今の50歳が16年後にもらえる年金は年21万円減額…財政検証で判明した「最悪のシナリオ」

「7月3日、厚生労働省が5年に1度の“年金財政の定期健診”ともいわれる財政検証を公表しました。今回の結果では、前回よりも年金財政が改善されたことがうかがえます。しかし、今後も年金の給付水準はジリジリと引き下げられる傾向であることに変わりなく、けっして年金生活者が楽になるということではありません」

こう語るのは、経済評論家の加谷珪一さんだ。年金の未来を占う財政検証は、被保険者の年齢構成や賃金水準、経済成長の予測などさまざまな統計データをもとに算出される。

とくに着目すべき数値が、モデル世帯の所得代替率だ。所得代替率とは、現役世代の男性の平均的な賃金に対して、厚生年金を受給している夫婦2人のモデル世帯の年金受給額が何パーセントあるかで示される。

2024年財政検証では、平均賃金は月37万円で、モデル世帯の年金額は22万6000円とされ、所得代替率は61.2%となった。この値が50%を下回らないように調整することが定められている。

今回の財政検証では現役男子平均手取り収入額37万円に対して、モデル世帯の年金額は22万6000円で所得代替率は61.2%。前回(2019年)の財政検証の61.7%と比べ、0.5ポイント下がった。今後も少子高齢化の影響で、所得代替率は下がっていくという。“年金博士”こと、社会保険労務士の北村庄吾さんが解説する。

「2004年に厚労省によって導入されたマクロ経済スライドという制度によって、賃金や物価が上がっても年金受給額は上がりにくくなりました。その効果で、所得代替率は下がっていくのです。今後も、政府は法律で定められた“所得代替率50%”を下回らない範囲で、年金の給付を抑制していく方針です」

年金は物価や賃金の変動に応じて、受給額も変動する。しかし、2004年に導入された「マクロ経済スライド」によって、年金受給額の上昇は抑制されることになった。抑制される割合はスライド調整率などと呼ばれ、公的年金全体の被保険者の減少率(直近3年の平均)と、平均余命の伸びを勘案した一定率(-0.3%)に、前年度までの繰り越し分を合わせた値。2024年度は-0.4%だった。

■モデル世帯よりも受給額が低い人が多い

所得代替率が下がっていくことは間違いないが、今後の経済状況次第で、どれくらい下がるか、どのようなスピードで下がっていくかは異なってくる。今回の財政検証では、経済状況に合わせた4つのシナリオが示された。

それに対し、「楽観的なシナリオが多い」と指摘するのは関東学院大学経済学部教授の島澤諭さんだ。

「これらのシナリオのうち、政府が全面的に押し出したいのは、2番目に経済状況がよい『成長型経済移行・継続ケース』でしょう。しかし前提となる条件を見ると、かなり甘い。

長期的な経済成長率を左右する全要素生産性(TFP)上昇率が今後1.1%で推移していくと想定されていますが、これはバブル期を含んだ過去40年間の平均値から出された値であり、内閣府の推計で見ると直近の2024年1~3月期の値は0.6%にすぎません。このほかにも、2023年には1.20だった合計特殊出生率が1.64まで高まるという、甘い想定も気になるところ。

うがった見方をすれば、衆院選を控え、楽観的な経済想定で100年安心という見通しを描いてみせたように感じます。実態はもう1段階経済状況が悪い『過去30年投影ケース』に近いでしょう」

前出の加谷さんも同意見だ。

「もっとも楽観的な『高成長実現ケース』では、アベノミクス当時に政府が掲げていたような甘く楽観的な数字を前提に試算を行っているので、現実的ではありません。よほど経済が好転すれば2番目の『成長型経済移行・継続ケース』もありえるかもしれませんが、現在の経済状況に即したシナリオは、3番目に悪い『過去30年投影ケース』と言えるでしょう」

詳しく見ていこう。同シナリオでは現在61.2%の所得代替率が、5年後の2029年度には60.1%となり、2040年度には56.3%、2057年度には50.4%にまで落ち込み、それ以降は維持されると予測されている。

今の50歳が年金を受給し始める2040年度の所得代替率56.3%を、現在の水準にあてはめると、受給額は月20万8310円。つまり、現状の年金よりも月1万7690円、年にして21万2280円も減額されるのだ。

「しかもモデル世帯は平均的な賃金の会社員で、40年切れ目なく厚生年金に加入している夫と、専業主婦の妻がいる世帯のことです。ほとんどの人はモデル世帯より、年金受給額も、所得代替率も低くなります」(北村さん)

■生活苦のために年金財政が改善した

厳しい数字が並ぶが、前回の財政検証では、より早い段階で所得代替率が50%近くまで落ち込むシナリオが多かったので、この5年間で「年金財政が改善した」ということができる。しかし“改善”の裏にあるのは、私たちの生活苦と負担増だ。

今回の財政検証によると、2019年よりも労働人口は700万人増加し、15歳以上の就業者の割合は5.5ポイント上がったというが、前出の島澤さんはこう指摘する。

「物価高や年金を含む社会保険料の負担などのせいで生活が苦しくなり、主婦や高齢者が外に働きに出ざるをえなくなったことで、年金の支え手が増え持続可能性が高まった。それを喜んでいるとしたら、まるで喜劇みたいな悲劇です」

一方、新たな負担増の兆候も今回の財政検証から見てとれる。

「国民年金の納付期間を5年延長する案が検討されていましたが、来年の制度改正では見送る方針を厚労省は示しました。しかし、今回の財政検証では、これを前提とした試算も盛り込まれています。5年延長すれば、『過去30年投影』シナリオでも、2055年度の所得代替率は6.9ポイントも改善するとアピールされています。いずれ、実施したいという思惑もあるのでしょう」

給付額の抑制に、新たなる負担増……。今後も、厳しい年金財政が続いていくことは間違いがない。

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