Starlinkで山小屋にネット環境を、「山小屋Wi-Fi」がもたらした“山岳DX”

登山人気の高まりを受け、携帯電話の電波が届かない山小屋でもWi-Fi経由でインターネットが使えるよう整備が進められています。その1つが、KDDIとWi2(ワイヤ・アンド・ワイヤレス)が提供する衛星ブロードバンドインターネット「Starlink」を活用した「山小屋Wi-Fi」。2023年8月2日より本格的にサービスを開始し、2023年度末は12カ所だったところ、今夏には約100カ所まで拡大しました。

インターネット環境を提供する山小屋Wi-Fiは、登山者の利便性や安全性が高まるだけではありません。「山小屋Wi-Fiがないとバイトが集まらない」と悩む山小屋のオーナー側にとっても少なくないメリットがあるといいます。山小屋Wi-Fiは山小屋や登山の環境をどう変えたのか、立ち上げから携わるKDDIの西原隆浩氏に“山岳DX”について話を聞きました。
山小屋Wi-Fiが山小屋の予約、決済、情報発信を変える

先日、乗鞍岳の山小屋に宿泊した時に、「山小屋Wi-Fi」のチラシが貼ってあることに気付きました。筆者は登山が趣味なので、山小屋Wi-Fiのサービスは知っていましたが、徐々に山小屋に普及していることを実感。調べてみると、約100カ所まで拡大していることに驚きました。

山小屋Wi-Fiは山間部や離島など、通常の電波が入りにくいエリアにスポット的に通信を作っていく取り組み。通常は光ファイバー回線が必要になりますが、山小屋までケーブルを引き込むのは現実的ではないので、Starlinkの通信衛星を介してWi-Fi環境を提供します。

「Starlinkは低軌道なので静止衛星と比べて距離が近く、通信衛星の数も多いので、オープンスカイであればどこでも高速、低遅延の通信ができるのが特徴です。これまで電波がまったく届いていなかった山小屋で通信可能になるのは大きな変化。『世界が変わった』と言ってくれる山小屋もあって、そこが山小屋Wi-Fiの価値だと思っています」と西原氏。

これまでまったく電波が届かなかった山小屋に街と同じような通信環境が整えられることで、電話予約と現金決済が基本という従来スタイルの山小屋に、オンライン予約やキャッシュレス決済が導入できます。なかでも、登山道の状況や天候などの情報をタイムリーにSNSなどでアップできるようになったことが、山小屋のオーナーから高く評価されているといいます。

「山小屋はケガをした人が運ばれてきたり、遭難者を捜索する拠点になるなど、インフラ的な役割をする場所でもあります。そのため、安定した高速データ通信ができる環境を整えることが重要だと考えます」(西原氏)。

スタッフの採用面でもインターネット環境の有無が作用するようです。標高が高い場所にある山小屋では、その多くが初夏から秋口までの営業になります。その期間は短期バイトを採用するわけですが、ネット環境がないと応募の数に影響が出てしまうそう。「従業員への福利厚生的な意味でもネット環境は必須」というオーナーの声も多いそうです。
山小屋Wi-Fiで最新情報を入手し、より安全な登山につなげる

一方、登山者側のメリットとしては、山小屋Wi-Fiを使ってネット接続できることで、家族や友だちなどに連絡が取れ、相手を安心させられます。このあとの天候やルートを確認したり、登山道の最新情報を知ることで、安全な登山にもつながります。

「auユーザーは無料で山小屋Wi-Fiを利用できるので、お試しで使っている人も多いと思います」(西原氏)。とはいえ、1日あたり100人以上が利用する山小屋もあるとのことで、登山者の利用が伸びていることが感じられます。

2024年7月12日には従来の2時間300円、24時間600円という料金に加えて、「povo2.0」の期間限定プランも登場。24時間の山小屋Wi-Fiに0.3GB(15日間)が付いて600円のプランや、よく登山する人なら山小屋Wi-Fiと1GBが30日間使えて1,580円のプランも登場しました。

「登山者のニーズとして、2つのキャリア回線を持った形で登山する人が増えている、という利用実態が見えてきました。山のエリアではドコモ回線が強く、それに対抗するためには基本的に月額料金がかからないpovoならばセカンドSIMとして導入してもらいやすいのでは、と考えました。povoはau回線なので、ドコモがつながらないエリアでもauがカバーしていれば登山道でpovoが使えます。auもドコモも入らない山小屋では、山小屋Wi-Fiでネットが使える世界観を作っていければと思っています」(西原氏)。

山小屋Wi-Fiが利用できるのは、設置予定も含めて以下のような場所の約100カ所の山小屋になります。筆者は乗鞍白雲荘で利用を試みたのですが、21時からの消灯時間以降は発電機が稼働しないことから、利用しそびれてしまいました。自家発電の山小屋ではサービス時間が限られるケースもあるので、よく確認して利用してください。
山小屋Wi-Fiの設置場所

北アルプス:槍ヶ岳、穂高岳などの山小屋31カ所
中央アルプス:木曽駒ヶ岳などの山小屋5カ所
南アルプス:北岳、赤石岳などの山小屋23カ所
富士山:5合目から頂上までの山小屋23カ所
八ヶ岳:赤岳や蓼科山などの山小屋5カ所
そのほか関東周辺、近畿、四国、九州の山小屋など
※数は設置予定を含む。2024年の営業を終了した山小屋もあり

山小屋Wi-Fiと衛星との直接通信で山全体をエリアカバー

山小屋Wi-Fiが普及する一方で、KDDIではStarlinkを開発した「スペースX」との業務提携により、auスマホが衛星と直接つながり、空が見える状況であればどこでも通信が可能になるサービスの提供開始を2024年内に予定しています。このサービスが始まると、山小屋Wi-Fiが不要になるのでしょうか?

「山小屋Wi-Fiは高速で安定的なデータ通信になるので、動画を見たり、ライブ配信をすることも可能です。一方で、スマホと衛星の直接通信は、まずはSMSなどのメッセージ送受信からサービス提供を目指し、順次、音声通話やデータ通信にも対応する予定です。山岳エリアの通信ニーズは、山小屋のような拠点に加えて、登山道での通信ニーズもあります。将来的には、両方のサービスで山全体をエリアカバーできるサービスを目指します」(西原氏)。

山小屋Wi-Fiを用いた新たな活用としては、山の天候を視覚的に確認できるライブカメラを長野県の蓼科山頂ヒュッテに導入予定としています。山小屋からのライブ配信で、天候が変わりやすい山の中腹や登山道の様子がスマホで確認できるようになります。この取り組みは、別の山小屋でも順次拡大する予定です。

山小屋Wi-Fiの普及で、山小屋のサービス状況、山小屋での過ごし方などが変わりつつあります。山を訪れた時には、このような“山岳DX”にも注目してみてはいかがでしょうか。

綿谷禎子 わたたにさちこ 情報誌の編集部から編集プロダクションを経てフリーランスのライターに。現在は小学館発行のビジネス情報誌「DIME」を中心に、企業のオウンドメディアや情報サイトなどで幅広く執筆。生活情報サイト「All About」のガイドも務める。自称、キャッシュレスクイーン。スマホ決済や電子マネー、クレジットカード、ポイント、通信費節約などのジャンルのほか、趣味の文具や手帳の記事も手がける。 この著者の記事一覧はこちら

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