対日工作組織が「いちごスムージー」販売! 中国大使館交流イベントの“裏の歩き方”

 9月7日~8日の土日、代々木公園イベント広場でとある催し物がおこなわれた。その名はチャイナフェスティバル2024だ。

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 これは中華人民共和国成立75周年を銘打ち、中国駐日大使館(およびチャイナフェスティバル2024実行委員会)が主催。イベントの最高顧問には日本側の親中派の大物である福田康夫元総理も名を連ねているものの、実働チームのトップである実行委員長は中国大使の呉江浩が務めている。つまり、中国国家が進める日中交流イベントだ。

 ゼロ年代以降、日本ではタイフェスティバルや日韓交流おまつりなど、アジア各国の大使館が主催する大型の交流イベントが人気を博してきた。これらにあやかり、中国大使館が2016年から始めたのがチャイナフェスティバルである。

チャイナフェスティバル2024のフィナーレで熱唱するalan。チベット族出身の歌手で、日本では2007年にデビュー。映画『レッドクリフ』シリーズの主題歌でも知られる。 ©安田峰俊

 その後はコロナ禍で数年の中断を経つつも、現在までイベントが続けられてきた。今年のチャイナフェスティバルは、かつて日本でavexに所属した大物歌手のalanが登場するなど、中華圏のエンタメに関心がある人にはなかなか貴重なイベントでもあった。

 いっぽう、このイベントは私の好事家的な関心も引いた。中国大使館が望む「中日両国の友好」(=日本社会に中国当局の価値観を受け入れさせること)には1ミリも合致しないものの、私の基準ではものすごく興味深いトピックがてんこ盛りだったのだ。じっくり紹介していこう。

オタク日本人2割、一般中国人8割の祭典

 まずは全体の雑感だ。私が実際に現場にいた9月8日13時ごろから19時のフィナーレまでを観察した限り、会場の一般客における中国人と日本人の比率は8:2くらい。圧倒的に中国人の来客が多いように見えた。

 ちなみに、タイや韓国など他国の大使館系フェスの場合、会場では若者や家族連れなどのライト層の日本人の来場者が、相手国の人よりも多いのが普通だ(チャイナフェスティバルも第1回が開かれた2016年ごろはそうだったらしい)。

 だが、現在のチャイナフェスティバルの会場は、とにかく日本人がいない。しかも、たまに見かける日本人は、中央ステージに登壇するアイドルグループの推し組か、さもなくば私のような(関わるとめんどくさそうな)中国オタクらしき人か。「ユルい普通の人」の含有率が著しく低い。

 とはいえ、会場が盛り上がっていないかといえば──。決してそんなことはない。来場者の8割を占める中国人たちは、普通の若者やファミリー層も多かったからだ。大使館主導の祭典であるためか、今世紀に入って普及した民族服「漢服」を着て歩く男女も目立ち、あちこちで自撮りに興じていて華やかである。

 中央に作られたステージでは、中国人歌手が日本語のMCをおこなっても誰も反応しないのに、中国語に切り替えるといきなり歓声が上がる光景もしばしば見られた。

 中央の食事コーナーは家族連れで占められ、完全に中国国内のモールのフードコートみたいなカオスな光景だ(ただし、運営側がゴミの分別の徹底遵守を呼びかけており、そこは人々もちゃんと守っていた)。この2日前に行ったサッカーW杯予選の中国アウェイ席と同じく、国内の休日の繁華街をそのままワープさせたのではないかと思うほど、全体的に中国そのものだ。

内向きイベントに跋扈する「同郷会」

──中国人の中国人による中国人のためのフェス、in代々木公園。

 会場を覆う異常に濃厚な中国成分は、観察者である私にはありがたかった。ただ、中国側がここまで徹底的に「内向き」の雰囲気を漂わせているのは、交流イベントとしては正直どうなんだと思わなくもない。

