クアルコムの新Snapdragonが「生成AIスマホ体験」を変える! 秋に3社が搭載スマホを投入

米クアルコムがハワイ・マウイ島で開催したSnapdragonのイベントで、次世代のモバイル向けチップセットとなる「Snapdragon 8 Elite」を発表しました。同社のカスタムメイドによる「Oryon CPU」をモバイル向けに最適化したほか、機械学習処理を担うHexagon NPU(Neural Processing Unit)もまた現行のチップセットであるSnapdragon 8 Gen 3よりも飛躍的に高めています。新しいチップセットの誕生により、次世代のプレミアムクラスのAndroidスマホによる体験は再び大きく進化します。

○第2世代のOryon CPUがモバイルに拡大

クアルコムは、自社設計によるOryon CPUを載せたコンピューティング(PC)向けのチップセット「Snapdragon X Elite」シリーズを2023年に発表しています。Eliteの名前はコンピューティング、およびモバイル向けの「最高級」のチップセットに与えられます。コンピューティング向けのチップは今年、下位のラインナップとなる「Snapdragon X Plus」シリーズに拡大しました。今後は、モバイル向けチップセットもこの歩みに足並みを揃えながらラインナップを整理整頓していくのかもしれません。

Oryon CPUは、スマホなどモバイルデバイス向けにアーキテクチャを最適化しています。CPUの構成は最大4.32GHzで動作する2つのプライムコアと、最大3.53GHzの高性能コアが6つ。それぞれ駆動時に消費する電力を低く抑えることから、現行8シリーズのチップにも搭載する高効率コアを省いています。クアルコムでは、新設計を採用した「第2世代のOryon CPU」と呼んでいます。

○ASUSやシャオミが搭載スマホを秋に発売

Snapdragonのイベントでは、最新フラグシップのチップセットであるSnapdragon 8 Eliteを搭載するスマホの商品化にいち早く3社のメーカーが名乗りを挙げました。

まずはHONOR。チーフ・マーケティング・オフィサーのRay Guo氏がステージに登壇し、「HONOR Magic 7」シリーズを10月30日に中国で開催するイベントで発表することを明らかにしました。同社独自の「HONOR AIエージェント」を搭載するスマホになりそうです。

続いて、ASUSからテクニカル・マーケティングディレクターのSascha Krohn氏が壇上に立ち、ROGブランドのゲーミングスマホ「ROG Phone 9」がSnapdragon 8 Eliteを載せて11月にグローバルモデルを発売する計画を伝えました。

本機は、先進的なクーリングシステムを搭載。現行ROG Phone 8とのシステムパフォーマンスの比較として30%のパフォーマンス向上と、30%の低消費電力化を合わせて実現するそうです。クアルコムが開催したイベントの会場にはまだ操作ができない試作機ですが、ROG Phone 9の実機も展示されました。本体を横向きに構えたランドスケープモードでも快適にプレイできるよう、側面にUSB-C端子を配置しています。

もう1社はXiaomi。今回は実機の公開がなかったものの、イベントに登壇したグループシニア・バイスプレジデント兼インターナショナルビジネス部門プレジデントのAdam Zeng氏が、次期モデルの「Xiaomi 15」シリーズにSnapdragon 8 Eliteを載せて、近くグローバルモデルを発表することを明らかにしています。特に、独自のXiaomi HyperCoreテクノロジーにより、モバイルゲーミングのパフォーマンスを高めたデバイスになりそうです。

○カメラに様々な生成AI機能の可能性が広がる

Snapdragon 8 Eliteでは、インターネットを介してクラウドAIに接続しなくても、デバイス上で高度な生成AI処理がこなせます。そのうえ、テキスト/画像/音声など複数のAIモデルが生成するデータを組み合わせて同時に処理する「マルチモーダルAIモデル」への対応力も一段と強化しています。

あわせて、スマホのカメラに高度なAI画像処理のアルゴリズム技術を統合したり、スムーズなゲーム体験などが次世代のAndroidスマホで実現できるようになります。Snapdragonのイベントでは、Snapdragon 8 Eliteによるいくつかの先進技術がいち早く体験できるデモンストレーションが公開されました。

チップセットに統合されるISP(画像信号処理プロセッサ)のSpectraは、Hexagon NPUとの連携によりAI処理の能力が向上します。

静止画像にAIによる被写体解析をかけて、人物ポートレートの肌や背景の緑、建物などオブジェクトごとに最適な画像処理をかける「Semantic Segmentation(セマンティックセグメンテーション)」の技術は認識できるレイヤー数が「12」から「250」へ一気に拡大します。その効果により、Snapdragon 8 Eliteを搭載するスマホのカメラでは被写体の質感や色合いなどをより繊細にバランスよく再現した写真が撮れることに結び付きます。

