ボート競技を通じて描く「限界」のその先。『ノーヴィス』 ローレン・ハダウェイ監督インタビュー
ローイング(ボート競技)の世界に魅了され、狂気的なまでに没頭していく、一人の女性の激動の日々を描いた映画『ノーヴィス』が11月1日(金)に日本上陸します。
監督を務めたのは、デイミアン・チャゼル監督の『セッション』やクエンティン・タランティーノ監督の『ヘイトフル・エイト』など、数々の大作の音響で活躍してきたローレン・ハダウェイ。監督デビュー作となった本作では自ら脚本と編集も担当し、『セッション』や『ブラック・スワン』を彷彿とさせる没入感あふれる映像作品を完成させました。
「ノーヴィス/novice」とは、新入り、初心者のこと。スポーツの世界では一定のランクに達していない初心者のことを指し、本作では大学に入学して初めてローイングに挑む、主人公アレックスの姿が描かれています。今回は映画の日本公開を前に、ハダウェイ監督にリモートインタビューを行い、自身の経験に基づいたダークでスリリングな映画の誕生秘話をたっぷりと語っていただきました。
タランティーノ「あの作品」が監督志望のきっかけ?
――『ノーヴィス』の日本公開おめでとうございます! ローイング(ボート競技)の世界に狂気的に没頭していく主人公アレックスの姿に、心身ともにヘトヘトになるほど強烈な映画体験でした。
ローレン・ハダウェイ監督(以下、LH):それはよかった! 本作のゴールは観客にアレックスの精神的かつ肉体的な疲労を感じてもらうことだったので、完璧です(笑)。
――本作が監督デビュー作だそうですが、監督はこれまでに数々のメジャー作品で音響として活躍されています。今回は、なぜ監督としてこの物語を伝えようと思ったのですか?
LH:私は小さい頃から書くことが大好きで、親のVHSカメラで友だちと映画を作っているような子どもでした。映画の仕事をしたいと思ったきっかけは15歳の時に観たクエンティン・タランティーノ監督の『キル・ビル』で、絶対に監督になろうと思いました。
――そうだったんですね。そこからなぜ音響の道に?
LH:高校卒業後、監督になることを夢見て大学に進学したのですが、いざ入学してみたら、今で言うところのインポスター症候群(自分の能力を過小評価してしまう心理傾向、自己不信感)に陥ってしまったんです。小さな町から来た私にとって、特に男子生徒の多くが自信に満ち溢れているように見えて、「私が監督なんて絶対に無理」と思い込んでしまいました。それで編集へと方向転換して、そこから音響に出会って夢中になり、大学卒業後、音響の仕事をするためにロサンゼルスに移りました。
音響の現場では映画製作のプロセスが学べて自信がつきましたし、ハリウッドで働いている誰もが必ずしも天才的なクリエイターではないということに気づいたんです(笑)。その気になれば自分にもできるのではないか、と思えるようになりました。そこで、音響から脚本と監督に移行するための5年計画を立て、まるで本作の主人公アレックスのように突き進みました。初監督作品では自分がよく知っている物語を書くべきだと言われますが、私にとって、それは大学のボート部で過ごした強烈な4年間でした。私は何かに没頭する人をテーマにした、自分なりの映画を撮りたいと思ったのです。オリンピックを目指すとか、母親に言われてやるとかではなく、本人の内なる情熱から夢中になっている人を描きたいと思いました。
「ニヒリズム」を超越する「実存主義」アンセムの探究
――ご自身の経験に基づいているとのことですが、大学ではボート部で厳しいトレーニングをしながら映画の勉強もしていたなんて、すごいですね。
LH:1週間に20時間ボートを漕いで、映画では食べていけないだろうと思っていたので、映画とビジネスを二重専攻していました。それに私は学校が大好きなナードだったので、複数のクラブ活動を掛け持ちして、ボランティア活動もしていました。さらにアルバイトやインターンまで……我ながら一体どうやってこなしていたんだろうな、と思います(笑)。在学中は常に体調が悪くて、何かの病気なのかと思っていましたが、大学を卒業したら急に健康になりました。私は何事にも異常に執着して、やり過ぎていたんですよね。
――まるでアレックスみたいですね。
LH:本当に(笑)。
――学生の頃にボート部が練習しているのを眺めながら、優雅なスポーツだな、と思っていたので、本作ではローイングの過酷さにとても驚きました。アレックスは精神的にも肉体的にも非常に難しい役だと思うのですが、イザベル・ファーマンの演技は素晴らしかったですね。彼女のどんなところに可能性を感じたのですか?