 公式HPを確認すると、事前に約12万人の来場者目標がアナウンスされていたのだが、いまどきカタギの日本人の多くは、わざわざ中国政府系の交流イベントには来ないだろう(「婚活マッチング後の初デートでタイフェスに誘う男性」はアリでも、チャイナフェスに誘う男性は愛が試されそうだ)。

 本国に報告する来場者ノルマの達成に追われた大使館が、留学生会や華僑団体に通達を送りまくって自国民を動員した結果が、この光景ではないか……? という、舞台裏の事情も想像してしまう。

「同郷会や総商会のブース出しが、去年以上に増えている気もします」

 前年のイベントに出店した日本人から、各ブースを眺めながらそんな話も聞いた。確かに、飲食系のブースはこの傾向が特に目立つ。個人や単独の商店での出店はほとんどなく、「〇〇同郷会」や「〇〇総商会」の横断幕だらけだ。大使館の呼びかけで出店したのだろう。

 同郷会や総商会はもともと、同じ故郷を持つ中国人の互助組織で、日本でいえば「〇〇県人会」や「〇〇県在外商工会」に近い。ただ、中国では2010年ごろから在外華人の同郷会・総商会の政治的な取り込みが進み、会の側も商売がやりやすいからと大使館に接近する傾向が強まった。

 そして、同郷会のなかには中国政府のインテリジェンス工作に加担する例もある。

 たとえば、昨年に中国の地方公安組織が相手国に無断で在外出先機関を設置していたことで国際ニュースなった「海外派出所」問題でも、ニューヨークの拠点は美国長楽公会、都内の秋葉原の拠点は日本福州十邑社団聯合総会と、それぞれ福建省の同郷会が元締め。また中国駐日大使館員が海外派出所の設立式典に参加していた西日本某所の拠点は、江蘇省の日本南通同郷会が元締め……と、いずれも同郷会組織が関与していた(こちらの記事も参照)。

対日工作協力組織、大量にブース出展!

 ならば、チャイナフェスティバル2024年にはこの手の諜報協力系の同郷会はいないのか……? 探してみたところ、ばっちりいた! 日本福建経済文化促進会(以下「福経促」)だ。

 こちらは、習近平政権下で中国共産党が京都の黄檗宗万福寺をターゲットに進めている対外統一戦線戦線工作(海外の協力者獲得工作)で活躍している団体だ。福経促のホームページからは、2016年9月1日に同会会長が党福清市委員会の統一戦線工作部長・陳存楓を連れて同寺に訪問したことが確認できる(こちらの記事も参照)。

 また、福経促のイベントには福清市の統戦部関係者がしばしば出席している。2016年6月12日には当時の党中央統戦部副部長が接見した在日華僑訪中団のメンバーにも同会の会長が加わっていた。そもそも、「〇〇促進会」という会名は統戦部と関係が深い在外華人団体がしばしば名乗る名称だ。福経促はばりばりの統戦系のインテリジェンス担当組織と考えていい。

 だが、彼らは日本国内で隠密任務を担っているはずなのに出たがりなのか、チャイナフェスティバル2024年の会場では、都道沿いの場所に堂々と福経促の看板を出して6~7軒も飲食ブースを展開。「いちごスムージー」(800円)、「南昌まぜビーフン」(700円)、豚足(300円)など、限りなくゆるい食べ物を大量に売っていた。

 福経促は対日統戦工作の尖兵の役割を担ういっぽう、団体に加入しているのは普通の中華料理店のおっさんやおばさんたちなのだ。私もおなかがすいたので、彼らの統一戦線工作に資金援助をおこなうことにして、ブースのひとつで臭豆腐を購入する。

 インテリジェンス臭豆腐はやや味が濃かったが美味であり、隣の在日山東同郷会のブースで売っていた中国の赤ワインChangyu Longyu Estate 2021年(グラス500円)によく合った。ほか、インテリジェンス唐揚げもなかなかいける。おっさんたちは本業の飲食業はちゃんとしているっぽいので、悪いことは言わないから対日工作活動よりも料理に専念してほしい。

