への危機感は、米国の政策エリートたちのコンセンサス」と解説するのは、テレビ朝日ワシントン支局長などを歴任した布施哲氏だ。米中では軍事への投資が一段と加速しており、これまでになかったハイテク兵器が生まれているという。米国に先んじて、中国が実戦配備を果たしたミサイルは迎撃方法が確立されていない。米中軍事競争の最新動向を布施氏が解説する。

【画像】米軍に肉薄する中国人民解放軍

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「米軍は戦えるよう準備を」

 私たち日本人が思っている以上に米国政府は台湾有事の切迫度をシリアスに捉えているのではないか――。筆者がこの1年間、米軍や自衛隊の関係者との議論、米政府高官の発言、米の政府文書、政策動向から感じている問題意識だ。

 台湾有事リスクをめぐる議論の始まりは、退任直前のデビッドソン米インド太平洋軍司令官(当時)による「台湾への侵攻脅威リスクは2027年までに顕在化する」(2021年3月)という議会証言だった。

 退任間際の将官によるハプニング発言と思いきや、直後に後任となるアキリーノ司令官も「多くの人が考えるよりもずっと切迫したものだ」(2021年3月)と同調したことで、「台湾有事2027年説」への危機感は一気に広がっていった。

習近平国家主席 ©時事通信社

 そして3年が経った今年。そのアキリーノ司令官もまた退任する中、後任のパパロ太平洋艦隊司令官が2月初め、上院での指名公聴会に出席し、さらに踏み込んで警戒心をあらわにした。

「中国は台湾侵攻をいつでも実行できるよう日々、準備を重ねている」

 と指摘したうえで、

「我々は常に警戒を怠ってはならない。今、この時点から彼らが実際に実行に移すであろう日までの間、我々に休みはない。この瞬間であろうが、来週だろうが、来月だろうが、今後数十年、いつ侵攻があっても米軍は戦えるよう準備をしておかなければならない」

 2021年のデビッドソン発言よりも、より切迫感があるパパロ新インド太平洋軍司令官の言葉は米軍がこの3年の間でさらに危機感を強めていることを窺わせる。

 インド太平洋軍司令官の任期がおおむね3年間であることを考えれば、2027年まで在任するパパロ提督は「自分が台湾有事で対中紛争を指揮することになるかもしれない」と考えていてもおかしくない。

 こうした米軍高官の発言を「軍事予算を狙ったポジショントーク」だと分析することもできる。実際、「議会をちょっと脅かして予算を引っ張ってやろう」というのはよく取られる戦術ではあるが、今回は違うというのが筆者の見解だ。紙幅の制約で取り上げないが、この種の発言は米軍だけでなく議会、ホワイトハウス、CIA、FBIの高官からも聞こえてきており、台湾有事への危機感は米国の政策エリートたちのコンセンサスであると見るべきだ。

 前述のデビッドソン発言以降、台湾近海に日米豪だけでなく英仏独も海軍艦艇を航行させているが、米国が同盟国を巻き込んで、これほど大掛かりな予算獲得のための政治キャンペーンを展開するとは考えにくい。

CIA長官の分析

 ちなみにCIAのバーンズ長官も去年7月のアスペン・セキュリティ・フォーラムで「台湾侵攻2027年説」を唱え警戒感を見せている。

「習近平国家主席は2027年までに台湾侵攻の準備を完了するよう指示を出している。これは準備の指示であり、実際の侵攻が不可避であることを意味するものではない」

「しかしCIAをはじめ米情報機関に習主席の台湾支配に向けた決意を過小評価するものは誰もいない」

 CIAのトップが公の場で外国の意図についてここまで踏み込んで断定するのは珍しい。米国は習主席が台湾侵攻に向けて指示を出し、かつそれを受けて具体的に中国軍部が動き出していることを示すハードエビデンスを持っているのだろうと筆者は睨んでいる。習主席の演説や動静など単なる外形的事実関係や状況証拠だけで、ここまで情報機関のトップが言い切るとは考えにくい。決定的で具体的な「何か」を握っていると見るべきだろう。

 その「何か」については筆者なりの推論を持っているが、本稿はデータやファクトを材料とするのが趣旨なので、ここで推測を語ることは控えたい。

 言葉だけでなく行動も観察してみよう。去年、1年間だけでも米軍の「台湾有事シフト」は顕著だ。

舞台はフィリピンに

 その舞台は台湾の南に位置するフィリピンだ。米軍ではフィリピン政府との取り決めでフィリピン国内に5箇所の活動拠点を確保していたが、去年新たに南シナ海のパラワン島近くやルソン島に4箇所の拠点を追加することで合意している。