LH:キャスティングについては、2013年にデヴィッド・フィンチャー監督が『ゴーン・ガール』について語っていたことが印象に残っているんです。彼はキャスティングをする際、役者としてではなく、ひとりの人間としての人となりを見るようにしているのだとか。なぜなら、12時間も撮影していると1日が終わる頃には疲れ切ってしまって、演じているキャラクターではなく、素のベン・アフレック(『ゴーン・ガール』で主演を務めた)に戻ってしまうから。だから、その人のコアな部分に役と通じるものがあることが大切だと話していました。
イザベルはオーディションの時から素晴らしかったです。予定外のシーンも演じてくれて、手紙まで書いてくれました。資料もすべてプリントアウトして持参し、そこには小さな付箋がたくさん貼られていて……私は彼女から、どこか強迫的なエネルギーを感じたんです。子役として出演したホラー映画(『エスター』)のイメージとは違って、実際の彼女はとても陽気でスイートな人なのですが、内なる凶暴性というか、張り詰めたエネルギーを感じることができました。それはアレックスという人物を描く上で必要なものだと思いました。
――実際に一緒に仕事をしてみて、いかがでしたか?
LH:私の選択は間違っておらず、イザベルは完璧でした。彼女はローイングの経験がなかったので、撮影前に1日6時間のトレーニングを6週間かけて行いました。劇中のアレックスが経験したように、彼女の手のひらも裂けてボロボロで、朝4時に起きる生活で睡眠不足になっていました。
――劇中のアレックスは笑顔もほとんどないし、もう十分だよ…と止めたくなるほど、観ていてつらい部分もありました。ご自身をモデルにしたといっても過言ではないキャラクターを描く上で、こだわったことはありますか?
LH:本作はある意味、私の“実存主義アンセム”なんです。ニヒリズムとは、人生には意味がないということ。それで終わりです。一方で実存主義とは、人生に意味はないけれど、どのような意味を与えるかは自分次第ということ。私もそんな風に人生にアプローチしています。
それに、私は執念深いんです。ローイングに関しても、別にオリンピックを目指していたわけでも、キャリアを築こうと思っていたわけでもありません。それでも私は夢中だったのですが、部内でそこまで執念深いのは私だけでした(笑)。私の人生には、全身全霊を込めて集中できるものが必要なんです。
アレックスというキャラクターは、恐らく10代から20代前半の私を表していて、私は彼女を通して自分自身のあのような一面を検証していたのだと思います。とにかく、ただ何かを征服したいという、説明しようのない人間の衝動を描きたいと思いました。それがどこから生じているのかはわからないけれど、そんな気持ちを抱えているのは私だけではないと思うし、共感できる人は少なくないはずです。
名監督の「音響」担当から学んだ演出スタイル
――劇中のアレックスは、「私は最も優秀ではないかもしれないけれど、誰よりも努力できる」と話しています。それは監督自身の心構えでもあるのでしょうか?