デモンストレーションでは、Snapdragon 8 Eliteを載せたスマホの試作機と、クアルコムのパートナーであるArcSoftの画像解析ソフトウェアを組み合わせた写真撮影の体験機会が設けられました。

例えばAI画像解析により、元気に動き回る犬・猫などペットの写真がより鮮明に記録できるようになります。デモンストレーションでは、バーストモードを使って複数の写真を高速撮影し、AIが提案する60枚の候補からベストショットを選択できる「AIペット・キャプチャ・スイート」の事例が紹介されました。

○画像・テキストなど様々なデータをAIアシスタントが素速く解析

カメラで撮影したビデオも、プレビューを見ながら画面を数回タップするだけの簡単な後処理加工により不要なオブジェクトを削除できる「ビデオオブジェクト・イレーサー」のようなツールも実装可能です。静止画についても、AI画像解析によりオブジェクトを選り分けて不要な被写体を消すツールが「AIキーパー」として提案されていました。

これらの写真・ビデオの撮影・編集時のAIツールはSnapdragon 8 Eliteにプリインストールされるわけではなく、スマホを開発するハードウェアメーカー、あるいは写真加工のアプリなどを提供するソフトウェアベンダーが最新チップセットのパフォーマンスを活かして実現できるユーザー体験の事例としてクアルコムが紹介したものになります。

Snapdragon 8 Elite上で、高度なマルチモーダル生成AIアシスタントをサクサクと動かすデモンストレーションも披露されました。中国のソフトウェアベンダーであるZhipu AIが試作したアプリは、スマホのカメラで取り込んだビデオ画像をデバイスのAI処理のみでリアルタイムに素速く解析し、被写体の人物の特徴をテキストチャットに表示するような使い方を提案していました。このような使い方がAndroidスマホと連動するスマートグラスなどでも実現すると面白くなりそうです。

ほかにも、スマホのカメラでレシートの画像を読み込んで、割り勘やチップの計算をAIで素速く行うアプリケーションを実現したイメージなどが紹介されていました。

○拡大を続けるOryon CPU。スマートグラスにも生成AI

イベントの基調講演のステージに登壇したクアルコムの最高経営責任者クリスティアーノ・アモン氏は、Oryon CPUを載せたSnapdragonシリーズのチップセットがこれからもAI PCに広く採用され、今後はSnapdragon 8 Eliteの誕生により「AIスマホ」にも拡大する未来に強い期待を寄せていました。

アモン氏によると、AIスマホのユーザーインターフェースが今後大きく変わる見通しがあるといいます。例えば画面をタッチしたり、音声エージェントに話しかけていたこれまでの操作体験は、デバイス上のAIがユーザーの様々なデータを解析しながら「次のアクション」をユーザーに対して先んじて自動で提案するようなスタイルが一般化することも考えられます。

クアルコムは、コンピューティングやモバイルのほかにも、さまざまなコンシューマデバイス向けのチップセットを開発する半導体メーカーです。Metaの「Meta Quest 3S」やNTTコノキューデバイスの「MiRZA」に代表される最新のMR/VRヘッドセット、ARスマートグラスなどのウェアラブルデバイスのためのチップセットも、同社は長年に渡り手がけてきました。

新たにクアルコムのXR&Spatial Computing部門の責任者を兼務することになったZiad Asghar氏は、Snapdragonのイベントに日本から参加したジャーナリストによるグループインタビューに出席。現行のSnapdragon XRシリーズ、Snapdragon ARシリーズを両輪とするアイウェア型のウェアラブルデバイス向けチップセットにもOryon CPUが搭載され、マルチモーダル生成AI対応が強化される可能性を示唆しました。

イベントの会場では、クアルコムのリファレンスデザインに、Snapdragon 8 Eliteを搭載するスマホのマルチモーダル生成AIアシスタントを連携させるデモンストレーションが体験できました。Snapdragon ARシリーズのチップを搭載するスマートグラスのカメラが、目の前にあるオブジェクトの画像データを取り込み、アシスタントに「これは何?」と聞くと、音声とテキストによる答えが素速く返ってくるような未来のユースケースを提案していました。

生成AIとスマートグラスの相性はとても良さそうです。アイウェア型ウェアラブルデバイス向けチップセットのトップランナーであるクアルコムの今後の展開にも目が離せません。

著者 : 山本敦 やまもとあつし ジャーナリスト兼ライター。オーディオ・ビジュアル専門誌のWeb編集・記者職を経てフリーに。独ベルリンで開催されるエレクトロニクスショー「IFA」を毎年取材してきたことから、特に欧州のスマート家電やIoT関連の最新事情に精通。オーディオ・ビジュアル分野にも造詣が深く、ハイレゾから音楽配信、4KやVODまで幅広くカバー。堪能な英語と仏語を生かし、国内から海外までイベントの取材、開発者へのインタビューを数多くこなす。 この著者の記事一覧はこちら

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