「他者の視点に立つ」情報発信は苦手…

 チャイナフェスティバル2024のもうひとつの醍醐味は、ヘンな表記の日本語ウォッチだ。たとえば下の写真は、山東省と湖南省の省政府が観光客誘致のために出展した公式エリア(5~6ブースが集まって特設コーナーが作られていた)で見つけた表記である。

 念のため書いておけば、私が怪しい表記を面白がるのは、「外国人のつたない日本語をバカにする」というチープな動機ゆえではない。省クラスの地方政府の公的ブースにすらこの手のヘンな表記が出現しているという現象が、中国の対外発信の性質を理解する上で大いに役に立つからだ。

 実は会場では、PRに日本の広告会社が関与していて日本人の広報担当社員もいるであろうEV自動車メーカーのBYD ジャパンなどの大企業1~2社を除いて、ほとんどのブースの日本語の表記がどこか怪しかった。大手航空会社である中国東方航空や海南航空のブースですら、ネイティブの日本人が読むと若干の違和感を覚える表記が見つかってしまう。

 ちょっと雑な文化論を書けば、そもそも漢民族は、自分たちが圧倒的に数が多くて強大な存在であるためか、他の文化に対する理解が粗雑になりがちである(実は新疆やチベットの少数民族問題も、大いにこの性質に由来している)。他者の視点に立って相手が受け入れやすいアプローチをおこなうことも、彼らは極度に苦手である。

 そのため、たとえ公的機関や大企業でも、外国語で情報発信をおこなう際にネイティブチェックをおこなうという発想はほとんどない。加えていえば、自分の責任が問われない状況で他者のミスを見つけた場合に、わざわざ訂正を提案するようなお節介をするスタッフもすくない。

「対日世論工作」ができない人々

 日本語はひらがなとカタカナの表記、助詞や語尾の表現などが複雑だ。それどころか、フォントや改行がちょっとおかしいだけでネイティブの日本人の目には不自然に見える(だがノンネイティブにはまず判断できない)という、非常に言語障壁が高い言語だ。ゆえに中国の日本向けの情報発信は往々にして、「怪レい日本语」(変な表記の日本語)になりがちである。

 当然、これは地方政府や大企業の平和的な広告だけではなく、彼らが日本に対しておこなう「世論工作」でも同様だ。中国の大使館や総領事館の関係者が、SNSでアメリカや日本に攻撃的なメッセージを発する「戦狼外交」的なポストが、ヘンな文章なので誰の心にも響かない……といったケースは、現在までもすでに多数確認されている。

 世間では中国が日本に世論工作を仕掛けるという懸念も囁かれているが、相手の国の社会をマジメに理解し、自然に受け入れられる形で自分たちに有利な情報を流す行為は、中国が最も苦手とするところだ。もちろん、それらが得意な中国人も存在してはいるが、そういう「他者の視点」を意識した柔軟な思考ができる人は、現在の党体制には協力したがらない。

 ゆえに、中国の情報発信のレベルを考えれば、すくなくとも「世論工作」については現時点での過度な心配は不要だろう。むしろ、巨大化した中国人商工会がカネで議員や政党を切り崩したり、日本人が立ち入れないコミュニティを拡大したその内部に中国政府の出先機関を勝手に作りはじめたりするシナリオのほうがまだしも現実的ではないだろうか。

 中国人参加者しかない「交流」イベントと、大量にブースを出す統一戦線工作組織と、公的機関のブースにすら登場する怪しい日本語。お気楽なチャイナフェスティバルから見えてくるものは、意外と多いのだ。

 本記事の著者の安田峰俊氏が「三国志やキングダムは好きなのに現代中国はイヤになった人に勧める」と語る新著、『中国ぎらいのための中国史』(PHP新書)は9月18日刊行です。

(安田 峰俊)

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