LH:その通りです。私は最もクリエイティブでもなければ、最も賢いわけでもありません。例えば見た目についても言えると思うのですが、顔は生まれ持ったものだけれど、タトゥーを入れたり、ピアスを開けたり、リップグロスをしたり、自分でできることもありますよね。ベストにはなれなくても、誰よりも努力することはできる。それがアレックスの哲学なのだと思います。
かたやライバルのジェイミーは、自然と何でもできてしまうタイプです。2人はまるで2台の車のような存在で、ジェイミーがフェラーリでアレックスが小さなホンダという感じです。その2台をレースさせたら必ずフェラーリが勝つだろうけれど、ほとんどの場合、フェラーリは競争せず、悠々とクルージングしている。それはジェイミーも同じで、彼女は自然にこなすことができて、大半の人よりも優秀なんです。それに対してアレックスは、少しでもフェラーリの前を行こうと全力でペダルを踏み込み、そのやり方で最終的にレースに勝つタイプ。私も何かのために自分を痛めつけなければいられないタイプで、限界までアクセルを踏み込む気があれば、上位10パーセントには入れるはずだと信じています。
――映画監督を目指したきっかけは『キル・ビル』だったとのことですが、監督はサウンドクリエイターとしてクエンティン・タランティーノ監督の『ヘイトフル・エイト』に参加されています。他にもデイミアン・チャゼル監督(『セッション』)、ザック・スナイダー監督(『ジャスティス・リーグ』)、ギレルモ・デル・トロ監督(『パシフィック・リム』)など、錚々たるビッグネームとお仕事されていますが、彼らからはどのようなことを学びましたか?
LH:私はスポンジのようにすべてを吸収しました。音響の仕事を始めた頃は、爆発音だとか、もっとかっこいいサウンドデザインを夢見ていたのですが、私はセリフを録音するアフレコのセッションを担当することが多かったんです。それは派手な仕事ではないのですが、実は完璧な現場で、監督や才能溢れる大物俳優たちとレコーディングブースに入ることで、学校では得られないような教育を受けることができました。さまざまな監督の演出スタイルを目にして、自分ならどうするか、そこから何を学べるか、よく考えるきっかけになったんです。
――本作ではサウンドはもちろん、映像がもたらす緊張感も素晴らしかったです。アレックスの感情が伝わってきて、まるで彼女の脳内に入ったかのような没入感のある映像体験でした。
LH:私はアレックスの感じていることを観客にも感じてほしかったんです。ローイングはとても平和で素敵なスポーツに見えますが、実際に漕いでいる人たちは吐きたいくらい必死なので、映像を通して伝えるのはチャレンジでした。同じ動作をひたすら繰り返すスポーツをドラマティックに感じさせるには、一体どうしたら良いのか? 私は常にアレックスがどう感じているかを考え、そのシーンにおける精神状態に基づいて、ハンディカムやステディカム、三脚やドリーなどの機材を選びました。あとは背景がちょっと歪んで映る壊れたレンズに“アレックス・レンズ”と名付けて、彼女の気が動転しているシーンなどに活用しました。
――過酷な大学時代を描いた映画を撮ることで、アレックスを通じてご自身に関する新たな発見はありましたか?
LH:本作はいろんな意味でカタルシス的な体験でした。初稿を書いてから2年の間に酷い失恋もしたので、その経験も脚本に反映しています。私にとっては、学校やキャリアに没頭していた10代から20代前半の日々のタイムカプセルのような作品ですが、今の私はもっとバランスが取れていますし、この映画が良いセラピーとなったように思います。
――日本での公開を前にした今のお気持ちは?
LH:最高です! 私は小さな町の出身で、休暇ですらアメリカを出ることなんて考えもしなかったですし、それどころか、テキサスを出ることになるとは思っていませんでした。だから、自分の今の人生に感謝していますし、世界中の人々が作品を観てくださって嬉しいです。日本の皆さんもアレックスというキャラクターに共感してくれるといいな、と思います。ぜひ大きなスクリーンで楽しんでください。
監督・脚本・編集:ローレン・ハダウェイ 製作:ライアン・ホーキンス、スティーヴン・シムズ、ザック・ザッカー
撮影:トッド・マーティン 音楽:アレックス・ウェストン 音響:エリック・ビーム
出演:イザベル・ファーマン、エイミー・フォーサイス、ディロン
原題:THE NOVICE / 2021年 / アメリカ / 英語 / シネマスコープ / 97分 / 5.1ch / 配給:AMGエンタテインメント /
日本語字幕:白取美雪 / 字幕協力:日本ローイング協会 /映倫:区分G
© The Novice, LLC 2021
Source : 『ノーヴィス』公式サイト
10/31 18:30
GIZMODO