 フィリピンは台湾有事の際、米海兵隊、陸軍の対艦ミサイル部隊や戦闘機部隊が展開する前線基地の機能を果たすことになる。フィリピンは米軍にとって、台湾海峡を渡ろうとする中国の上陸部隊やバシー海峡をフィリピン海に抜けようとする中国の空母機動部隊を妨害するには欠かせない重要拠点なのだ。米軍は8200万ドルを投じ、追加で獲得した拠点の拡張工事に着手すると共に、海兵隊がフィリピンの離島を拠点にSLVと呼ばれる「動く基地」になる艦船を使った展開訓練も始めている。

 そのフィリピンには去年12月末、ハワイの真珠湾から1億5000万リットルの燃料が移送された。広大な太平洋を渡って米本土やハワイから駆けつけなければならない米軍のアキレス腱の一つは補給だとされている。中国が軍の補給のために5500隻規模の商船を有事の際に動員できるのに対し、米軍は補給に使える輸送船が80隻しかない(マーク・ケリー上院議員の米上院軍事委での発言)。大量の燃料をあらかじめ「前線」の拠点に置いておく事前集積は補給や輸送の課題を解決する策の一つとなる。

 作戦の拠点の確保、燃料の確保と着々と手を打っている米軍だが、将来の戦いを左右すると言われる先端兵器への投資も加速させている。

 まずは極超音速ミサイルだ。去年3月、バイデン政権は極超音速ミサイルの生産基盤の強化のために国防生産法を適用することを決めた。国防生産法は大統領に国内産業を統制する権限を与えるもので、安全保障に必要な機器の生産を大統領が企業に対して命じることができる。過去、コロナ禍においてトランプ大統領が人工呼吸器の緊急生産を命じるために発動している。

 音速の5倍以上のスピードで、複雑な軌道を描く極超音速ミサイルは今の技術では有効な迎撃方法が確立されていない。中国はすでに実戦配備をしている一方、米国はまだ開発段階にとどまっており、国防生産法の適用で実戦配備に向けた生産基盤の整備を急ぎ、中国との競争で追い上げをはかろうとしている。

 一部の専門家の間では「中国が開発でリードしているうちに台湾侵攻を決意するのではないか」という懸念が出るくらいの兵器だ。米国としては中国が自己過信で冒険的行動に出ることがないようにするためにも、早急に極超音速兵器の開発競争でのギャップを埋めようとしている。

米軍のドローン実戦配備が加速

 さらにもう一つ、台湾侵攻阻止の切り札として投資を加速させているのが無人機だ。

 去年8月、国防総省のヒックス副長官は数千機のドローンで中国に対抗する「レプリケーター計画」を発表している。「中国軍の量的優位に対してドローンの量で対抗する」というこの計画は、台湾を目指す中国軍の揚陸艦に突入する「カミカゼ・ドローン」を数千の単位で配備するものと見られている。台湾海峡を渡ろうとしている上陸部隊に対して数千の水中ドローン、水上ドローン、無人機で攻撃を加えることで、少しでも上陸作戦を遅延させ、米空母が台湾近海に駆けつける時間を稼ごうというものだ。

 レプリケーター計画を発表したヒックス国防副長官は「中国の政治指導者に、毎朝起きるたびに『今日はその日ではないな』と、台湾侵攻が割に合わないと思わせなければならない。今日から2027年までの間、そして2035年、さらに2049年までの間、ずっとだ」と中国が仮想敵であることを隠そうともしていない。

 注目すべきは2年以内には配備を開始したいというタイムラインだ。

 無人兵器の開発を進めている米軍だが、実戦配備は早くておおむね2030年以降とされてきた。それがここに来て急遽、民間スタートアップに呼びかけて「使えるものからすぐに使う」という姿勢に転じている。今から2年後、つまり2026年中には無人機の群れの配備をスタートさせるということから、事態の切迫を受けてなんとか2027年に間に合わせようとしていると読み取ることができる。

 こうした危機感は米軍だけでなく民間の専門家たちにも共有されている。米シンクタンクCSISが米台の安全保障専門家87人にアンケートをとった結果によれば、米側専門家の68%、台湾側の58%が「今年中」に中国が海上封鎖や台湾に向かう船の臨検に乗り出し、台湾海峡危機が起きる可能性があると考えている。彼らが悲観的過ぎるのか、我々日本人の見通しがお花畑なのか、彼我の認識の溝はあまりにも大きいといえる。

 だが、実際に数字というデータを見てみると米国を本気にさせる理由が理解できる。

 経済的減速に見舞われている中国だが、それでも過去20年間の成長スピードによる蓄積効果は大きく、軍事力では米国に並ばないにしても、その追い上げのペースは凄まじい。

本記事の全文は、「文藝春秋 電子版」に掲載されています(布施哲「米中軍事競争の大接戦」)。全文では、下記の内容について詳報している。

国防予算が米国に肉薄
・残酷な米軍の被害予測

ミサイルの備蓄不足
・通信や水道などインフラに侵入
・ハッキングされる自衛隊

(布施 哲/文藝春秋 2024年7月号)

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